31:年越し蕎麦(???)

 やや建付けの悪い玄関戸を開け、飯福航いいふくわたるは実家の敷居を跨いだ。車の音を聞きつけていたのか、廊下の先から既に母・恵茉えまが顔を覗かせていた。そしてその後ろから妹・桜子さくらこもヒョッコリと。


「あ~、航兄わたるにい、やっと来た」


 不満げに眉根を寄せて、到着早々に責め立ててくる。飯福は両手を挙げて降参のポーズをしながらやりすごし、玄関を上がる。突き当りのリビングまで来ると、桜子にペシッと二の腕を叩かれた。部屋の中には既に父・文哉ふみやと、兄・慧司けいしが、対面同士に座って酒を酌み交わしていた。


「「おかえり」」


「ああ、ただいま。って、もう吞んでんのか」


 呆れる次男を意に介さず、二人はお猪口を傾ける。アテはスルメのようだ。

 と、そこで。飯福の持つクーラーボックスの周りに桜子がまとわりつく。中身が気になるようだ。


「ああ、これか? タラバだよ」


「タラバ!」


 数週間前。慧司と義姉にカネを借りたままな事を思い出したのだが、その際に(異世界の客たちの助言もあり)現ナマをやり取りするのではなく、美味い物でも奢ってチャラにすると決めていた。それを実行した形だ。

 だが、その借金の相手が一人足りない。


「義姉さんは?」


「ああ。少し遅れるって。大晦日まで仕事だなんて、大変だよねえ」


 母の恵茉が頬に手を当てながら曇り顔。


「そっか。じゃあ帰ってくる頃に、飯にしようか」


 飯福がクーラーボックスを床に置く。中を開けると、桜子も覗き込み、


「でっか! カニ、超でかいよ! やったあ!」


 テンション高く叫ぶ。耳元でキンキン言われた飯福は「こいつだけ抜きにしようか」と本気で考えた。今年で27になったハズだが、未だに高校生のような幼さがある。


「はあ~。少しは落ち着きなさい」


 母にも窘められ、妹は少し大人しくなる。


「航が飯作ってくれるのか?」

 

 それまで会話に入ってこなかった父が、飯福を見た。すっかり彼が作ると思っているようだが。


「今日くらい、母さんに甘えようかと思うんだが……」


「ええ? アンタが作った方が美味しいじゃない」


 とは言われても。飯福としては、所謂「おふくろの味」は、味の優劣という話ではない。別枠である。そこら辺を無言から読み取ったのか、恵茉は小さく嘆息。


「分かったよ。せっかく帰って来てくれた子供に作らせるのもアレだしね」


 クーラーボックスの中身を検分。野菜とタラの切り身、エビなどが入っている。つまりは、


「鍋だね。簡単で良かったよ」


 本日の夜飯が決定した。


 ………………

 …………

 ……


 慧司の妻も午後六時には合流し、全員で鍋を囲んだ。塩ちゃんこ出汁で煮込まれた具材を取り分け、どんどん食べていく。塩が効いた透明なスープに、鮭やタラの切り身を浸して頬張れば、自然と笑顔になってしまう。


(そうだった。母さんの塩系の料理は少し濃いめなんだよな)


 続いて、つみれを掬い上げ、一口。こちらも馴染みの味。生姜がかなり効いた恵茉流だ。鍋の熱さと相まって、ハフハフと息を吐いてしまう。


「あはは。相変わらず猫舌だね」


 妹に笑われる。睨み返しておく。


 そしていよいよ、カニへ。良い色合いに茹っている。大きめのボウルを殻入れに使い、みんな黙々と食べていく。プリプリの身は指で軽く引っ張るだけで塊ごと取れる。その棒肉を大口を開けて頬張る。弾力があり、甘みが弾け、塩気が後からやってきて。


「ん~」


 義姉が至福に顔を綻ばせる。兄も同じような顔をしていた。良かったと胸を撫で下ろす飯福。事前に過日の借金も含めて今日は味わって欲しいと伝えてあったが……遠慮なくやってくれているようだ。


 鍋と日本酒をたらふく堪能した後、みんなエビス顔で腹をさする。こたつを母、妹、義姉の女組で占拠。兄、父の二人は酔い覚ましも兼ねてテーブルで将棋を指していた。飯福だけボンヤリと床(床暖房を入れているので暖かい)に座ってテレビの歌番組を見ていた。


