リツちゃん(25)とアキミツくん(26)とパピコ
「んしょー。」
「はいぃー、お疲れぇ。…ぐぇっ。」
間延びした声を出しながらリツが俺の肩へ顎を乱暴に乗せ全体重を預けてきたので俺は素早く尻に手を回し、揉みつつ受け止める。
すると、手の甲のあたりを後ろ手に引っぱたかれた。
「やわこいねぇ…」
「うっさいもう、次から金とるよ。」
「今は取らないのな。」
「イヤ」とは言うが嫌ではないという恋人同士の社交辞令を終えたところで尻揉みを継続するのだった。
ピロートークっていうのは本来であれば2人横並びで寝ながらするのが一般的だとは思うのだけど、俺たちの場合は騎乗位でフィニッシュしてから仰向けの俺にリツがそのまま倒れ込むようにして覆い被さった状態で行うのが習慣になっている。
しかし、毎度騎乗位で終わるのはいかがなものか。
一応、日本男児の末席を汚している俺としちゃ彼女に跨られた状態でリードされ果てることに若干の抵抗はあるのだが、以前俺が上の状態でフィニッシュをさせていただいていた時は正常位に移行して床に手をついた際にリツの髪を一緒に押さえつけて引っ張ってしまうという事故が多発して、そういうことがあっての今なので加害者側である俺からはちょっと言いづらいものがある。
しかしまぁ、慣れてしまえばこうして体重とやわらかな身体を預けてもらえることやマシェリの香る長い黒髪が俺にぱらぱらとほどけるように触れてくるのは悪くない具合だ。
セックスの時だけ髪を縛らせるのもなんかアレだし、そんな理由だけで丁寧に磨き上げた黒曜石のように艷めく髪を切ってもらうのも忍びない。
俺、黒髪ロングのほうが圧倒的に好きだし。
…まぁ、難点をあげるとすれば生理前になるとリツの動きが一層激しくなるのだけは耐えるこちらとしちゃかなりしんどいので、なんとかしたいところなのだけども。
「んー、ちゅ」
「む」
当たり前の話、上にいればキスは浴びせることになるけど下にいれば今度は浴びる側の方に回るわけで、それは愛を確かめるためのキスから受け止めるためのキスになる。
こういう明確な形で恋人からの愛情を感じられるというのもこの状態の利点だ。
立場が人を作るとはよく言ったもんだなぁ。
正常位復権はもう少し先でいいか。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
「例えばさぁ、俺がコンビニで買ったパピコ食いながら歩いて帰ってるとするじゃん。」
「アキが?パピコ食べてんの?2本全部1人で?」
「うん」
「私の分は?」
「いや問題はそこじゃなくてな?」
「いやあんた、そこが重要じゃないって言うならわざわざパピコをチョイスせんでもさ、別におっぱいアイスとかでもいいわけじゃん?」
足をパタパタと揺らしながら子供みたいな言いがかりをつけてくるあたりリツの適当さが伺える。
まぁ、適当な話だからいいんだけど。
「なんでコンビニどころか今どき
「ねぇ待って今の思い切ってさ、“Heyガイズ、ナイスなアイスのチョイスだが置いてないっす”くらいまでやるといい感じに韻踏めてると思わない?」
いやHeyガイズはいくらなんでも無茶がある。
大体ラッパーなら、“Heyメーン?”とかになるんじゃねぇのかな…?
