ロクロウくん(21)とアカネ先輩(23)とロールケーキ(増量中)
「思うんだけどね?」
「はい」
「スカンツとかスカーチョを考えた人ってほんと偉大だと思うのね?私みたいな足の太いデブでもカジュアルでオシャレな界隈に入国できたんだから。」
俺は女子のオシャレ事情に特別詳しい訳じゃないからよく分からないけれど、アカネ先輩の弁に熱が籠っているのは分かった。
さっきまでのやり取りと関係があるかと言われたらまるでないけれど、互いの身体の内側に残る甘く粘い痺れを含んだ摩擦熱を沈めるためのピロートークとしてはこれくらいで丁度いいかもしれない。
「いや別にアカネパイセンはデブじゃないでしょ、ちょっと身長が高くて骨格がしっかりしてるだけで。」
「だからそれで昔は苦労したんだってば。ジーンズとかデニムにTシャツしか合わせらんなくて、大根みたいな足でミニスカートなんか絶対履けないから小学生の時も高校生の時もクラスの子から“中学生みたい”って言われた私の気持ち分かる?」
「…そんなもんすかねぇ?俺はパンツルックのスーツで撮ってる先輩の成人式写真とかグッときましたけどね!」
「…それさ、ロクと付き合う前だよね?」
「いやぁ~、ネットストーカーとかそういうのじゃないすけど、彼女のインスタはやっぱ最初の所まで遡っちゃいますよねぇ~」
「最初!?何してんの!?やだウソ、マジに全部見た!?中3の時から全部!?」
「別に普通見るでしょ、飲みの時に『ロクさあ~、ほらさぁ~、私って袴が一番似合う女じゃん?』って言われたからには道着姿も確かめなきゃだし。」
「えー、あー、え~?きっつぅ……あれ私が1番芋い時期だし…今もあんまだけどさ………あぁちなみにね!袴が似合うに関しては高校の時クラスメイトから“中学生みたい”に続けて言われた言葉だったんだよね!だからやっぱ本当に、マジでスカーチョって履き心地がからしても見た目からしても…」
「まぁ個人的に1番可愛かったのは半袖短パンの体操服で浅黒い肌色してた体育祭の集合写真でしたけどね!」
「ねぇやーだー!ねぇ!?もーー!!ねぇなんで逸れた話をせっかく軌道修正したのにまた戻そうとするの!?」
「いやだもなにも、話逸らしてんのは最初からアカネ先輩の方じゃないすか。」
「…………………」
「早く着てくださいよ、いつ着るんすか“誕生日プレゼント”。」
「…いやいや無理…!やっぱ無理……!お願い許して、ロク…やっぱりこんなのダメだって…。」
「ダメっす、いい加減観念してください。」
俺の目の前ではアカネ先輩がユニクロのワイヤレスブラとセットのパンツだけという機能性重視の飾り気も無ければ色気も無い(あくまで商品単体で見ればの話だがアカネ先輩が可愛いので加点。)姿で正座をし、ひたすら俺に許しを乞うていた。
その脇には“ジェラートピケ”のモコモコしたピンクボーダーのキュートな夏用半袖短パンルームウェア(購入後タグ切除洗濯乾燥済み)が畳まれて鎮座している。
何を隠そう、このかわゆいパジャマこそ、先輩に着せるために2回払いの自腹で用意したこれこそが、 “自分への”誕生日プレゼントだった。
なんぼスカンツだのスカーチョだの言ってもそれは体型に合わせた“似合う”ファッションである。
しかしアカネ先輩に対して別にそれを変えろとは言わないし、思わない。
先輩が着たいものを着てオシャレだと思うものを着るのが最善なのは間違いないし尊重されるべきだ。
俺はカジュアルなファッションの先輩だってもちろん好きだし似合ってるし可愛いし?
…だが、人が恋人に対して“これを着て欲しい”という欲求はそれとは別のところにある。
着てもらうことが目的であり、似合う似合わないはぶっちゃけどうだっていいのだ。
だって可愛いんだから。
男が全員彼女に穴の空いたり透けたりしたドエロい下着を着けてもらうと嬉しいのは、エロいのもさることながら“自分を想ってしてくれた”という事実が何よりも萌えるからだ。(※個人差あり)
生まれてこの方恋人がいない2次元が恋人のオタクだって、原作で1度も着たことの無いバニー服を着てる美少女フィギュアを欲しいと思うだろう?それと何も変わらない。…多分。
『先輩とエッチしながら21歳迎えたいっす』などとアホなことをプライドを捨てて頼んだのも普段先輩が部屋着にしている、『飛翔』と書かれた何年着ているのかも分からないダセぇ部活Tシャツとワイドパンツを洗濯機に放り込んで逃げ場を封じる為に他ならない。
だが、ベロチューしまくりの甘々エッチの後ならすんなり着てもらえると思ったものの、これがなかなかにしぶとい。
ハナからもこもこ着衣エッチにしておくべきだったか?