「最近の歌、分かんなくなってきたなあ」


 ポツリとぼやくと、妹が乗っかってくる。


「もう、航兄もおじだからねえ」


「オマエも二年後、おばだぞ? その理屈だと」


「いや~~」


 ムンクの叫びの真似をする桜子を義姉が笑う。


「航クンは、今年はどうだった? 仕事辞めちゃったそうだけど」


「え、ああ。人生、不思議なモンで。むしろ店舗勤めしていた頃より収入は増えたんですよね」


 折を見てコツコツ宝石類と交換している金貨に加え。

 先日も、モチビトの里の千年麗人せんねんれいじんを不可抗力で転売してしまったことがあったが……ああいう臨時収入が大きいのだ。


「へえ、景気が良いねえ。ウチの旦那にも何か言ってあげてよ」


「いや……いつまで続けられるかも分からないですから。俺も今が良いだけかも」


 トレードで稼いでいるという説明で通してあるが……異世界屋台も水物という点では一緒だ。いつクローゼットが光らなくなるか分からないワケで、そう考えるともっと換金のペースを上げるべきか、とも。


「航は……結婚とかは考えてないのか?」


 今度は兄から。

 飯福はアゴを撫でつけながら考える。そもそも何故、自分の審問会のような格好になっているのかという根本的な疑問を一旦脇に置きつつ。


「……うーん。ちょっとねえ」


 現状は出会いがない。そしてやはり結婚して自分は果たして幸せになれるのか、という不安がある。

 人と人の繋がりが強い異世界人との結婚の方が意外と上手くいきそうな気もしているが。屋台の性質上、中々どうして、特定の相手に望んで頻繁に会うということが出来ない。

 まあ現状で意中の相手がいるワケでもないが。


「……まあ、子供は可愛いし、欲しい気持ちもあるからゼロではないんだけどな」


 異世界の純朴な子供たちを思い出して、少し頬を緩めた。


「兄貴たちはどうだったの? 今年は」


 取り敢えず、ここいらで審問台からは下りておく。今度は取り調べる側だ。


 ……そんな風にして、夜が更けていく。今年のここは良くなかった、悪くなかった。気候は、景気は、仕事は。そんな話をポツポツとしていると、やがて11時半近くになっていた。


「よし」


 立ち上がった飯福。


「年越し蕎麦を作ろうか」

 

 ピクッと眉を跳ねさせた面々。夕飯をガッツリ食べたハズなのに、既に小腹が減り始めていたのだ。


「トッピングは? 航兄、トッピングは?」


「鴨南蛮だな」


「やった。鴨南蛮、大好き!」


 桜子が小さくガッツポーズ。それを尻目に、飯福はキッチンに立った。持参のクーラーボックスを開け、材料を取り出す。


 まず、長ネギを5センチ程度に切り揃えておく。鍋に湯を沸騰させ、市販の麺(かなり良い物を選んだ)を二人前投入。中火で茹で始める。同時に別の鍋を用意し、コンロにかけ、その鍋に水と濃縮めんつゆを3:1の割合で入れ、みりん小さじ4を加える。

 フライパンにゴマ油をひいて、先程のネギと鴨むね肉のスライスを炒める。鴨肉の方は火が十分に通るまで。ネギの方はキレイな焼き色がつくまで。

 麺が茹で上がったので、火を止め、ザルにあげて湯切り。出汁の方も良い具合に煮立ったようだ。

 出汁を鉢に注ぎ、次いで麺を入れる。最後にネギと鴨肉を扇状に広げ、三つ葉を散らして完成。もう一人前も同じように盛り付け、麺鉢を両手で包み持ち、居間の方へ。こたつテーブルの上に置くと、


「ジャンケしよう! ジャンケン」


 桜子が張り切る。どうせ人数分作るのだが、一番槍の権利をかけて、ということか。だが彼女以外の全員が苦笑しながら首を振る。お先にどうぞということらしい。一番年下ということで、割と全員に甘やかされているのだった。


「やったー! あ、でも。もう少し待たないと、年越しながら食べられないか」


「いや、食べてる間に明けるでしょう」


 そう、あと少しで年が変わる。つまり飯福はここから大忙しだ。23時59分までに残り四人分を作らないといけない。


 コンロ三台をフルに使って、二人分×二回でソッコー作り上げる。間に合った。第一陣は桜子と義姉、第二陣は母と兄。そして三回目のセットで飯福と父の分となる。食べ始めの順番がそのまま家庭内のヒエラルキーを表しているようで、少し苦笑してしまう。


 兄は長男坊ということで可愛がられた。妹も末っ子&唯一の女の子ということで、かなり。飯福も可愛がられなかったワケではないが、二人に挟まれると少々分が悪かったのも事実。搾取子かな、と冗談半分に考えたことも無くはなかったが……異世界ではもっと劣悪な環境下で過ごす子供が沢山いる。日本でさえ、例えば佐山檸檬さやまれもんの前で自分だけ親の愛情が足りなかったなどとは口が裂けても言えない。


(相対的に見れば、余裕で恵まれてたよな)


 世界を知る、視野を広げるとうのは大事なことだと痛感した飯福だった。

 

