11:★安倍川餅(緑の国・秘境)

 異世界を旅する屋台。根無し草の風来坊。そんな雑魚自営業にも休日は廻ってくる。永遠の一人親方、飯福航いいふくわたるは、その折角の週一の休日(異世界屋台は隔週で二日休みと一日休みを回しており、今週は休みが週に一回の番)を最悪の目覚めでスタートさせた。


「あいたたたたたた!!」


 った。足のふくらはぎを、思い切り。


「ああぁぁ」


 悶絶しながらも、親指をグッと体側に起こす。腱が引っ張られ、


「いった!? いててて!」


 悪化する。不正解の角度だった模様だ。飯福はうつ伏せになる。指を動かすのが怖い。踵を上げて尻につける。これで伸びた腱が縮こまるハズ。


「いた!? ああぁぁ。あぐ……ぐあ」


 慌てて踵を戻す。正解の角度が分からない。布団の中で脂汗をかきながら、これはもう一生このままなのではないか、などと大袈裟な覚悟を固めそうになるが。


(いや、落ち着けって……)


 今度はうつ伏せのまま、布団の上に指を立てて腱を真っすぐにしてみる。


「ああ、これだ!」


 徐々に痛みが引いていく。なんというか、飯福の中でカチッと嵌った感があるのだ。


「ふううううぅ」


 額に浮かんだ脂汗を拭う。微睡みの中で、「あ、マズイ!」と思った次の瞬間にはっている、この理不尽。やり場のない怒り。枕元のスマホを取る。電源ボタンを押すと、6時49分の文字。休日だというのに、早起きなことである。


「……」


 正直、二度寝入りしたら、またやりそうで怖い。


「……起きるか」


 そもそも。飯福は今、ほとんどノマドワーカーのようなものだ。仮に今日寝不足でも、明日は昼まで惰眠を貪るなんてことも出来る。仕込みさえ終えておけば。


 飯福はベッドから起き出し、部屋のカーテンを開けた。天気は曇り。重たそうな灰色雲がもったりと空を流れていた。朝からどうにも気合が入らないな、と。飯福は左足をやや庇いながら、キッチンへ向かう。


「……体が冷えたんかなあ」


 いっそ、今日も青の国の、あのリゾート地で体を温めながら一日を優雅に過ごすのも悪くはないか。と、そこまで考えたところで。飯福は頭痛を覚える。天気が良くない時、具体的には雨が降る前、毎回ではないが偏頭痛を起こすことがある。今日はその巡りだったようだ。


「あー」


 ツイていない。はあ、と溜息をついて、本日の予定を考え直す。するとすぐに、行き先が決まった。同時に手土産に持って行く料理も。

 そうと決まれば……飯福は自転車を引っ張り出した。


 ………………

 …………

 ……


 24時間営業のスーパーにやってくると、国産の餅粉、きな粉を各一キロずつ購入した。そういえば、と。砂糖も切れかかっていたのを思い出し、ついでに購入。

 自転車の前カゴにエコバッグを乗せ、意気揚々とまたがり、


「おもっ」


 頭に偏頭痛、左足に攣りグセの残る体に、約三キロの重りは優しくなかった。溜息を一つ、ノロノロと自転車を漕ぎ出した。

 信号待ちをしている間、体の中の空気を入れ替えたくて、深呼吸する。


(不味い)


 異世界の空気を知ってると、こちらの世界の空気が非常に不味く感じられる。特にこの一帯は輪をかけて酷い。24スーパーがある駅前。通勤を急ぐ人々の雑踏と、行きかう車の排気ガス。なおさら、今日の保養地に恋焦がれた。