しかしこのような状況にも関わらず育ちの良さを感じさせる背筋のぴんと伸びた正座に対して恥じらいからか頬を赤く染め、俺が歳下の後輩だということも忘れて目を伏せるその姿は征服欲と、ほんの少しの嗜虐心を満たすものがある。
この姿が見れただけでもう目的はほとんど達成されたようなものだ。
「私今日もうメイク落としてるし…」
「ダメっす」
「さっきいっぱいしたから汗かいちゃったし…」
「ダメっす、てかこれ寝巻き。」
「しかも急になんてほら、もう少し然るべき時ってのがあるんじゃない?」
「ダメっす、というか今日、今しかないでしょ。」
「………」
「ダメっす。」
「…………」
「…今日俺誕生日っ。」
「………無理無理無理!やっぱ私似合わないって!自分でわかるもんそういうの!」
「大丈夫っす!俺しか見ないんで!というか俺以外に見せて欲しくないし俺だけが可愛いって言うんでOKですって!ていうか絶対可愛いんですから!」
「えぇ…やぁ、いやもぅ…」
俯いたまま顔を背けて分かりやすく照れた。
マジでかわいい。
169cmという日本人女性の平均を上回る身長、しっかりした骨格を感じさせる広い肩幅、デカい骨盤、元々化粧っ気の薄い顔に細く切れ長い目、遊ばせていない髪の毛。
いかにもスポーツマン、竹を割ったような凛とした雰囲気を感じさせる風貌だが、本当は誰よりも可愛いものが大好き。
交際1周年記念、どこ行きたいですか?って聞いたら“カービィカフェ”と答えるんだぞ!?可愛いだろうが。
そんな可愛い年上の恋人に対してきゃわわなパジャマを着させたいという俺の願い、ピロートークの範疇を超えた長きに渡る交渉は、
「一旦コンビニ!ね!?今日ケーキ食べてないし!それ着るんじゃさすがに外は歩けないでしょ!?
………後でちゃんと着るからさ。」
執行の猶予を与えるという条件つきで何とか実を結んだのだった。
よっしゃあぁぁ!
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
街灯の乏しい夜道を2人で歩く。
市民体育館が近いせいか、ソフトテニスのラリーの音がぱこん、ぱこんと川のせせらぎに混ざって遠くで響いていた。
どこぞの学生がだべりながら深夜練習に興じているのだろう。
「…なんかシャツ生乾き臭いんだけど?」
「洗濯機に2時間ばかし放り込んでりゃそうもなりますよね、どうせ後で一緒に風呂入るんだしいいじゃないすか。」
…いくら部屋着とはいえそのでっかくプリントされた『飛翔』の文字に比べれば生乾き臭なんかマシじゃないすかとは言わないでおこう。
今ソフトテニスやってる奴らと同じセンスのTシャツですよ、とも。
「いや入らんし」
「え~~?」
大学内でも俺と先輩が付き合っているのは周知の事実だけど、部屋の中以外で先輩は少しだけ素っ気なくなる。
俺も公共の場で好き好きムーブをするのは気持ちが悪いのでそれくらいがちょうどいいのだけど、下手な男子より身長が高くてガタイもいい、目の細いアカネ先輩がそうしているとやや威圧感があるのは否めない。
毎年ゼミの新メンバーが慣れるまでの3ヶ月ほどはわけもなく恐れられる期間があるしね。
大学内での発言は積極的かというとそれほどでもないから静かなイメージだけど、小中高と剣道をやっていたのでやたら声は大きい。
先輩の入学当初に路面電車の中で痴漢してきたオッサンを竹刀でどつき回す時と同じ声で怒鳴りつけて首を掴み交番へ連れていった逸話も、きっと恐れられる原因の一つなのだろう。
「じゃあ肩抱いて歩くのはいいすか?」
「イヤ。汗臭いし。暑いし。」
「そんじゃあ、最終妥協案。手ぇ繋ぎます。手ならいいでしょ?」
「最終の割に妥協甘くない?」
「じゃあどこまでタッチ許してくれます?」
「タッチ不許可。別に歩幅合わせて隣歩くくらいでさ…あぁ、もう。」
言ってる途中、無言で先輩の手をひったくって握り、指を絡めようとすると最初は固く閉じるものの、やがてゆっくりと開き絡まり合う。
身長の割には小さくて、短くて太い指と竹刀ダコでごつごつとした感触をしている先輩の手を包み込むようにして握った。
「…コンビニの前までだかんね。」
「はい。」
「車来ても離れるから。」
「はぁい。」
そう言うと先輩は少しだけこちらに肩を寄せて、寄り添うようにスピードを落として歩き出す。
よくアカネ先輩に告ろうと思ったよな、とたまに人から言われるし、アカネ先輩からは私なんかのどこが好きなのとも聞かれる。