Heyガイズだとなんか某アダルト動画サイトの広告みたいに聞こえるし。
「……そしたら、俺が歩いてる反対車線の歩道を女子高生2人がパピコシェアしながら歩いて帰ってるとする。」
「女子高生2人と?アラサーのおじさんが?」
「うん」
「車道を隔てて同じ方向に歩いてる。」
「…うん」
「…なにその後ろから見たらすごい対照的で泣きそうなくらい惨めな光景。」
「な?トロッコ問題ってあるけどさ、こういう風に材料1つ加えるだけでなんかもう俺の方にレバーを切る人が増えそう感あるのよ、やっぱり命の価値って平等じゃないよな?」
「トロッコ問題に一石投じたいだけで自分のことそんなに貶めなくてもいいんじゃないの?…あとトロッコ問題の本質って多分そこじゃないと思うし。」
「で、リツならポカリスエットのCMみたいな青春してる女子高校生2人とカップラーメンの残り汁米にかけて食べる派の俺ならどっちにレバー切り替えるよ?」
「さっき車道とか歩道って言ってたのになんでいきなりトロッコと線路とレバーが出現してんの?」
「じゃあ…5トントラックでどっちに突っ込む?」
「道路なんだからトラックはまっすぐ前見て運転すればいいじゃん。まぁでもトロッコが突っ込むっていうんなら…レバーはアキに切り替えるかな?」
「でしょお?結局、リツもあれだろ?功利主義的にもビジュアル的にも、青春アミーゴ17歳の2人の命を選ぶ側に立っちゃうだろ?」
「いや明らかに私がアキを視認できるくらい近くにレバーを行使できる私がいるのにパピコ2本1人で全部食べてるからでしょ。あとそれと今日さ、私のボディソープ黙って勝手に使ったっしょ?」
そこそこ強い力でほっぺを鷲掴みにされて揺さぶられた。
「…ふぁあそれに
「別に絶対ダメとは言わないけどさぁ、一言くらいはなんか欲しいし。今日フェラした時に下の毛からやたらマシェリの香りしたのなんかすごいムカついたんですけど。」
「え?俺の命マシェリワンプッシュ以下?」
「アキは部屋にいつでもいてくれるけどマシェリは注文しなきゃいけないから手間なのよ。ま、パピコホワイト奢りで許してあげるから、ほらコンビニ行くよ。いつまでもくっついてると暑いんだから。」
「マシェリワンプッシュ以下パピコと等価かぁ。」
「いい加減それ擦り過ぎ。」
おでこにやや重いチョップを受けてしまった。
今回は殴られる理由を満たしていなかったというだけで、セックス後の一番疲れているタイミングでマウントポジションを取られているということをこれからは少し意識した方が良さそうだな。
年甲斐もなく陰毛でめちゃくちゃ泡立てる遊びをしたので実はあと0.5プッシュ程していたことはとりあえず黙っておこう。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
深夜2時にもなると国道の車通りはまばらになっていて、スウィフトの走行音とラジオだけが刺激という程でもない音を耳に届けてくれる。
「窓開けていーい?」
「いーよー」
リツがアイコスを片手に窓を開けると、排ガスと夏の香りを混ぜた爆風が車内を満たして普段ならほつれ一つ見当たらないリツの髪がぶわりと舞い上がって、まるで事後みたいだった。
いやまんま事後なんだけども。
「アイコスの煙ってマジであれだよな、ソフトクリームのコーンの匂いって感じ。」
「それはあんま分かんないけど、でももうアイコス1本でいこうかなって。」
「オプションやめんの?」
「んー、なんかね、この前泊まりで研修行ったじゃん?そしたら教育センターの中が電子タバコ以外は禁止っていう風にルール変わっててさぁ。アキも車じゃ吸わせてくれないし」
「点検の時言われたんやけど電子はいいけど紙はマジで車から臭い取れないらしいからね。」
「せちがらーい!」
リツがやけっぱちみたいに吐いた煙が60kmで流れる風の中に消えていく。
時折聞こえてくるラジオアナウンサーの人なのか専門の声優が言ってるのか知らないけどこのオートチューンが効いた『Traffic Information.』とか『LIVE OA.』とかのめちゃくちゃいい声のアイキャッチみたいなやつって聞いてる本人はカッコ良すぎてむしろ恥ずかしいとか思ったりしないのかな?
