第5話

「よしっ、そろそろ行こうか」


涼しい風が吹く夏の暗い夜、時刻は10時を回っている。


立ち上がったベーセルは灯で満ちた街を廃ビルの窓から見つめる瀬上の横で長い黒髪を結びながら言った。


瀬上もそれに黙ってついて行く。


「お前はここに残った方がいい、あそこへは私だけで行く」


「・・・・」


彼女の後ろから彼が去る気配は感じられない。


「もど」


「戻らないぜ。俺も一緒に行く」


ベーセルの二度目の警告よりも先に、瀬上は彼女の警告を予想して否定の言葉を並べた。


「これ以上世話になるわけにはいかない、今貰った借りを返すだけでも私の一生をかけても返しきれないというのに」


振り返らないまま、彼の目の前にある小さな傷だらけの背中が言葉を発している。


「だからお前は、おっと!いきなりなんだ⁈」


瀬上は彼女の体を後ろから抱きしめるとそのまま地面に一緒に倒れ込んだ。


首を捻って向けたベーセルの視界には自分を覆い被さるように倒れた瀬上の上をものすごい速さで飛行する氷の塊が見えた。


それはそのまま二人の後方の壁に激突してビルの剥き出しになったコンクリート壁の一部が崩れ落ちた。


「何が起きてるんだ!」


「追っ手だ」


「さっきの奴か?」


「違う、また別の奴だ」


起き上がる二人の目の前には細身で人型のフォルムがハッキリと分かり、全身白色に覆われた一人の追っての姿があった。


だがすぐにその姿は見えなくなった。


「あいつは何をしに来たんだ・・・・私たちを前にしていなくなるなんて」


「まだいなくなってない」


「どういうことだ?」


「あの全身の白色、おそらく光学迷彩の技術を応用したものだ。透明人間にもなれればカメレオン男にもなれる」


「じゃあまだこの空間のどこかに」


「ああ、いるはずだ」


周囲は沈黙に包まれて二人は互いに背を合わせて辺りを確認している。


「瀬上、左!」


振り向くと氷の剣を振りかぶった追手がいた。


瀬上は地面に倒れ込んでそれを防ぐ。


バリンッ


球体の炎が氷の剣に辺りガラスの破れる様な音とともに木っ端みじんに消し飛んだ。


次の攻撃を防ぐためにベーセルが手から炎を放ったのだ。


白色の追手は再び光学迷彩を使用して透明になり姿を消した。


「無事か?」


「ギリギリで、だけどな」


二人は背中を合わせ彼女は前の追手の時のようにバリアを展開した。追手がバリア内部に紛れ込まないように範囲を狭めて。


白色の追手は少し離れた所に再び現れて先の尖った氷の塊をバリアに向かって飛ばし始めた。


「かなりの威力だ、このままじゃそう長くは持たない。せめて透明な時にいる場所さえわかれば・・・・」


「はっ・・・・」

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