その度に適当にはぐらかしてしまうのは、普段の姿からは見えづらい意外とおしゃべりなところとこの女の子な部分を俺が独り占めしたいからで、先輩の魅力と回復すべき名誉を天秤にかけた時に自分の独占欲が重くなってしまうことに対してほんの少しだけ、申し訳なくなるのだった。
嘘だけど。
運良く車の通行はなかったので、結局コンビニの5メートル手前まで手をつなぎながら来てしまった。
白い光に顔を照らされると先輩はやや乱暴に俺の手を振り払い、店内ではなくコンビニとフェンスの隙間の暗闇を覗きこむ。
しゃがんで室外機の下もチェックするものだから非常にそそるお尻の形が浮かび上がっていた。
「何してんすか。」
「そういえば1年くらい前さ、ここに黒い猫いたんだけど、覚えてない?」
「やー、どうだったすかね?」
嘘。本当はいたのをはっきり覚えている。
でも、いつもは冷たそうな少し怖い顔した女の子が雨の中傘をさしながらしゃがみこんで、室外機の下に手を伸ばして『にゃー』なんて言っているベタベタなシチュエーションをたまたま目撃してしまい、その瞬間恋に落ちました、なんて恥ずかしくて人に言えたもんじゃないだろう?
…先輩、猫耳とかつけてくんないかなあ。
「変なこと考えてるでしょ」
「断じてないっす」
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
入店音が鳴るとレジカウンターにいた店員は俺たちを一瞥して
「しゃっせぇ」
と気の抜けた返事を寄越し、またすぐカウンター下のスマホに目を戻した。
なんかよく分からないが、かなりの頻度で姿を見かける長髪メガネのこの店員は俺たちが店に入る度に夜シフトで入っている気がする。
名前はたしか八木だったか?アカネ先輩は目が細くて可愛いけれど、こいつは夜に来る客が憎いのか眠気混じりなのか単純に目付きが悪い。
気持ちはわからんでもないが今日はいつにも増して悪い気がする。
「ケーキ、何ケーキがいい?」
「無難にショートがいいすかね。先輩はチーズケーキ好きでしたよね。語感が可愛いからって一時期何かにつけフロマージュって言ってたし。」
「うるさい。まぁ…今日はピエトロでさんざんチーズ食べたしいいかな?」
「おいしそうでしたね」
ちなみに先輩はやたら伸びるチーズを食べる時に目が少し大きく開く。
「いやぁ、今日は先輩に奢られっぱなしで申し訳ないです。」
「んーん、今日は全然いいの……そういえば“アレ”、いくらしたの?」
「なんがすか?」
「ジェラピケ。半袖だしシーズン物で高いんじゃないの、あれ。」
「いやいや、あれはスタンダードっつうか…レギュラーで年中置いてるやつなんで限定とかじゃないですから。」
「あそう?じゃあ遠慮なく貰っちゃうけど。」
「ところで…」
「なに?」
「ついでに明日の朝飯と昼飯も買ってくれたりしません?」
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
水グミとコロロをカゴに放り込みつつ本命のケーキコーナーへ向かうと「50%増量!!」と過剰に目立つポップでキャンペーン商品の宣伝がしてあった。
どうも増量キャンペーン中だったらしく、どこを倍増しているのか、ロールの中心部分からはみ出るほど生クリームのこんもり乗ったロールケーキが大量に冷蔵棚へと並べられている。
こういうのは売り切れたところしか見た事がないけれど、深夜に来たので品出ししたばかりらしい。
…あの店員が不機嫌な目つきしてたのは多分これが原因だな。
「…これにしますか。」
「そうだね。」
ついでにリプトンのレモンティーをカゴに入れて先輩はレジへと向かっていく。
先輩であり誕生日とはいえ財布も買い物カゴも女性に任せるのはなんだかあれだが、後ろから先輩の発達した筋肉を搭載した少し太い腕を見るのはやはり目にいい。
カゴの中に入ったロールケーキと好物のグミ、朝に一緒に食べるつもりのクリームパンというかわいいラインナップもギャップ増しだ。
「袋いりますか?」
「お願いします…あ、ロク、小銭ある?」
「ありますあります」
「ありがと」
アカネ先輩は俺から7円受け取るとその小さいのに大きい可愛い手で1枚1枚小銭を並べてトレーに置いていく。
丸っこいものだらけの商品チョイスといい、ひとつひとつの仕草といい、こんなにも先輩は可愛いのになんで世の中の男も八木とかいうこの店員も分からないんだろうな?