なんてどうでもいいことを考えながら、前は車中泊ドライブとか結構してたな、なんてことを思い出す。
よく眠れそうな心地良さがあるので深夜に交通情報を聞きながら眠るのなんかは案外悪くない。
ハイブリッド車の静かなエンジン音と国道沿いの街灯が放つ暖色とその奥にある黒い空と合わさって優しい気持ちになれるのでそういう面で深夜ドライブは好きなんだけど…
「ってかサマーナイトのチケット買わなきゃじゃん!え、もう全部売り切れてる!?」
その点ドライブ中のリツは散歩する犬みたいにはしゃぐので合うようで合わないところも多い。
5年付き合って3年も一緒に暮らしてるからもう慣れたけどね。
「先輩が家族分で階段席取ろうとしてたけど発売直後にもう全部売り切れてたってさ。ほらもう、去年と同じビアガーデンでいいじゃん。」
「でも花火の音がちょっと遅れてくるじゃあん。」
「ステーキ串とか謳いながら成型肉を串に刺したやつに高い金払うよりも飲み放題付き本物肉の方がお得だし400円でかき氷食うよりパピコの方が美味いって。」
そういうことじゃないんだろうけど。
「そういう事じゃないんだけどねぇ~。」
ちなみにリツはなんだかんだ言ってもテレビに映した隅田川花火大会を見ながら宅飲みできるタイプの人間である。
「来年来年。」
混んで並ぶ屋台よりも今は目先のコンビニということで車から降りたのだった。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
「…………しゃっせ」
FMラジオのパーソナリティとは対照的にキンキンとした萌え系の声による免許合宿販促のラジオCMとあまりにもやる気を欠いた男性店員の挨拶はコンビニがどんな時間でも眠らない存在であるということを後ろ向きに主張しているのかもしれない。
現に彼は死んだような顔で立ち尽くしながら真っ直ぐ時計を見つめており、会計テーブルのど真ん中には明らかに今から陳列しなきゃ行けないであろう今週号のジャンプか全部積み重ねられていた。
「………」
「あれだね。今は鎮火してる風だけど酸素入れたらバックドラフト起きそうな雰囲気だね。」
夜シフトで限界ギリギリの様子をよく言い表していると思う。
「さっさと買うもん買って1人にしてあげようか。」
「繁華街でガンジャ吸った直後の人が歩いてるの見た事あるけどさ、丁度あんな感じの目と体の揺らし方してた。」
『応援ガールの“みゃこな”です♪夏!夏!夏休みは合宿免許…』
店内には誰の心にも届いてないだろう女性声優の声だけが虚しく響き渡っていた。
「あとうちの看護婦長もたまにあんな感じ。」
「…モルヒネでも打ってんの?」
試しにグーグルマップで見たら酷いレビューの目立ったリツの職場は大丈夫なんだろうか?
看護師って大変なんだなぁ。
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昔、毎週土曜日にソフトボールの試合が終わると見に来てくれた父親が必ずブラックモンブランを買ってくれて、その度に当時の自分はコンビニのアイスケースは大きくて深い、財宝の詰まった宝箱のように思えたのだけど今となっちゃ冷食も混ざった狭くて小さいものだ。
むしろ、いつだか炎上していたあのコンビニバイトはよくこの中に入ろうと思ったな?
当時の俺のように、彼には宝箱に思えたんだろうか。
「ホワイトないじゃん…」
「あー…コーヒー嫌いだっけ」
「いや全然いいんだけどさ、夏はやっぱホワイトじゃん?コーヒーはコタツの中でちょっと溶かしてから吸うのがベストじゃん。」
「クーリッシュにすれば?」
パピコのくだりがあってのアイス購入なので今日は全然シェアパピコでもいいんだけど、あのザ・クレープとかいうやつめちゃくちゃ美味そうだからあわよくばこだわりを捨ててくれないだろうかという計算もあった。
「…いや、今日は宗旨替えしてコーヒーにしとく。」
「…さいですか。」
どうせ次はパピコホワイトのシェアになるだろうから今度1人の日にこっそり食べようかな。
恋人であっても夫婦であっても秘密や隠し事は何かしらあると思うし、深夜のカロリー摂取だけでなく楽しみを独り占めするというのも背徳の1つってやつだろう。
パピコホワイトがないと見るやリツがジャイアントコーンに一瞬手を伸ばしかけたのを俺は見逃していなかった。
おそらく彼女も職場のコンビニで購入したジャイアントコーンを昼休みとかに俺に黙って食べるのだろう。
秘密ってのは得てして甘いものだ。
「ついでに炭酸水も買って~。」
「はいはい」
レジに行くとまだ店員さんは呆けていて、時折空気を求めるかのように口をぱくぱくと開いていた。
『八木』と書かれたネームプレートの色褪せ具合を見るに見習いやバイトではなさそうだ。
むしろ正社員だからこその深夜シフトなのだろうか?