「ん~。これも美味しい」


 先にツルツルとやっている妹の満足顔の向かいに座り、飯福も麺鉢に箸を突っ込んだ。早速、麺の束を掴んで啜ると、蕎麦粉の香りが鼻を抜ける。二八麺のコシのある歯応えと、鴨の脂を吸ったまろやかなつゆ。美味かった。ネギも一口。飯福は柔らかめが好きなので、少しレンジで加熱してから投入してある。そのおかげで、しなっと良い感じの食感。瑞々しく青い香りが食欲を更に増進する。鴨肉はジューシーで柔らかく、口の中で脂身が溶けるようだ。こちらも最高級の物を買ったのだが、その甲斐あった。


(うん、美味いな)


 最後に味変の柚子皮と一緒に、麺と鴨肉を頬張る。爽やかで甘みと苦味の混在するピールが、やはり素敵なアクセントを生み出している。


「ああ! 航兄だけ、柚子とか乗ってる!」


 実は父親の物にも乗っている。最後まで待たされた人間の特権だ。


「私も! 私も乗っけて!」


「もうほとんど残ってないだろう。どんだけ強欲なんだ……」


 桜子の麺鉢の中は空に近い。と、そこで。


「みんな、あと一分だよ」


 母の声が場を支配する。全員でテレビを見た。先程から、有名な寺が除夜の鐘をつくところを中継している番組にチャンネルを合わせていたのだが、いよいよのようだ。全員が静まる。軽く麺を啜り、咀嚼しながらその時を待つ飯福。


「せ~の」


 坊主たちが綱引きのように体全体を使って、大きな撞木しゅもくを引っ張り……


 ――ボーン


 鈍く響き渡る鐘の音。画面隅の時刻表示も「0:00」へと変わった。


「おめでとう」


「あけましておめでとう」


「今年もよろしくお願いします」


「こちらこそね」


 口々に新年の挨拶を交わす家族。飯福も少し照れ臭いが、祝いの言葉を言って、蕎麦の残りを啜った。






 いつの間にか、うたた寝していた。あの後は父と兄の晩酌に付き合い、しばらく取り留めのない話をしていたハズだが……


「っつつ」


 少し頭が痛い。顔をしかめながら起き上がった。尿意がある。トイレへと向かおうとして……死屍累々の居間の惨状を見た。兄と義姉だけは、兄の部屋へ行ったようだが。母と妹は、だらしなくコタツで寝ているし、父に至ってはソファーの上で寝こけている。仕方なくその腹に毛布を掛けてやって、飯福は廊下に出た。


「あ~。食い過ぎたし、呑み過ぎた」


 ぼやきながらも、トイレに到着。用を足し、廊下に出た時だった。ぱあっと輝く自分の部屋。しばらく帰っていなかったが、かつての自分の部屋に投光器を置いたという話は聞いていないし、そんなことをする意味も分からない。つまりこの光は、正体不明の物で。


「ていうか、なんか見覚えがあるんだよな」


 そっと引き戸を開く。部屋の中央、何もない空間が輝いていた。クローゼット型ではなく、ドア型だ。


「……」


 見なかったことにして、飯福はそっと引き戸を元に戻そうとした……が。その前に途轍もない力で背中を押される。いや、反対である。押されているのではなく、引き込まれているのだ。どこへ、とは愚問。あの光のドアへと、である。


「う、うお! うおお!」


 意味のある言葉を発することも出来ず、踏ん張ったハズの足裏が、畳の上を滑っていく。靴下に爪先が食い込んでいく感覚。何か支えになる物を求めて伸ばした手が空を切り。


「うわあああ!!」


 そのままドアの中へと吸い込まれていく。眩しすぎて目をギュッと閉じていたが、衝突の感触などはなく。むしろ虚空に放り出されたような浮遊感があった。


 ひゅっと息を飲む。頭の片隅では、恐らく異世界に繋がったのだろうと理解はしている。そして、きっと崖の上や、上空に出たのだろうと。

 だが、


 ――ボヨン


 途轍もなく柔らかな物に顔面から飛び込んでいた。ビーズクッションにも似た感触。


「えっ!?」


 慌てて膝立ちになり、顔を上げる。白いマシュマロのような物が見えた。そして、着いた自分の手と膝も同じような柔らかさに包まれているのに気付く。一面の白色。


「綿菓子……いや、雲の上か?」


 漫画などで見る、人が乗れる雲。実際の真偽は定かではないが、ここ最近の不思議現象のオンパレードを思えば、あってもおかしくはない。


「って。アレは……」


 何もない、ただ白一色の空間かと思えば、数メートル向こう、テレビが置いてあった。


「いやいや」


 誰が何のために。そう疑問に思ったところで、何か不思議な気配を感じた。ゾクッと背筋が震える。強烈な「存在の力」とでも言うべき、何かを感じ取っていた。イメージとしては大海を泳いでいて、自分の下にいきなりジンベエザメクラスの巨大生物がヌッと現れたような。