ブスっとした顔だ。
「おつり20円す。」
「どうも…あの。」
「…はい。」
まだなんかあんのか、今更チキンを追加とかじゃねぇだろうな?とでも言いたげな八木の表情。
先輩はまだあの、しか言ってねぇだろうが、やんのかコイツ。
「そこの裏、結構前ですけど…猫住んでませんでした?全身黒の。」
それを聞いた瞬間八木の目は全てを忘れたかのように穏やかさを取り戻し、一瞬道路の方を眺めた。
「…あー、すぐそこで車に轢かれました。」
「っ…」
瞬間、外では大型トラックのガラガラとした暴力的な走行音が過ぎていき、脳裏に嫌なビジュアルがよぎる。
「それで…」
「そしたらその時僕シフトだったんですけどまだ生きてたんで動物病院連れてって、なんかいつの間にか僕が引き取る流れになったんすよね。」
今2歳くらいっすね、と言ってカウンター下から取り出したスマホを先輩に向けると、そこには赤いリボンの黒猫が八木らしき人物の膝に香箱座りで鎮座している画像が写っていた。
……そしてカメラロールが黒猫まみれなのも俺は見逃さなかった。
「かわいいっしょ。」
可愛いし、………優しい~~~~~~~~!!
え!?こんな目付きなのに?
すげぇ世の中に不満ありそうな顔してるのに。
俺がアカネ先輩を好きになったのと同じように芽生えたこの感動と感情。
これが………
「よかったぁ…。え、ちなみに名前とかって…」
「名前は夜を司る神から取ってタナトスです。」
「……………」
「……………」
ギャップ萌え………か?
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
帰宅後、あまり興味のない世界情勢ニュースを垂れ流しながら先輩とロールケーキを食べていた。
増量のせいかややショックが大きかったのか先輩は生クリームだけをフォークですくい取りちみちみと舐めている。
「タナトス…タナトスかぁ…」
「まぁいいじゃないすか、元気に暮らしてるんだから。ちなみに先輩だったらなんて名前つけました?」
「あそこにいた頃はね、ひじきって呼んでた。」
「…かわいい……すね?」
響きは。
「ロクならなんてつけた?」
もし拾ってたとして…先輩に振られてた、なんてことがあったとしたら。
多分、アカネって付けてたんじゃないかなぁ。
「………月影とか?」
「方向性が違うだけであの店員とセンス変わらないじゃん。」
「ええ、いいじゃないすか、月影。」
そりゃあ、俺にとって一番可愛いものはもう決まってますからね、言えないすよ。
生クリームは思ったよりも甘ったるくて、流し込むリプトンがこれまた甘い。
空間も、先輩への感情も、何もかもが甘い。
「…何見てんの?」
「ちまちま食べてる先輩が可愛いもんでつい。俺は食べ終わりましたし。」
「馬鹿。」
「俺の先輩への感謝と愛情は50%増量じゃ足りないもんでね!」
「…物好きだよねほんと。…お腹いっぱい。」
「いや先輩が好きなんですよ。だけが。…なんで、これからもよろしくお願いします。」
「はいはい。…じゃ、最後にジェラピケ着てあげるから。せっかくだからね。」
「マジで!?マジすか!すぐ片付けますんで!」
「じゃあ待ってるから。」
「?先にシャワっとけばいいじゃないですかぁ、たぁぁ!?」
問いを投げかけながらゴミ箱へ向かっていると、無防備な背中を強い力でぶっ叩かれた。
何事かと思い振り向くと先輩は俺の顔を見て仕方ない子、とでも言いたげに笑みを浮かべている。
「…お風呂、一緒に入るんでしょ?」
その後、俺と先輩は“長め”の入浴を終え、遂に可愛いパジャマを着てもらう光景をこの目に焼きつけることになるのだが、それは全部割愛させてもらう。
そりゃあ、アカネ先輩の本当に可愛いところと、この甘い夜の続きは俺一人だけが知っていればいいのだから。
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