「あの…お会計」
「…はい……点……こちら、あたためどうなさいゃすか…」
「………」
普通の人間なら“それパピコですよ、”で済むのだろうがもう何が良くて悪いのかも分かっていない虚無の瞳を向けられてはどう答えていいか分からない。
なんかもうやじろべえくらい左右に揺れちゃってるし。
もしかして天秤みたく善悪の狭間で揺れていて審判待ちなのだろうか?
「…リツ?こたつであっためたら思ったより溶けるの遅かった時とかってもしかしてレンジで…」
「いや普通にあたためいらないから」
「…りょっす…」
ふとした拍子に爆発してしまいそうな、バックドラフト疑惑のあった八木店員の何かが今度こそ火種の1粒まで消えたような気がした。
頑張れ若者。
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コーヒー味はコーヒー味でもマックスコーヒーばりに甘い氷菓を口にしながら車を走らせる。
「そんな甘いの?MAXコーヒー。」
「たまんねぇよ?俺も1度っきりしか飲んでないけどアレはもうコーヒーじゃねぇ。言うなれば砂糖入りミルクにコーヒーをチョロっと入れたみたいなシロモノだし。」
「私は普通にコーヒー牛乳連想するけどね、これ」
「コーヒー牛乳かぁ…いい思い出ないなぁ。」
出会いたての頃のちょっと苦くてダサい思い出が脳をよぎる。
「ねー。初デート失敗の味だもんねー。」
「…やっぱ覚えてた?」
「そりゃそうよ。‘’街が一望できる展望公園あるから‘’って連れ出してさ、長い階段登ってたら急にざんざん降りになってね。急いで引き返そうとしたら『滑って危ないから走るな!』だし。いや走らなきゃ濡れるのよって。」
「それで近場の銭湯行ったんだよなぁ~。…しかも男女別で。」
もちろんエスコートした俺に責任があるので店内で購入したタオルやシャンプーは自腹で買ったのだが、体は温まってももう一度濡れた服を着ることになるのであまり変わらないのだった。
「リツもよくあの時の俺をコーヒー牛乳1本で許す気になったよな。」
「まー、電気風呂とかサウナもあってそこそこ良かったし。それに、服がずぶ濡れのまま凹んでる男に追い討ちかけるほど鬼じゃないからね。人は自分より取り乱してる人間がいると落ち着くもんよ。」
「あれから5年かぁ…そうだな、うん。」
「アキはまぁ、ずっと飽き飽きさせてはくれなかったね。」
窓の外にはもう何度も通った町の景色が広がっていた。
「それも韻踏んでんの?」
「即興の才能あるっしょ。」
「ほざけよ。」
「…」
「あー、のさぁ…」
「………うん?」
「………なんか今だって気がしたんだけどさ、」
「……あ~~。」
「………」
「………」
「結婚して欲しい。」
「………あ~、え~~~?」
「………」
「………今?」
「パピコ食いながらのところ悪いけど。」
「…いやまったくね~。しかも今日のパピコ本命じゃないし。初デートは別々で温泉だし。何でもない日のコンビニ帰りのドライブ中と来たもんだ。」
「…聞いてると我ながら酷いもんだなぁ。」
「まぁでもさっ、人との縁ってもしかするとそういうもんなのかもね。」
「……。」
「あと私さ、ポカリスエットのダンスのCM、あれ好きじゃないのよ。」
「なんだそりゃ。」
へへへ、と照れなのかなんなのかよく分からない苦笑を2人で漏らし合う。
「…今回は仕方ないので貰われてあげちゃう。」
「…それじゃあ、これからもよろしく。」
「…よろしくね、アキミツくん。…次の婚約指輪とウチの親への挨拶はちゃんと頑張ってね?」
「ちょうど俺たちのマンションにも着いたしな!」
「…3桁万円のやつが欲しいからねっ!」
「…パピコの上の部分の輪っかじゃダメ?」
「当たり前でしょー?」
エンジンを止めると同時に助手席から伸びてきた手が俺の顔を鷲掴みにして振り向かせてきたので、俺もリツの肩をつかみ抱き寄せる。
2人横並び、キスをしたのだった。
西土成町大通り沿いコンビニの深夜客たち 智bet @Festy
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