「けど……なんだろう。怖くはない」


 不思議な感覚だった。畏れはあるが、身体生命を脅かされるという恐怖はない。なんとなく、最初に「異世界屋台」のギフトに吸い込まれた時の感覚が蘇ってくる。


「セレス……様?」


 肯定されたような気がする。そして彼女の意図もなんとなくだが察せたような。


「あのテレビは……俺のため?」


 返事はなかったが、そこでプツンと音がした。ブラウン管の古いテレビが点く時のそれに似ていた。そして、何か画面に映る。


「観ろってことか……」


 気配だけ感じられる大いなる存在からは、やはり明確な返事はないが。飯福はゆっくりとテレビに近づいてみる。

 そこには、よく見知った顔が映っていた。



 ◇◆◇◆



 ヨミテは年の瀬に、出身の余児院を訪ねていた。育ての親代わりの先生せんせいと再会の抱擁を交わし、近況を伝え合う。その後は聖堂へ向かった。まずは神々にご挨拶ということ。無人かと思われた堂内には、しかし先客がいた。


「え? ヨミテ?」


「あ、ケーナ」


 ケーナ。同じ余児院出身で、兄妹のように育った相手だ。あまり社交的な気質ではない彼女が、そのまま余児院の先生になると聞いた時は驚いたものだが、意外にも続いているようだ。


「何やってるの?」


「そ、掃除」


 水の張った桶と、ボロ雑巾。見たまま、掃除だった。


「明日、大掃除じゃないの?」


「あ、うん。けど、子供たちが届かない所……」


 高齢の先生にも任せられない高所は、事前にやっておくということらしかった。ヨミテは、優しく笑う。子供時代はヌボーとした少女で、あまり気が利く方ではなかったが。ここで働くうち、そういった気遣いも身に着いたのか。

 と思ったら。


「少し前……リアンナム様とミリカ様が御聖行ごせいぎょうにいらして……その時、リ、リアンナム様が……ここの掃除をなさっていたの」


 喉が不調だということで、子供たちとコミュニケーションが取り辛かったのもあるのだろうが、確かに刻声の聖女は一人でこの堂を掃除していた。


「誰にも言わず、誰にも見られず褒められず。けどそんなこと意にも介さずに。熱心に、熱心に」


 後半の方はウットリと尊崇の色を瞳に浮かべながらまくしたてるケーナ。素晴らしい出会いが、彼女を少し成長させたのだった。


「それで……私も。信仰は……言葉だけで示すものじゃない……のかなって」


 ヨミテは少し面食らった後、大きく頷く。


「僕も手伝うよ。男手があった方が早く終わる」


「けど」


「いいから、いいから」


 椅子に乗って、書棚の上段の本を取り出し、ケーナに渡すと、空になった棚の中を雑巾で丁寧に丁寧に拭いていく。

 親愛や応援もまた、言葉だけで示すものではないと、ヨミテは思うのだった。



 ◇◆◇◆



「……ヨミテのヤツ、年下相手には結構、兄貴肌なんだな」


 飯福には甘えっぱなしなのは、その反動だろうか。まあ可愛いので、問題はないのだが。


「リアンナムさんも、流石だな」


 清廉潔白とは、彼女のことを指す言葉かも知れない。半ば本気でそう思う飯福。


 と。テレビの画面が切り替わる。チャンネルボタンは押していないのだが、と驚きながらも飯福は視線をやる。またも見知った顔が映っていた。



 ◇◆◇◆



 トムソン・レーノは、年の瀬に観光地を訪れていた。第11の都市、年明けにはこの街を駆け抜けるレースがある。全ての海運を一時停止し、『空気障壁くうきしょうへき』のギフト持ちが、家々の載る浮床の前に障壁を展開し……そういった安全確保の上で行われるのだが、トムソンはそのレースへの出場権を手にしていた。


