サコダくん(20)とサツキくん(18)とPBのカップ麺
中学の頃から付き合いがあって、高校大学は違えどメッセージをやり取りしなかった日はなくて、毎週のように遊びに出かける、一風変わった名字を持った唯一無二の親友が俺にはいる。
その親友と19歳の秋にバイトの給料を2人で握りしめて安居酒屋へと赴き、初めて酒を飲んだ。
初めて飲んだビールは苦いばかりで何も美味しくなくて、フライドポテトを食べながらファジーネーブルをガバガバと飲む俺たち2人はいかにも飲み慣れてない、色気のない大学生に見えたことだろう。
その帰り道に酔ったテンションと未成年飲酒をしてやったというしょうもない万能感からか、ついでに童貞を卒業しようと提案して追加で2万円下ろし、近くのソープランドへ2人で駆け込んで同タイミングでの童貞喪失に成功。
初めて女の人の身体というものを知ってそれなりに気持ちよかったのだけれど、プレイ後に2人で近くの公園のベンチに座り感想戦をしながらこっそりと想像していたのは俺や親友を担当した嬢の顔ではなく、ローションで摩擦のなくなった身体を艶めかしく輝かせた友人がどんな声をあげたのかだった。
俺も親友もその場ではテンション上げて笑っていたように見えたろうが俺の笑顔は親友の浮かべるそれとは違い、到底人には話せないような強烈な体験を俺だけに嬉々として語る親友の顔を世界でただ1人見ている人間が自分なのだという優越感、満たされる独占欲によって生ずるどこか粘ついた笑顔なのだということを酒でぼやけた親友は気付きはしない。
そしてタクシーに乗った友人を見届けるとどうやって帰りついたかも分からないまま部屋の布団へ倒れ込み、夜を明かしてから毛布にくるまってまず最初に思い出したのはやはり、俺の側で常に楽しくケラケラ笑っていた友人の顔だった。
中学の頃からそんな気はしていた。
けれどもその度に人付き合いの苦手な陰キャの俺にとってあいつは唯一無二の親友で大事な存在だから、その分気持ちが乗っているだけなのだとずっと思うようにしていた。
考えないようにすることこそが、意識していることの裏返しだということからも目を背けて。
あいつを風俗に誘ったのだって、本当は俺はそんなんじゃなくて、女の人の身体を知れば俺はやっぱり違ったのだと、そう教えてくれるような気がしたからだ。
透けたネグリジェと派手な下着を着た嬢と手を繋いで一緒に部屋に入った時はドキドキしたし、プレイ中は興奮したしペニスにもたらされる感触で射精した時はちゃんと快感だったし安心もした。
ところがあの晩俺が捨てたものは童貞だけでなく、
“お前はまだ女を知らないだけ”という言い訳、これ以上あいつをそういう目で見ないための、“その好きとは違うもの”、という最後の踏ん切りのようなものまで含まれていたようで、アセトアルデヒドが引き起こす頭痛よりも熱くて鈍い胸の痛みに襲われることになってしまった。
あいつへの本当の気持ちを認めてしまった途端に、スマホの通知欄に映る「ちゃんと帰れた?」という大したことないはずのメッセージは、俺が男であるこいつに対してどんな感情を抱いているのかを容赦なく突きつけてくる。
あーーー、あーーーー、あーーーーー!