 帰宅。手洗い、うがいを済ませ、エプロンを身にまとう。キッチンに立つと、早速料理開始。

 まず餅粉80グラムに対して、砂糖を大さじ1杯すりきりでボウルの中に入れる。両者を混ぜ合わせ、少しずつ水を足しながら更に混ぜる。この時、ダマにならないよう、半液状を保っておく。混ぜ終わると、ラップをかけ、電子レンジへ。二分ほど温めると、取り出してラップを外し、濡れしゃもじでよく混ぜる。再びラップをかけ、レンジでまた少し加熱。取り出したそれを、今度は粘り気が出るまでよくよく混ぜる。これにて餅は出来上がりだ。キッチンバットに、きな粉を広げ、その餅を適当なサイズに千切り、放り込む。砂糖と塩も振り、全体にきな粉が行き渡るよう、コロコロする。転がる餅が、どこか愛らしい。全体がきな粉色に変わったところで完成。


「よし……どれどれ」


 これが飯福の朝飯となる。一口噛みつくと、頭を引く。みよーんと伸びる餅。具合よく出来ていた。味の方もオッケー。


「量産して、昼には行きたいね……っつつ」


 偏頭痛は酷くもならないが、良くもならない。市販薬を飲もうかとも思ったが、それより素晴らしい薬を知っているのだから、やはり気乗りしない。この手土産を仕上げれば、それが手に入るのだから、まあ頑張ろう、と。






 正午を過ぎた辺りで、飯福は炒飯とサラダを作り、自分の分の昼食を手早く済ませる。餅の量産はそれから一時間ほど後に終わった。皿一杯に乗せ、それを数セット。これでも足りないかも知れないが。ちなみに餅粉、きな粉は使い切ってしまったので、もう一度買い出しに出たくらいだ。


「よし」


 クローゼットの前へ。皿を片手に携え、


「緑の国。モチビト族の隠れ里へ」


 唱えるように言うと、閉ざされた扉の向こうがカッと発光する。確定したようだ。クローゼットを開け放った。やや苔むした大木の根。腐葉土の上に緑が繁茂する森の中。白い小さな生き物たちが、こちらの光を見て、ビックリして小さな両手を挙げている。


 そこへ飯福は飛び込んだ。


「みんな、久しぶり!」


 彼の姿を見た白くて丸い小さな生き物たちは、


「「「「あい!」」」」


 嬉しそうに駆け寄ってきた。小人のように手足があるが、短いためよく転ぶ。もったりタプタプの体の上に、まん丸の顔が乗っている。目は動物のような瞳。鼻は小さく退化していた。口には唇がなく、モチモチの顔の中に、いきなり穴が開いたような見た目。


「あい! ワタル! ワタル!」


「あい~♪」


 人懐っこい彼らは、すぐに飯福を取り囲み、ズボンにひっつく。モチモチの頬を擦り寄せてくるので、ズボンの生地越しに足が幸せを感じる。

 

 この生き物たちはモチビト族と呼ばれる。身長は80センチくらいが平均。前回来た時に試しにメジャーで測ってみたので正確である。体重は15キロ前後。米俵よりやや重いが、二匹くらいなら同時に抱っこできる。

 秘境まみれの緑の国にあっても、かなり遭遇率が低い生物のようで、都市部の方で聞き込みをしても、お目に掛かった人間はいない、どころか存在を知られていない。


「ははは。こらこら。安倍川餅、落としちゃうぞ」


「アベモチ! アベモチ!」


 飛び跳ねて喜びを表すモチビト族たち。そっと離れるので、飯福は近くにあるテーブルの上に皿を置いた。以前来た時に設置した、彼ら用のかなり背の低い物で、椅子もそのサイズ。モチビトたちが椅子によじ登る。プリッとした尻がモゾモゾ動く様子に、飯福の鼻から息が漏れた。


「「「「あい!」」」」


 いただきます、のつもりだろうか。全員が短い手を合わせた。終えると皿の上に手を伸ばし、薄茶色の餅を掴む。口の中へ。もっちゃもっちゃ。咀嚼音を鳴らしながら、目を細めている。美味いらしい。