「下見に来てる対戦相手はいないようだな」


 一歩リードか。自前のボートでゆっくりと水路を走っていると、


「ケロ!」


 中央の島から、一匹のハネガエルが出てくるのが見えた。しかし、動きが鈍い。飛ぼうとするが、片側の羽根が上手く出せないらしく、結局、脚の力だけで跳ねて移動していく。


 トムソンはなんだか、放っておけなかった。少し前まで、自分も片足が不自由だったせいもあるだろうか。とにかく他人事に思えなかったのだ。


「そこのハネガエルさん、乗ってくかい?」


「ケロ? ケロー!」


 岸にボートをつけてやると、ハネガエルは嬉しそうに飛び乗ってくる。首の辺りに明色の布を巻いている。その下の方、『ケロナ』と刺繍があった。


「お前さん、ケロナっていうのか」


「ゲコゲコ」


 人懐っこく、トムソンの足に擦り寄ってくる。


「はは、くすぐったいぞ」


 抱き上げて、膝の上に乗せる。マナタイトを発動させ、離岸。


「どこまで行きたいんだ?」


「ゲコ!」


 前足を斜め前方へ。奇しくも、くだんのレースのゴール地点辺りだった。


「ちょうど良かった。俺もそこまで周ろうと思ってたんだ」


「ゲコゲコ?」


「俺はレーサーでな。来年の一月のレースで、ここを走るんだ」


「ケロロ!?」


「はは。当日はケロナも観に来てくれよな」


「ゲコッ」


 こんな調子で、二人のタンデムは目的地まで和気藹々と続いたのだった。



 ◇◆◇◆



 飯福はその光景を見ながら、ほっこりとした表情を浮かべた。以前、フカヒレ丼を振舞った青年と、ちらし寿司を提供したハネガエル。両者の心温まる交流だった。


「なるほど。一期一会の俺に、お客さんのその後を見せてくれるってワケか」


 粋な計らいである。


「ありがとうございます。セレス様」


 本当にセレスなのかは分からないが、いずれ超常の存在が特別に自分に目をかけてくれているのは間違いないだろう。

 と。そこで、またまた画面が切り替わる。今度はどこの国の誰だろう、と少しワクワクしながら、飯福はテレビ画面を見た。



 ◇◆◇◆



 チェレン・ローエックは、瞠目していた。王室専用の気球がこちらに飛んでくるという村人の報告を受け、とはいえ、まさかここを目指しているワケはないと高を括っていたのだが。そのが起きたのだ。


 発着用の整地された砂場の上に、ゆっくりと降り立った気球。ゴンドラのふちに嵌め込まれた宝石がキラリと光った。そこから降りて来たのは、小さな少女と、筋骨隆々の侍女。少女が高貴な身分で、侍女が用心棒といったところか。


「こんちには、ですわ。第16の都市の皆さん」


 朗らかに挨拶をする金髪の美少女。


「ワタクシは、シンメル・クワントロン。この国の第八王女ですわ」


「あ、えっと。アタシは、チェレン・ローエックです。この街の代表みたいなことをしてやがるです」


 数週間前に慣れない敬語を使う機会があったが、もう二度とないと思っていた。なのに、まさかこうも早く二度目が訪れようとは。なんとか穏便に帰ってもらう手立てはないだろうかと、脳を全力で回転させる。


「本日は、トンボを見に来ましたの」


「と、トンボですか」


「ええ。ゴルグフラの変異種、シルグフラがここら辺にいるという情報を得ましたの」


 どこ情報だろう、と訝しむチェレンだったが……「あっ」と気付く。東側の都市から交易に来る気球、その衛士をしている鳥人に、いつだったか、雑談がてら「金色ではなく銀色のゴルグフラを見た」と話したのを思い出したのだ。つまり情報の出処は自分自身。やり場のない思いに、自分の尻を思い切り抓ってしまう。


「そ、それで、変異種の虫と王女様が、なんの関係がありやがるんですか?」


「アナタ、敬語が変でしてよ? まあいいですわ。ワタクシ、昆虫の研究が趣味兼仕事ですの」


 仕事、というのはどういうことだろう。首を捻るチェレンに、


「ワタクシは蜂を育てて、蜜を採って食品として売る養蜂場をやっていますの。『暗視あんし』のギフトを使って、地面の穴に潜り、蜜を採取しているのですわ」


「え? お、王女自らですかい?」


「当然。基本的にワタクシ一人で管理しておりますもの」


 一気に親近感が湧いた。自ら虫を育てて食品を作る。いわば同志ではないか、と。

 しかも(趣味も兼ねているとはいえ)更なる珍種の昆虫を探し求めて、市井に単身で乗り込む行動力と、王族らしからぬ飾らない精神。


「それで、シルグフラを見たという方は……」


「私でいやがります」


 なんとか早々にお帰り頂こうなどと考えていたハズなのに。気が付けば、案内役を買って出ていた。

 満面の笑みを浮かべるシンメルに、ぎこちない笑顔を返しながら、チェレンは先導して歩き出す。


 もしかすると、互いに有意義な話が出来るかも知れない。そんな期待を胸に抱きながら。


 

 ◇◆◇◆



 飯福は未だ家の冷蔵庫に保存中であるシンメル養蜂場のハチミツを思い浮かべた。甘く、花の香りまでする、日本で売っても高級品となり得るクオリティーだ。


「あの子と、ほとんど一人で村を第16の都市にまで育て上げたチェレンの交流か」


 飯福は唸る。


「こりゃ、また面白い食材が出来るかも知れないな」


 また会いに行くと約束したことだし、年明けに養蜂場を再訪しよう。そんなことを思っていると……またぞろ、テレビの画面が切り替わった。



 ◇◆◇◆



「あい?」


 モチビト族の長老が、集落を歩いていると、突然大きな影が落ちた。振り仰ぐ。水龍の親子が優雅に空を飛んでいた。


「あ~い! あ~い!」


 下から手を振る。周囲のモチビトたちも同じようにする。水龍たちも地上の様子に気付いたようで、ゆっくりと高度を下げてきて、やがて広場に着地した。

 途端に白いモチモチたちに囲まれる親子。幼龍は近くの個体と頬擦りをし合う。大きな親龍も頭を下げて、頬にまとわりつかせていた。


「きゅ」


「あい」


 短い鳴き声を交わし合うと、親龍に長老が丸薬を差し出す。千年麗人の根を丸めて、甘い樹液を塗った物だ。親龍は大きな舌を伸ばし、くるむようにして口まで運ぶ。ゴクンと一飲み。これで体の不調などがキレイに消えるのだ。