あいつと友達になるきっかけになった小説やアニメや漫画は大好きだし美少女だって好きだ。
女性の身体に興奮するしエロ動画を見て自慰をしたりもする。
でもどうしようもなく、それとは別のところにアイツの顔がある。…あってしまう。
あいつの身体や心が欲しいとかそういうのじゃなくて、ただほんの些細なこと一つだけ、俺のことが好きで指に触れるとか、手を繋ぐとかそういうことをして欲しい。
欲しいと思うだけだけど。
…だってあいつは“普通”の奴で、俺もあいつも親友という最高到達点にいて、それ以外のものを要求するのは負担をかけてしまうことに繋がるのを俺は知っている。
俺の密かな願いはきっと1プレイ1億の風俗嬢と過ごすことや深夜アニメ『ダンジョンぐらし!』の敵ヒロイン
そう思えば、手に入れられないものだと諦めがつく。
そうすれば触れられなくてもあいつを傷つけない、俺も傷つかないし最も近い距離で残酷でも心地いい時間の中に俺はずっといられる。
言わずに苦しむより言って楽になる方がいいなんて言う奴は、手を下さねばならないのが玉砕された側の方だということを考えもしない、勝手で自分本位なだけの奴だ。
あいつとの思い出が重なってできた宝であるこの気持ちはあいつにぶつけるんじゃなくて、壊れないように大切に俺が墓まで持っていく、それでいいじゃないか。
そう思いながらあいつに見立てた毛布を抱き締め、
『途中で迷子になったけどちゃんと帰れた』
と返信した。
そして、サツキという高校の頃の後輩が
「しばらく泊めてください」
と言ってキャリーケース1つで俺の部屋に転がり込んで来たのはその日の晩のことだった。
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秋の夜長というやつだろうか?なんだかうとうとして短い夢を見ていたような気がしたのにそれほど時間は経っていないようだ。
「あれ、寝てません?サコダさん、ボクの話聞いてます?」
馬乗りになって尻を振りながら俺を揺らす声の主を持ち上げてどかすと、そいつは図々しくも俺の腕を枕にして隣に寝っ転がってくる。
「どうせ何回も聞いたし聞きたくない。」
「うーわっ、ピロートークを聞きたくないとか普通思ってても言わないこと言っちゃうんだぁ?」
それともまだ足りないって意思表示ですかぁ?なんて言いながら股間を触られても既に2発発射し終えてパンツまで履いてるのに反応するわけもない。
「出処の分からない金で家賃を折半しよう、なんて話は聞きたくないし、それこそピロートークでする話題じゃないだろ。」
「でもでもぉ、もう1年も一緒に住んでてなんでもかんでもタダっていうのはボクとしても正直心苦しいっていうかぁ。」
「そんなに苦しいならな、とっとと居候やめて他の飼い主のとこに転がりこめばいいだろ?金の出処もどうせそこからなんだろが。」
なんだだいたい分かってるんじゃないですか、というサツキに寝返りを打って背中を向けると、強引な後輩は細い足を俺の足の隙間に割り入れて抱き着きASMRの如く耳を舐めながら囁く。
「…でもそれじゃ先輩も困りますよね。」
「………」
「1回でホ別5万も金を取るこんなかわいい僕がタダで毎日性欲処理してあげてるのに、手放すテなんかないですもんねぇ~♡」
そう言ってサツキは全身脱毛でツルツルになった男らしからぬキメ細やかな肌を更に俺に擦り寄せてきた。
さっきまでセックスしていたのは俗っぽく言えば“極上の男(の娘)”。
脱色を繰り返して細くなった、目元を隠すほどのウェーブした長い髪。
160cmに満たない小さな体。
頬の紅色が目立つ白い肌に細い首、鼻筋の通った中性的な顔だちはこいつと同じ男子校出身でもなければまず女だと間違えてしまうだろう。
何の因果だろうか、個人で売春“夫”を営むサツキが俺の部屋で居候を始めて、そろそろ1年が経とうとしていた。
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男子校の姫というのは当時17歳の俺がごく稀に、至極稀にお世話になっていた男の娘エロ漫画の中のみで存在するファンタジーな存在だと思っていたのだけれど、俺が通っていた高校の中でサツキという後輩はまさしく“それ”だったと言えるだろう。
俺の記憶がたしかであればサツキに付けられていた当時のあだ名は“500円のサツキちゃん”という、姫とは似ても似つかない七不思議に出てくる化け物か何かのようなものだったけれど、実際彼はその華奢な容姿を餌に性欲溢れる男子高校生のフェラ抜きを500円で請け負うという名前に違わぬ売春行為を学校内でやっていたわけだ。
ちなみにサツキがその行為をしていたのは図書室の本棚の陰であり、それを黙認して場所を提供していたのが何を隠そう、当時図書委員長を務めていた俺なのである。
黙認、というよりは一緒に進学校受けようと言ってくれた親友が不合格になったため、俺の高校生活は自動的に大学受験のだけのものへとシフトしたから余計なことには関わり合いたくなかった、というだけの話なのだけれど。
黙認したからといって仲良くしていたわけじゃないし、サツキからは1度だけ
「場所貸してもらってる分、先輩ならタダでいいですよ」
