義足の人形
九大文芸部OBOG会
義足の人形
作者:木倉 兵馬
具体的な年は忘れたが、叔父の家に呼ばれたとき、妙な物を押しつけられたことがある。
あまり出来の良くないが、『宝島』に出てくるロング・ジョン・シルバーを想像させるような木彫りの人形だ。
義足で松葉杖をついた男が、肩に止まったオウムに話しかけている情景なのだろう。
いつ頃作られたかはわからないが、まあそれほど古いものであるとは思えない。
オークションに出しても大した値はつかないだろう。
目利きを自慢する叔父にとってもあまり良い物だとは思えなかったらしい。
ならば名のある彫刻家の初期作品かと問えば、そうでもなく、ただ蚤の市で買った明朝の大きな壺に入っていた、ということだ。
私の意見としては壺のほうも信用できない。
よく似せてあるとは思うものの、本物を見ると近現代の作ではないかという気持ちが強まってくる。
壺の方はともかく、叔父はどうもさっさと厄介ばらいをしたかったらしく、私以外にも押し付けようとしていたと後で他の親族から聞いた。
骨董収集の勝率は三割の自称目利きの彼でも手放そうというのだから、私も欲しい物ではない。
なんとか言い訳をして貰わずにいようとしたが、しつこく押しつけてくるものだから根負けせざるを得なかった。
困るのは飾り場所である。
何度も述べる通り鑑賞したいものでもしてもらいたいものでもないので、なんとかして手放そうと思ったが、買い手がつかないのは目に見えている。
かといって割りかし大きな人形で目立つし、なにより叔父には恩があるので捨てるわけにもいかない。
結局、自宅の地下室に置いておくことにした。
さて、この程度の話はどこにでも転がっているので不思議でもない、という感想を抱かれるのもここまでなら仕方あるまい。
妙な物、と私が述べたのは出来の悪い骨董もどきというだけだからではない。
二度ほどこの人形が不可解な事件を引き起こしたと思われるからである。
あれはひどい雨の日が降る前日だった。
ニュースでは数十年に一度あるかないかの大豪雨だと頻繁に報じられていたから、記憶に強く残っている。
叔父ほどではないが私も骨董を集めているので、水没への予防策として地下室から価値の高い物は二階までに引き上げることにした。
幸い、私のコレクションは少ないのでわずかな手間で済んだ。
さて一休み、といったところである。
ドン、と何かを叩くような音がした。
気の所為にするにはやたら大きい音だ。
呼び鈴を鳴らさないとは嫌な客人だな、と思い玄関へ行くと誰もいないし、何か落ちた気配もない。
首をひねりつつ階段へ向かおうとすると、またドン、と叩く音がした。
振り返って玄関を見ても何もなく、どうも地下室から音がするようだ。
しかし思い当たるところが何もない。
何か重い物を高いところに置いたか?
いいや。
倒れやすい物に触ったか?
いいや。
では一体何だ?
まさか泥棒か、と不安になって傘を武器代わりに持って地下へ降りていく。
ドン、とまた叩く音。
誰かいるのか、と大声で呼びかける。
と、今度は二回叩く音がした。
泥棒にしては挑発的だし、一人暮らしなので誰かが入り込むはずはなし。
思い切って勢いよく地下室のドアを蹴り開けると、件の人形が前の家主の残した箱の上に陣取っていた。
家を買ったときに置いてあった大きな木箱の上である。
大した物は入っていないだろうが、面倒なので廃棄を延び延びにしていたのだ。
その箱が、一部壊されて中の物が見えていた。
よくよく見ると壺だ。
赤絵の見事なもので、もしかすると良い品かもと思った。
人形をのけて箱を開けると状態のいい壺がいくつも入っている。
なぜこんな物が、と思いつつ中身は二階へ持っていた。
人形についてはそのままにしておいた。
翌々日、我が家は一階が水没し、当然地下へも水が流れ込んだ。
ひどい有り様ではあったが貴重な物は守れたのでよしとした。
妙なこともあるものだ、と思いつつ、件の壺を鑑定してもらうと本物で、ぜひ買い取りたいと言われた。
このくらいで、と値段をふっかけたつもりがすんなり受けいれられ、表情には出さなかったもののひどく驚いた記憶がある。
これが一度目である。
二度目にはこれより奇妙なことがあった。
件の人形が幸運をもたらしたかもしれないが、かといって飾りたい品ではなかったので、そのまま地下室に置かれていた。
自室で書き物をしていると何かひどい声で舟唄のようなものが聞こえてくる。
近所迷惑を考えない奴がいるものだ、嘆かわしい、と思いつつもよくよく聞いてみると家の中で歌っているようだった。
大雨の日から五年ほど経って、コレクションも増えたので泥棒への警戒心も強まっていたので、急いで侵入者をなんとかせねば、と考え、歌のする方向を探る。
どうも地下からするようである。
忘れかかっていた木彫りの人形を思い出した。
何かまた起こるのだろうか?
いぶかしみつつ、地下へと向かう。
歌はやはり地下室から聞こえてくる。
泥棒でなければいいが。
また傘を手にして、そっと降りていく。
それまで意味を持たなかった歌詞が、急に次のような内容へと変化した。
そうれ、そうれ
迎えが来るぞ、迎えが来るぞ
やっとこさでやっって来るぞ
これでさいなら、さようなら
俺もオウムも新たな海へ!
意を決してドアを蹴り開けると、誰もいない。
何か取られた様子もない。
件の人形は元の位置にあったままだ。
しばらく地下室に居座ってみたが、何事も変化なく、いったい何だったのか首を傾げながら自室へ戻った。
事件に気づいたのは翌日になってからだ。
泥のついた足跡が一階の絨毯についていて、泥棒に入られたと大慌てしたのだ。
通報して警察に来てもらったが、目立ったものは盗られていなかった。
あるとすれば、あの義足の人形だ。
地下室から消えていたのはそれだけである。
以来、あの人形を見たことはないし、不可解なことはない。
とはいえ、気にかかるのはあの日の足跡だ。
明らかに二人分のもので、片方は義足の人間がつけたもののようだったからだ。
この作品を書かれた作者さんは,こちらのアカウントでも活動されています
義足の人形 九大文芸部OBOG会 @elderQULC
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