「「「「あい~」」」」


 恍惚とした声を出している。

 と、飯福のズボンが引っ張られた。出遅れた連中が集まってきていて、自分たちも餅を、とせがんでいるようだ。優しい笑顔を浮かべた飯福は、そのうちの二匹を抱き上げる。顔を寄せると、両側から頬擦りされた。モチモチのサンド。温かくて沈み込むような柔らかさ。


「ちょっと待っててな。全員分あるから」


 名残惜しいが、二匹を地面に下ろし、再び光の長方形の中へ消える。グラスに水を注いで、盆に乗せる。そして勿論、メインディッシュの安倍川餅の皿も。


 異世界の方に戻ると、更にモチビトたちは増えていた。「あい、あい」と騒がしい。飯福来訪を聞きつけてきたのだろう。彼らが「あい」だけでどうやってコミュニケーションを取っているのかは定かではないのだが。


 食べ終えた四匹が席を替わる。空いた皿を片付け、テーブルの上に持ってきた盆と水を置いた。途端に他の四匹が椅子によじ登る。いつの間にかキチンと列が出来ている。前々回、つまり最初に来た時は争奪戦の様相だったので、列を作って順番に食べるというルールを設けて教え込んだのだが、どうやらキチンと習慣づいたようだ。


 一番手の四匹が戻ってきた。抱っこして欲しいのだろう。飯福は代わる代わる持ち上げ、頬擦りして下ろす。


「あい!」


「あーい!」


 他のモチビトたちも寄って来て、抱っこをせがむ。よく分からないが、人肌くらいの物にくっつきたがる習性があり、仲間同士でも固まって寝ていたりする。


「……この辺で抱っこは一旦やめとこう。新しい餅を持ってこないと」


「あい」


 モチビトたちがピタリと止まった。ゲンキンすぎる態度に、飯福は苦笑してしまう。

 それから数往復。ある程度は行き渡ったようで、みんな腹をさすりながら、思い思いに下草の上を転がる。一段落の飯福は、周囲を見渡して。


「長老の姿が見えないけど……」


「あい!」


「あい!」


 何匹かが丸っこい手で一点を指す。ちなみに彼らに指は無いのだが、餅を掴む時などは、それこそ餅生地にように手の先が伸びて包むように摘まみ上げるのだ。不思議な体だ、といつも飯福は感心する。


 森の奥、木を組んで建てられた小さな家。長老だけそこに住む。他の面子はあまり屋内を好まないらしく、野晒しで寝るのだ。

 飯福は家を訊ね、しゃがんでドアをノックした。ドールハウスよりは大きいが、それでも立ったままでは難しかった。


「あ~い……」


 中からくぐもった声が聞こえる。小さなドアが開き、中からモチビトが出てきた。他の個体より皺が多く、プリプリの肌というより、どこか皮がたるんだような。


「わ、ワタル!」


 眠たげだった長老が、飯福を見て目を大きく開ける。


「長老、久しぶり」


「ひさしぶり。ひさしぶり。げんき、してた?」


「ああ。長老も元気そうだね」


 長老はニッコリと微笑む。頬に皺が寄った。

 彼だけはカタコト以外の言葉も話せる。一応、緑の国の言葉なのだろう、とは飯福も推測しているが。実際はどの国の言語でも、彼には日本語に聞こえるので、本当のところは分からない。


 長老が手を伸ばしてくるので、飯福は抱き上げた。頬擦りを交わす。年嵩でも、甘えん坊は種として共通のようだ。ちなみに年嵩、というのも長老の自己申告(群れに一番古くから居るとのこと)だが。


「あべもち!」


「ああ、あるよ。長老以外は全員食べた後だ」


「あいー!?」


 ショックだったらしい。長老は昼寝が深いうえ、耳も少し遠くなっているので、寝ている間に家の外で変化があっても気付きにくいのかも知れない。


「長老、食べてからで良いんだけど、霊薬をくれないか」


「あい! だいきん!」


 飯福が今日、ここをバカンス先に選んだのは、愛くるしいモチビトたちに癒されたいから……だけではなかった。彼らだけが自生地を知る植物、千年麗人せんねんれいじんと、それを煎じたり、擂り潰したりして作る薬(霊薬と呼ばれる)が目当てだった。