と言われたことはあれど、当時親友への想いについて悩んでいた俺は引き返せないようなところに行ってしまうような気がして丁重に断った。
それ以降、卒業するまで口を聞いたこともないし絡んでくることもなかったのに連絡先も知らないこいつがどこで聞いてきたのか、俺が本当の気持ちを自覚したちょうど1年前の日にこいつは俺を頼って直接俺の住むアパートにやってきたのだった。
…目に大きな青痣を付けて、そのくせ俺を誘った時と同じ口調でヘラヘラと笑いながら。
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窓の外で僅かに聞こえる、鈴を転がすようなコオロギの鳴き声に耳を傾け、揚げコオロギは本当にウマいのか、なんて考えていた。
食欲の秋とはなんの関係もなく、今日の居酒屋バイトの賄いは唐揚げ2個と茶碗一杯の米だけというしょっぱいものだったので、行為後ということもありいかんせん腹が減っていたのである。
「なんか食べません?」
「え?」
「いや、お腹減ったんですよ。今日は昼も夜も何も食べてなくって。どうせサコダさんだって夜な夜ななんか食べてるじゃないですか。」
お腹が鳴りそうなんです、と答えるサツキはインスタグラムでコンビニスイーツなど見て珍しく夜食を食べる気満々だった。
「珍しいじゃん。いつもなら嫌味ったらしく俺の腹を触りながら菓子パンのカロリーとか読み上げてくんのに。」
「まぁ、たまたまそういう日だったってだけですよ。」
俺たちの通っていた高校は県でも有数の進学校だったにも関わらず、サツキは卒業後大学進学をしなかったようで、 そんなこいつが日中何してるのかは知らないが、(バイトもしてない癖に羽振りがいいことと過去の経歴からだいたい予想はつくけれど)基本夜まで帰ってこないし俺は俺で大学とバイトがあるので俺たちが2人で食卓を囲むということは考えてみれば今までなかったのでこの提案は少し新鮮だった。
ともあれ、ロスした食い物や賄い頼りであるうちの冷蔵庫には飲み物とマヨネーズくらいしか入っていないのでコンビニに行かねばならない。
「そんじゃあ、とっとと出かけたいから早く着替えろよ。」
「サコダさんはせっかちですねぇ。…まだ電気つけたら嫌ですよ?」
サツキはそう言って共有していた毛布をひったくると、中にすっぽりと包まってもぞもぞと着替えを始める。
なんでも、長く伸ばした髪やゆったりとした服などで身体のラインを上手いこと隠したり柔らかく見せているだけで裸になれば否応なく筋張っていて年相応に肩幅のある“男”の身体を見せるのがとにかく嫌なのだそうだ。
もちろんセックスも電気を消したままする。
サツキは女装はしないものの可愛くはありたいようで、男ながらに可愛く見せるのには色々コツが必要ということらしい。
美意識はそれなりにあるようで初めてヤった日の夜に電気をつけようとすると
「待って!!!」
と怒鳴られたものだが、焦るあまり普段から作っているであろう高く細い声が年相応の地声に変化していたのを思い出して、少し笑った。
「なんですか?何笑ってるんですか。」
「いや別に。普通のかっこしてても可愛いのになって思ってさ。」
「あんま無責任にそういうこと言わないでくださいよ。…ほら、行きましょ。」
「…?褒めてんじゃんかよ。」
いつもならどんな人間に可愛いと言わせたとか、貢がせたりした自慢を聞いてもないのにべらべら話してくるのに変なやつだな。
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「しゃっせ」
入店してきた俺とサツキを一瞥だけして適当な挨拶を寄越すと、スイッチが切り替わるみたいに視線をカウンター下のスマホに戻す店員。
監視カメラもお構い無しだ。
向こうが俺の事を認知してるかどうかは知らないけど、女みたいな顔の男と腕を組んで入店しても特にリアクションはないらしい。
理解ある人なのか、はたまた気づいていないのか。
それにしてもよかった、いつもの“八木”だ。
まぁ、今のところこの店員以外を見たことがないけど。
高校生の時、英検を受けるために日曜登校する途中で朝メシを買いに入ったコンビニの元気なおばちゃん店員に会計時いきなり『今日みんな英検なんでしょ?頑張ってね!』と声をかけられてどもってしまったトラウマのある俺にとってはこれくらいの人間が丁度いい。
食品の陳列棚に向かう途中サツキが耳元で囁いてくる。
「(ああいうサブカル系の見た目の人ってすごい女とか殴ってそうなのにコンビニの制服着た途端なんか弱そうというか情けなく見えてきません?)」
「(別に知らないし3人しかいない店の中でそういうことを言うなっての。)」
もしこの会話が聞こえでもして辞められて、元気なおばちゃんなんかにレジに入られようもんならこっちが困るんだからやめてくれ。
なんだかんだ深夜2時だしついでに明日の朝メシも、なんて考えているとカゴにはいつの間にかコンビニのプライベートブランドのカップ麺が1個と袋グミだけが入れられていた。
「そんだけでいいわけ?ついでに朝メシも入れてけよ。どうせ家に食い物ないんだから。」
「いや、2回に分けて食べるんで大丈夫です。」
…?グミとカップ麺で1食ずつ分けるってことか?