「きゅきゅ」


「あい~」


 これは代金である。モチビト族は木登りは得意だが、それ以外には特に身を隠したり、攻撃したりといった能力を持たない生態なため、こういった強い存在に集落を守ってもらう必要があるのだ。


 年の瀬。今年最後の用心棒代を取りに、水龍はやってきたということだった。そしてこれで、用は済んだ。あとは飛び立つだけ、というところだが。


「あい! あい!」


「やきゅ! やきゅ!」


 龍たちを野球に誘うモチビトたち。龍の親子は顔を見合わせ、折角だから少し遊んでいくことにした……までは良いのだが。

 少しプレイしただけで、ボコボコにされてしまった。

 ……モチビトチームの方が。


「あい~!?」


 親龍はその長い尾に巻かれたボールを、横に振るようにして射出。物凄い速さのストレートが飛んでいく。モチビトはバットを振ることすら出来ない。時々、巻きが甘くて、なんとか打てるボールもあるが、フライは全て、空を飛びながら守る幼龍に捕球されてしまう。


「あい……」


「あい~」


 投了のようだ。2イニングの攻防で15点差をつけられて戦意喪失ということらしい。

 野球をしたことで微妙な空気になってしまったが、それでも最後は友人同士、また頬擦りを交わし合い。龍たちは空へと帰って行った。



 ◇◆◇◆



 一部始終を見ていた飯福は可笑しくて仕方ない。


「いや、なんで勝てると思ったんだよ」


 おバカなモチビトたちが愛おしくて、頬が緩みっぱなしである。


「またモチビトの里にも行かないとな」


 行きたい場所リストがパンパンである。彼ら用のテーブルセットを依頼していた木工屋も、年明けには完成すると言っていたので、それを持って再訪しよう。


「クッキーとも知り合いなら、呼んでもらおうか」


 モチビトと龍たちが、どうやって遠隔地同士でコミュニケーションを取っているのかは謎だが。きっと頼めば出来るのだろう。


「洋梨タルトと、安倍川餅か」


 土産のことを考え、また頬を緩める飯福。そんな彼の目の前で、テレビのチャンネルがまたまた切り替わった。



 ◇◆◇◆



 メルキオット・シンカノーがくだんの雇い主の別荘に着いたのは年の瀬のことだった。諸々の準備と、旅程が長引いたせいだが、そもそも首都からの距離が凄まじいのもあった。


「拾う神……雇い入れてくれた旦那様と奥様には感謝しかないけど……こんな所、本当に使うのか?」


 国土のかなり北である。雪がしんしんと降り積もり、常緑の広葉樹は葉の上に白い冠を戴いている。朝方は、街道まで地面が凍っていたそうだ。


「夏に使うのかな」


 いずれにせよ、閑職なのは間違いなさそうである。まあ、前職は警備員。基本的には何も起こらない場所をジッと守るのは慣れっこだ。気長にやろう、と預かっていた鍵を取り出し、大きな鉄門の錠を外した。


 屋敷の中に入ると、埃にむせた。今日は大掃除だけで終わりそうだと覚悟したが。夜半過ぎまでやっても八割までしか終えられず、まさかの明日まで持ち越しとなった。広すぎる。金持ちを侮っていた。


「夜飯……ここら辺に店ってあるのかな」


 屋敷を出て、しばらく歩いてみる。

 街道沿いに、ポツポツと店らしきものがあるが、明かりも灯っておらず、入りづらい。そして信じられないくらい寒いため、あまり散策も出来そうになかった。吹雪いてきそうな気配もある。もしかすると、気候も考慮して店を開けていないのかも知れない。


「明日は昼に来よう」


 そう決めて引き返す。

 風が出てきた。雪の降る量も増している気がする。


「あ、あれ?」


 これは本格的にマズいのでは、と思った時には、既に辺りは豪雪風が吹き荒れる危険地帯となっていた。


「そ、そんな」


 開いた口に雪が飛び込んでくる。立っていられず、地面にしゃがみ込んでしまう。こんな所で自分は死ぬのか。

 と、その時。


「おい! 死ぬぞ、オマエ!」


 突然、物凄い力で体を拾い上げられる。そのまま毛むくじゃらの何かに乗せられた。


「捕まってろ。落ちたら本当に死ぬぞ」


 何が何やら、サッパリだが。メルキオットは反射的に、毛むくじゃらの背(?)に腹ばいになってしがみつく。次の瞬間、ビュオッと風を切る音が鳴り、体がカクンと後方に持って行かれそうになった。更に強く、何者かの背にしがみつく。

