第1465話 そして、スールは理解する。


「さあ、それでは『お遊戯会』をはじめようか。ハッキリ言っておくが、今のお前では、俺の足元にも及ばない。アポロギスは確かに強いし、事実、かつては大いに苦戦した……が、今の俺なら、造作もなく勝てる。あの闘い以降に俺が積んできた『地獄の数千年』をナメるんじゃねぇ」


 そう言うと、

 センは、空間を跳躍した。

 信じられないほどの制御能力。

 ありえないほどの高み。


 おどろくほど静かな瞬間移動。

 凪のように穏やかに、ただゆらめく閃光。


 そんな静寂から繰り出されたのは、

 なでるような拳。


 生まれたばかりの赤子に触れるような繊細さで、

 ゆっくりと、拳をあてる。


 それは『なんらかの技』というより、

 明瞭極まりない『徹底した手加減』で、

 なのに、


「がっはぁあぁぁあああああああああっっっっっ!!!」


 バンスールは白目をむいて吐血した。

 ダムが決壊したかのごとく、

 大量の血を口から噴射する。


「あぁああ……うぅう……ぶふっ……ぉ、重いぃ……なんだ、この重さ……ありえないだろ……ただの……なでるような拳が……どうして……なんで……」


 『くの字』になって、涙と血をこぼしながら、

 不可解な激痛の底で嘆き苦しむ。


 そんなバンスールに対し、

 センは、


「俺の拳が重い理由は無数にあるが、お前ごときじゃ、どれ一つとして理解することはできねぇよ」


 あえて『子供をあしらうような口調』で、そう言ってから、

 ガッっと、バンスールの頭を掴み、

 鼻先がぶつかり合うほどの近距離で、

 グっと眼力を強めて睨みつけ、


「俺が届いた世界は、無間地獄の最果て。すべてにおける命のリミット。だから『まだまだ未完成だった時の俺』でもなんとか倒すことが出来た『アポロギスと同じ程度』だと、今の俺の相手にはならねぇ。その程度の脅威だと、俺の可能性は開かない。……だから、頼むぜ、バンスール。その先に行ってくれ。俺を絶望させてくれ。俺は『俺を超えた俺』を知りたいんだ」


 あふれ出る欲望。

 輝きにコーティングされて、

 奇妙な艶(つや)すら感じた。




 ――そんなセンエースと相対するバンスールの『中』で、


 『スール』の意識は、

 センエースに触れていた。




 高次の無意識がセンエースという概念を捉えて離さない。

 『スール』は想う。



(なんという……大きな輝き……)



 理解できる大きさではなかったけれど、

 とても暖かくて、とても頼もしくて、

 だから、スールは、



(……セン……エース……これが……この煌めきが……)



 自己紹介を受けたわけでもないのに、

 しかし、魂魄が理解したのだ。


 あれがセンエース。

 偉大なる命の王。


(……俺は間違ってはいなかった……やはり、聖典は……ウソつきだ……)


 スールは思う。

 聖典を非難していた自分は間違ってはいなかった。


(……まったく表現しきれていない……神の輝きは……あの程度の文章で……すませていいものではない……美化どころか……もはや、侮蔑に等しい……足りない……まったく……)


 この上なく尊い輝き。

 最果てに至った魂魄の極地。


 この輝きに触れていると、

 心の全てが満たされていく。

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