「やっぱ少食だよな。」
「え?ですかね?…まぁ、そうかもですね。」
イマイチ煮え切らない回答を聞きながら俺も新作のレンチンタイプのラーメンとサラダチキンをカゴに入れていく。
また嫌がらせにカロリーでも読み上げるのかと思ったらサツキは何も言わずにカゴの中身を見ているだけで、今まであまり見せたことのない真顔を浮かべていた。
「…別の袋入れときますね。」
「!?」
会計中にレジ横の安いみたらし団子を眺めながら、値段的にやっぱりこっちにすりゃ良かったかなんて考えていると聞き覚えのないセリフが飛んできたので何事かと思い顔を上げるた時、八木は俺が入れた覚えのないグラマスバタフライの箱を小さい紙袋に入れており、振り向くとあからさまに視線を逸らしながら俺に1000円札を差し出している。
コイツ…いや偉いんだけどさぁ?
悪ふざけする中学生のような行動にも無表情で袋詰めする八木さんの接客で胸が痛かった。
間違いじゃないけどやはり恥ずかしいもんは恥ずかしい。これからどんな顔してここで買い物すればいいんだよ。
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草木も虫も眠る秋の夜長の丑三つ時。
静謐な暗闇の帰り道、サツキは再び生きと同じように俺の手を取り腕を絡めて体を寄せながら歩いてきた。
暗いのは怖いんですよと、必ず電気を消してしかセックスをしない男が何を言うんだと思ったものの、誰に見られるわけでもないしそのままにしておくことにしたけど。
普段の言動や振る舞いには鬱陶しさを覚えることが多いのにこの1年ついぞ追い出すことはできなくて、自分が本当に手を繋ぎたいのはあいつではあることに変わりは無いのだけど、縋るようなこの手を振りほどこうという気にもならない。
なんだかセックス以外で初めて共に夜を過ごしている今日がいい日のような気がして、今まで敢えて言わなかったことを言う。
「もう1年も住ませてるしこの際どんな手段で調べのかとかは聞かないけど、サツキはなんで俺のとこに来たわけ?」
他にパトロンなりいくらでもいるだろう?
それくらいは聞かせろよ、という俺の問い。
「高校の頃一目惚れしちゃいました、とかじゃダメですか?ほら、
「お前に一目惚れされた俺は蓼かよ。」
「サコダさんのことが好きっていうのはちゃんと本心ですよ。…あとは部屋帰ってからでいいですか?」
そう言うとサツキはむっつりと黙ってしまい、なんとも言えない気持ちに襲われる。
まるで今から童貞を捨てに行くような緊張感。
…まるで、今から心の中身をひっぺがされて明かされるような、触れちゃいけないものに触れにいくような、胸がざわつく感じだった。
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新作の坦々まぜそばは花椒が効いててなかなか美味だったけど、お湯を入れてからフタを取る様子もなくひたすら俺の食っている様子を見続ける後輩がいなければ多分もっと美味かったろう。
既に3分以上経っているが、俺が食えよと言ってもサツキが食べる様子はなかった。
「…サコダさんって、伸びたカップ麺美味しく食べれます?」
「…いや、伸ばしたことないから分からないけれど、鍋に入って2日目のくたくたになったうどんは嫌いだから多分無理かな。」
「まぁ、簡単に言えばネグレクトですよね。」
脈絡のない話ではあったけど、無言で続きを促す。
「うちは母子家庭で、なんか母は昔劇団に入っててそこでできた彼氏との子が僕らしいんですけど逃げられたみたいで。それで昔から子役オーディションとか受けさせられたんですけど全部上手くいかなかったんですよね。」
「…自分の夢を託して、みたいな話か。」
自然と出せる女声も、男の骨格ながらアヒル座りができるのも歩き方が綺麗なのもそれが所以か?