 そうしてあっという間に、街道を走り抜け……屋敷に到着。背から降り、改めて命の恩人を見ると。半人半狼の姿に、思わず尻餅をついた。


「…………じゃあな。ここらは天気が変わりやすい。気を付けろよ」


「え? あ!」


 礼も言えないまま、人狼の男は風のような速さで走り去っていった。

 残されたメルキオットは自身の態度を激しく後悔する。咄嗟に怖がってしまったが、彼は間違いなく自分の命の恩人だったのに、と。

 恐らく、この屋敷に新しい管理人が来たという噂をどこからか聞きつけて、様子を見に来てくれたのだろう。


「メチャクチャ、良い人じゃないか」


 拾う神たちに負けず劣らず。

 ピシャンと頬を張る。明日は彼のことを街の人間に聞いてみて、居場所が分かれば、美味い料理を作って持って行こう。そう決めて、


「へっくしゅ!」


 取り敢えず寒すぎるので、屋敷の中へ入るのだった。



 ◇◆◇◆



 飯福は「ふう」と大きく息を吐いた。あわや凍死かという場面で、大量の冷や汗をかいていたが、なんとかなったようだ。


「ガルムは相変わらず、良いヤツだな」


 初対面は少しぶっきらぼうに感じられるが、あれはあれで優しさなのだろう。死にかけた人間を更に疲れさせないよう、あまり言葉を掛けないでおく。


 元銀行警備員の彼は、色々と災難に巻き込まれ、その度、拾う神に助けられる。そんな星の下に生まれたのだろうか。


「人生飽きなくて羨まし……くはねえな」


 自分も他人のことは言えないくらいには数奇な人生を辿ってはいるが。

 そして、またテレビは画面を切り替える。やはりそこには見知った顔が映っていた。



 ◇◆◇◆



 トス、ピス、ポーティーの鉱夫三人組は、本日で仕事納め。浮かれ気分で街へと繰り出していた。一週間分の稼ぎ全てをつぎ込んで飲み明かすつもりである。なにせ今日から八連休。多幸感と解放感から、酒が欲しくてたまらない。

 とはいえ。


「もう粗方、店は回っちまっただあよ」


「だべな。またマレビトさんの屋台さ、来てねえべかな」


「無茶言うもんじゃねえよ。ありゃ、人生に一回きりの幸運なんだ。きっと」


 ぼやく兄弟を、班長のポーティーが諭す。一度会えただけでも本当に幸運なのだろう、と。

 そんな話をしながら、街を歩いていると。外れの方に一軒、隠れ家のように佇む見慣れない店を見つけた。三人、顔を見合わせる。


「こんなとこまで来たのは久しぶりだけど、いつの間にか新しい店が」


「だべな。最近は忙しくて近場で済ませてたモンだから」


「……スンスン。これは海鮮だあよ。良い匂いだべ」


 焼き魚の香ばしい匂いが、店外まで漂っている。今日はここにしよう、と暗黙のうちに全員の合意がなされた。班長のポーティーが先陣切って扉を開ける。


「いらっしゃい」


 30代くらいの、体格の良い男が厨房から顔を覗かせた。


「三人?」


「んだ。ここは酒も呑めるだか?」


「もちろん。酒も魚も良いのが入ってる」


「珍しいな。ここらで魚料理か」


 海はそこまで遠くないが、なにせこの気候だ。輸送時に腐ることが多く、好んで出す店は少ない。


「俺は漁師をやってるんだ。っつても、最近になって再開した復帰組だが」


 それで、自分が獲った魚をこうして店で出しているのだとか。更には、最近まで炎道を越える運送業をやっていたらしく、食材を速く運ぶ技術・体力にも自信アリとのこと。


「なるほどなあ。だども、漁の後に飯屋やるんは、堪えるでねえか?」


「まあな。けど……俺は一度死んだようなモンなんだ。そっから立ち上がった人生、もうやってみたいことは全部やってみようってな」


 店主の男は、話しながらも赤のマナタイトで熱された鉄板の上に、魚の切り身を乗せる。ジューッと良い音。しかし半焼けのまま、箸で取り上げてしまう。鉱夫三人組が「え?」と固まるのを他所に、店主は飯の入った椀に、それを盛り付けた。その上に釜揚げのシラスを散らし、薬缶から湯をかけていく。


「茶漬けっていうんだ。最高に美味い」


 昆布や魚を煮て出汁を取ったのだろうか、注がれた湯は美味そうな香りを放っている。店主は完成した椀を持ってカウンターを出ると、先客のテーブルに提供する。戻って来ると、