 効果は折り紙付きで、少なくとも飯福の体調不良には最も覿面てきめんなのだ。それは病院で処方してもらう薬よりも。


「あ、後で良かったのに」


 ジタバタするので、抱っこから下ろしてあげると、長老はトテトテと走って家の中に戻った。そして少しして、また出てきた時には両手に千年麗人とその根を擂って丸めた丸薬を持っていた。


「ありがとう」


 受け取ると、ポケットに入れていたエコバッグを広げ、全て納めた。そして一つだけ丸薬を取り出すと、水なしで服用。こっちに来てから(気圧などが変化した影響だろう)少しマシになっていた頭痛が、更にスッと良くなる感覚。起き抜けにフレッシュミントを嗅いだような。頭が冴えわたる。ついでに足の腱に何となく残っていたシコリも消えた。凄まじい効き目だ。

 

 大きく深呼吸。水場は少し離れているのに、何故こうも瑞々しい香りが胸を満たすのか。あの雑踏の中で嗅いだ空気とは比べようもない。すう、はあ、と二度、三度。葉の匂い、土の匂い、木漏れ日の匂い、木の匂い。


(生き返る)


 日本人の多くは、元はこの母なる森に暮らしたのだと、本能が知っているのだろうか。そんな哲学じみたことまで考えていた飯福だが、ズボンを引っ張られて我に返る。長老が、早く安倍川餅をくれとせっついていた。






 ポコーンと軽い音がして、ボールが空を舞う。木の棒を振り回したモチビトが、投げられたボールをそれで打ち返したのだ。投球した方のモチビトはハッと振り返る。フィールドの奥深くまで飛んでいったそれを、しかし外野のモチビトが掴んだ。


「あい!」


 アウトである。

 

 飯福はその彼らのプレイする野球を観ながら、「ほえー」と感心していた。

 列に並んで順番に餅を食べるというルールを順守している例からも分かるように、彼らは学習能力が高い。それを鑑みて、前回来た時に、冗談半分&実験半分で野球を教えたのだが。


 最初は理解不能で立ち尽くしていたが、徐々に理解が及んだ個体からボールを投げ、それを木の棒で打ち返して遊び始めた。飯福はその日はそこまでで帰ることとしたが、去り際に大まかなルールを図解した絵と、柔らかいカラーボールを置いて帰ったのだ。ちなみに後者は完全にオーバーテクノロジーだが、モチビトたちが人間らとは没交渉であることを考慮して。そして何より、全員で抱き着いてねだってくる姿が可愛すぎて折れたという経緯があった。


「しかしまあ、見事に」


 野球になっている。草地が広がる場所をグラウンドにして、表面をキレイに削った木の棒をバットにして、藁を編んで作った小さな四角のむしろをベースにして。

 

 モチビト投手がボールを投げる。モチビト打者が見送り、モチビト捕手が手先を変形させてキャッチ。捕手の後ろに控えるモチビト審判が片手を挙げる。


「あああぁぁい!!」


 ストライクコールらしい。

 モチビト打者が見逃し三振で、自陣に帰っていく。代わりに新しい打者が出てきた。


「くあぁぁ」


 あくびが出てしまう。試合がつまらないワケではないのだが、朝が早かった飯福には腹も膨れた昼下がりは辛い。

 持参したハンモックを広げる。数日前に納屋を整理した時に飛び出してきた物だ。モノは良いのに、数回使ったきりで宝の持ち腐れ状態だったが、意外な所で役に立ちそうだ。一応、洗濯してから家屋の方で保管していたので、衛生面も問題なさそうである。