「でもある日、僕の首を絞めてからはなんか正気に戻ったみたいで介護士やりながら暮らしてたんですけど、休みの日はどっか別の男の家通うようになって。その時に渡されるお金が1日500円だったんですよね。」
サツキがカップ麺の蓋を開けると麺がスープをかなり吸って膨れ上がっており、汁気や湯気はない。
PB商品の安っぽいラベルも相まってお世辞にも美味しそうには見えなかった。
「だからこうやって麺をたっぷりふやかして、減った分は水とか塩胡椒とか入れてもの足りない分嵩増ししてたんですね。それで増えた分を朝昼2回で分けて食べるってわけです。慣れると悪くないですよ?」
「…図書室で抜きやってたのは生活費の足しってわけだったのか。」
「え?いやまぁ、それもありましたけど僕のその500円って母の500円貯金から出てたみたいで。たまに帰ってきたと思ったら、数えた時にくれたことも忘れて盗っただろ、って怒るんですよ。だから貰う度に戻しておくためです。」
500円じゃ遊びにもいけなかったから勉強頑張って特待で全免勝ち取って進学校行ったりもしたんですけどね。
役者以外のことで頑張っても母からすればあんまり意味なかったみたいです。
サツキはそう言いながら箸で麺を引き上げるものの、重さを増した麺は簡単にちぎれてしまい大半がカップに再び落ちていく。
問題は伸びたラーメンじゃなく、きっと味と熱の欠けた孤食の生活が染み付いてしまったことだろう。
「………いやいや待てよ。どうしてお前がそうなったかについては正直同情もするけど、それが俺の部屋に転がり込む理由にもなぜか俺の部屋を知ってる理由にもならないだろ。」
「そりゃあ、普通に尾け回したに決まってるじゃないですか。僕だって多少なりとも人を見る目と自分の容姿には自信があるんですから、男の人が好きなクセに僕の誘いに乗らなかった人には人並みに興味も湧きますよ。」
「尾け回すのは並の人間の行動じゃねぇよ!」
全く気づかなかったし、初めてお前のことを怖いと思ったよ。
「いい人そうですよね。あの明らかなノンケが本命さんですか?」
「………」
不意に怒りで顔に熱が集まり、サツキを睨みつける。
俺をからかわれたことじゃなくて、俺とあいつの時間を勝手に覗き見されたことに対する怒りだった。
「ごめんなさい。…殴りますか?」
「…いや、いい。」
「初めて誘って断られたその日にサコダさんを尾けていってあの人と合流した時可愛く笑ってるサコダさんを見て、多分そうなんだろうなって思ったんです。だからあれ以降誘わなかったんですよ。」
半分以上残ったカップ麺に蓋をしながらサツキは俺を見つめる。
「じゃあ、俺が色々試行錯誤してる姿をお前はバッチリ見てたってわけだ。」
「コンカフェとか、地下アイドルとかにも色々行ってましたよね?それで最終的に風俗行って、あの人を乗せたタクシーが消えるまで眺めてる姿を陰から見てて、あぁもうダメだなって。」
そして、サツキはその晩に来たわけだ。
「まぁ、この際それは認めるけどさ、なんで“俺”を未だにお前は好きでいられて、セックスの相手までしたがるのかが俺には分からない。」
俺は男でも女でも関係なく、どうしようもなくあいつのことが好きなんだから。
「それはサコダさんがボクに興味が無くて、本当のところはボクのことなんてどうでもいいって人だからですよ。」
胸を抉るような、重たい言葉。
サツキはおもむろに立ち上がると俺のほうへ寄ってきて首に腕を回し後ろから抱きついてくる。
「…ごめんなさい、すごく嫌な言い方しちゃいましたね。」
「…」
「気づいてないかもしれないですけど、サコダさんがボクの誘いに乗ってくれる日って決まってあの人と遊ぶ前と後なんですよ。気持ちとか、汚いものとか一旦全部吐き出しちゃいたいみたいに。」
「……」
「ボクに出てけ出てけと言う割には怒らないのも部屋に友達を泊めてる、なんて言えばその人を連れ込んで間違いを犯さずに済みますもんね?ピュアな片思いでも間違いを犯さないためにスッキリしとくに超したことはありませんもんね?」
突きつけられる事実に反して、サツキは力を込めるでもなくただ優しく愛おしそうに俺を抱きしめる。
「だからこそ、ボクはサコダさんが好きなんです。夢を押しつけない、フェラしたくらいで勘違いしない、お金で買ったからといって首を絞めたりお腹を殴りながら犯したりしない、顔の痣1つで泊めてくれて、電気を消して痣だらけのお腹を見ないフリしてくれて、過去を話したら人並みに同情して放っておいてくれるから。」
サツキという人間を欲しがることをしないから。
…サツキは蓼食う虫も好き好きと言った。
サツキが好きだと言った俺がどれだけ嫌で醜い人間かを思い知らされた気がして、目の前にある熱気のない伸びた麺の入った容器と自分を重ね合わせる。
人には到底見せられない、不味くて出せないもの。
あいつを大切に思う気持ちの裏側にある、暗い部分だった。
「それでもサコダさんはボクに優しくしてくれるじゃないですか。」
だけど、今日はボクももう少しだけ優しくされたいです。
そう言ってサツキは俺の頬にキスをしながら股間に手を回す。
俺は手を迷わず掴み、サツキの頭を掴んで唇を重ね、そのままベッドへと押し運んだ。
“されたいです”という俺を求める言葉に安心感を覚えながら。
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