「それで、三人は何にする?」


 と訊ねた。鉱夫たちは頷き合い。


「オラたちも茶漬け!!」


「んだんだ。折角の人生、オラも食べたいモンは全部食べてみようって。今決めただ!」


「オマエはいっつも、食べたい物を好きなだけ食べてるだろう」


 太っちょの弟ピスにポーティー班長がツッコむ。


「「「がははははは」」」


 底抜けに明るい鉱夫たちに、店主も釣られて笑うのだった。



 ◇◆◇◆



「相変わらずだな、あの三人は」


 どこまでも裏がない。料理を振舞った方まで笑顔にしてしまうのは、ある種才能だろう。

 心配していたワケではないが、やはり兄弟(+班長)いつまでも仲良く暮らしていくのだろうと、改めて確信させてくれた。この世知辛い世の中で、ああいう人たちが居てくれる。それが飯福にとっても心強く感じられた。


「きっと、あのお客さんもだろうな」


 以前、冷やし茶漬けを提供した客だ。あの時は、憂いと疲労を感じさせる面差しだったが、今は憑き物が落ちたかのようだった。生活が充実しているのだろうと、傍目にも分かるくらいに。

 そして今や漁師兼同業者ということで。その道の先輩として、飯福は心の中でそっとエールを送るのだった。


 ………………

 …………

 ……


 そして。六国の様子を写し終えたテレビだが……そこでプツンと音がして、画面が消えた。そのままテレビ自体も蜃気楼のように揺らめいて消える。その代わりに現れたのは……


「キッチンか? これ」


 シンク、コンロ、グリルのついたステンレスキッチン。冷蔵庫も傍にある。


 恐らくだが、何か作れということだろう。飯福は冷蔵庫を開け、中身を検める。蕎麦に、みりん、麺つゆ。鴨肉に長ネギ。


「ていうか、これ。数時間前のウチの冷蔵庫の中身では?」


 どういった原理かはサッパリ分からないが、蕎麦を作る前の状態で、ここにあるらしい。

 と、そこで。


 チカッと光が瞬くのを横顔に感じた。慌てて首を巡らせると、赤、青、緑、黒、黄の光が、飯福を取り囲むように空に浮いていた。


「もしや皆さん……神々であらせられる系ですか?」


 瞬いた。タイミング的に返事だろう。否定ならもう少し強い動きをしそうな気がするので、肯定のような気がする。


「年越し蕎麦、食べたいんですか?」


 全員が一斉に瞬いた。先程から感じているセレスと思しき存在よりも、少し親しみやすい雰囲気だ。苦笑してしまう飯福。どうやら、テレビで各国の映像を見せてくれたのが代金の前払いという解釈で良さそうである。


 飯福は料理を作り始める。材料はピッタリある。ちょうど飯福家と同じく、六人前。

 麺を茹で、つゆを作り、鴨肉とネギを焼き、三つ葉を散らして、


「はい、おまち」


 まずは二人前。青と緑の光が進み出てきて、麺鉢の下に潜り込むと、それを持ったままパッと目の前から消えた。持って帰って食べるのだろうか。


 続いて、もう二人前。黒と黄が持って帰った。

 最後の二人前分。赤が二つ持って、ふよふよと飛んでいく。セレスと一緒に食べるのだろうか。


「そういや、姉弟神だっけ」


 飯福は慧司と桜子の顔を思い浮かべる。


「まあ、こういう日は、神様でも家族団欒で過ごすのが良いよな」


 優しく笑った飯福だが、そこでフッと意識が遠くなった。眠りに落ちるように、目の前が暗くなり……


 ………………

 …………

 ……


 ハッと逆に目を覚ます。


「え? え?」


 見慣れた自室の風景。一瞬、状況が理解できなかったが、


「戻って……来たのか」


 ということらしかった。

 

「なんとも不思議な体験だった。まあ……今更か」


 クローゼットで異世界屋台を開いている人間が言う台詞ではないのだろうが。六色神(推定)に夢か幻のような空間で料理を振舞った経験のある人間は、地球にも異世界にも、自分をおいて他には居ないだろう。

 もしや本当に夢だったのではないか、とも。

 

 頬でも摘まんでみるかと指に意識を持っていったところで、飯福は不意に気付いた。自分の手が、鍋の取っ手を握った形のままだったことに。

 途端、笑いがこみ上げてくる。


「はは、ははは」


 頬を摘まむより何より、これこそが動かぬ証拠のように思えた。あの鍋の重み。鉢につゆを注いで麺をほぐした感触。菜箸で鴨肉やネギを掴んで、うどんの上に並べた時の達成感。


「やっぱ俺は、根っから料理が好きみたいですよ。セレス様」


 笑いながら、部屋の中央、吸い込まれた光のドアがあった辺りに、頭を下げる。


「昨年は、色んな人に料理を振舞える機会を下さって、ありがとうございました」


 そして。


「今年もよろしくお願いします」


 飯福の屋台は、まだまだ終わらない。

 彼の料理への熱意が続く限り。そしてそれを求める客が居る限り。ずっとずっと、続いていくのだろう。

 世界を航って、一期一会をいくつも重ねながら。

 





 <了>






 ====================


 これにて完結です。最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

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