 広場を囲む森、頃合いの木を二本見繕う。幹に養生用の布を宛がい、そこに二重結びでロープを固定。反対側も結ぶと、軽く引っ張ってみる。強度は大丈夫そうだ。


「じゃあ文字通り、高みの見物といきますか」


 飯福は赤いハンモック生地の上に寝っ転がる。肘を立てて頭を掌に乗せ、ぼんやりと野球観戦。

 ぺコーンと良い音が響いて、外野へ鋭い当たりが飛んでいく。何匹かセンスの良いのが居るようだ。


「……」


 大口を開けてあくびする。ちょうど良い天気だった。飯福の体感だが、10月中旬くらいの晴れの日。着ていたダウンを脱ぎ、パーカーとロングTシャツだけになって、下はチノパン、その格好でちょうど良いくらい。


(暦はこっちと日本でズレてないから、間違いなく12月なんだが。少し南寄りなのかな)


 六国で最も国土の広い緑の国。北と南では気候がガラリと違う。

 モチビト族の隠れ里がどこにあるのか、飯福は地図上で指し示すことは出来ない。山を下りて人里を探し当てられれば、大体どの辺りか教えてもらえるかも知れないが。見ず知らずの山を歩き回る度胸は飯福には無い。よって不明。恐らく一生。そして、それで良いとも思う。


(人に見つからずに、いつまでも、いつまでも、健やかに暮らして欲しいよな)


 自分の世界では、山や森にかかっていた神秘のヴェールはチェーンソーやブルドーザーによって剝ぎ取られてしまった。森には精霊や妖が居る、と信じられるほど飯福もピュアではないが。そういう妄想の余地すら無いのは寂しいなとは思うのだ。

 だがそれが、この世界には妄想どころか、本当にあるのだ。深い森の中、人知れず暮らす山の者たちの楽園が。初めて来たときは驚きに固まり、状況を理解した後は、童心に返ったようにワクワクしたのを覚えている。


「エゴかも知れないけど」


 それはこの世界の人々に、文明を発展させるなと言っているようなものなのかも知れないが。それでも飯福は、神秘は神秘のまま、そうあり続けて欲しいと願ってしまう。


「あーい!」

「あーい!」


 フライを追いかけた二者がぶつかりそうになりながら、捕球している。

 飯福は肘が疲れてきたので、仰向けになった。枝葉のカーテンの隙間から、日差しが降り注ぐ。サラサラと小川の流れのように、木々が風に鳴る。名も知らぬ鳴禽めいきんがチチチとせっかちに鳴きながら、森を飛び回る。その合間には、モチビトたちの賑やかな声。


「……」


 飯福の瞼が重たくなる。まばらに落ちる木漏れ日が、近くで聞こえる見知った存在の声が、不思議と安心感を与えるのか、どんどんと心地よくなってくる。ロクに抵抗も出来ないまま、ゆっくりと意識を手放した。


 ………………

 …………

 ……


 少しの肌寒さを覚えて、飯福は目を覚ました。足に違和感。重たい。一瞬で肝の冷える感覚を思い出し、頭も覚醒する。また、こむら返りを起こしたのか、と。だが違った。


 半身を起こす。腹の上に乗っていたモチビトがコロンと転がり、ハンモックの上に落ちた。その個体以外にも、足の上に乗っているのが二、三。添い寝しているのが体の左右に二、三。


「あい~……」


 日が落ちかけていて、かなり寒いのだが、それでも今の今まで飯福が眠れていたのは、モチビトたちの肉毛布があったから、ということらしい。クスッと笑ってしまう。


「ほら、みんな起きよう。風邪ひいてしまう」


 実際、モチビト族が風邪をひくのかは知らないが。少なくとも飯福はこれ以上はやめておいた方が賢明だろう。


(まあ風邪くらいなら霊薬で、どうとでもなるけど)


 とはいえ、無駄遣いはしたくないものだ。

 手元に居たモチビトを抱っこして、頬を寄せる。温かく、モチモチした顔。その目がトロンと開いた。ほら、と急かすと、ようやく目がパッチリ開く。


「みんな、もう一回、夕食に安倍川餅を作ってあげるから」


「「「「「あい!?」」」」」


 一瞬で他も目が覚めた。なんと単純な、と飯福は苦笑する。小さな手足を動かして近寄ってくると、おはようの抱っこを飯福にしてもらう。そして次々にロープを結んだ木にしがみついて、器用に下りていった。


(ハンモックの高さからいって、登れそうにもないのに、一体どうやったのかと思ってたが……なるほど)


 そうまでして自分と一緒に眠りたがった彼らが可愛くて仕方がないワケだが。飯福も気を取り直して、地面に下りる。


「あい!」


「あーい!」


 遠くからも寄ってきたモチビトたち。みんな試合後か試合途中に午睡をしてしまっていたのだろう。おはようの抱っこを所望しているようだ。

 順繰りに叶えてやり、全員で集落に戻った。


「ちょっと待っててな」


 片付けたハンモックを抱え、飯福がクローゼットの光の中へ消える頃には、日がすっかり落ちていた。夜の森は星明かりだけが頼り(モチビトたちは白のマナタイトを持っていない)で、近くのモチビトすらもあまりハッキリ見えない。

 部屋に戻ると、机の上のスタンドライトを引っ掴んだ。これだけでは光源が心許ないが、まあ致し方なしである。或いは、クローゼットの発光を利用する手もある。あの光は飯福が出入りする時に輝き、しばらく使わないと消え、透明なガラス張りのような状態に移行。その後、完全に見えなくなる、というプロセスを辿る。もちろん見えなくなるだけで存在自体はしているため、踏み込めばまた光り始めるという寸法。これを明かりに利用すれば……


(大聖徒の人たちに知られたら、神聖なギフトを何だと思ってるんですか! とか怒られそうだけど)


 苦笑しながら、安倍川餅を量産していく。出来た端から、向こうへ送り込むと、皿を受け取ったウェイター(ウェイトレス?)役が、テーブルの上に置く。四匹ずつ椅子によじ登り、昼と同じように食べている。


「っとと、忘れてた」


 飯福も追いかけて向こうに行くと、テーブルの上に置きっぱなしだったスタンドライトを点けてやる。白い光が周囲を照らした。


「「「あいー!!」」」


 歓声をあげる者たち。ビックリして固まる者たち。興味津々でライトを眺める者たち。飯福には、見た目で区別をつけることは出来ないのだが、全ての個体がそれぞれに個性を持っているようなのだ。

 しかし、全員がテーブルの周りには集まることが出来ず、あぶれてしまっている。やはりもう一セットくらいはテーブルと椅子が欲しいな、と飯福。また馴染みの木工店で特注しようと内心で決める。モチビト族に対しては甘々になってしまっているのは自覚しているが。


「あいー!」


「あい!」


「あい、あい!」


 美味しいよ、と言いたいのだろうか。飯福に向かってモチモチの顔に笑みを浮かべて、丸い手を振ってくるのを見ると、どうしても財布の紐は緩みっぱなしになってしまう。


 その後、全員に安倍川餅を提供し終えると、名残惜しいがモチビト族の里を後にした。流石にスタンドライトは回収、全員との抱っこを済ませ。人肌の温もりが腕や胸に残ったまま、無人の家に戻ると、如何ともしがたい寂寞が去来する。

 充実した休日になったし、大いに癒されたが。こうして日本に戻り、明日からの仕事を考えると、どうしても、というところ。

 

「……また近いうちに、会いに行くか」


 その時までに、もう一式のテーブルと椅子のセットを用意しておかないといけない。野球用のボールも減っている(遊んでいるうちに紛失したのだろう)ようなので、補充したい。


 飯福は手帳にそれらをメモし、翌日の朝イチに木工屋に電話をかけるのだった。

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