第705話 憑依転生するセンエース。



 目が覚めると、『彼』は、見覚えのない森の中で立っていた。


「……は?」


 あたりを見渡してみた。

 太陽の光の下、深い森に立つ自分。

 あまりにも謎が過ぎた。


「なんだ、これ……俺は……トラックにはねられたはず……」


 彼には、直前の記憶が鮮明にあった。

 地元で一番頭の悪い公立校で学年首席を張り続けるという、

 絶妙に退廃的な謎の人生を送っていたある日、

 『彼』は、トラックにはねられた。


「……トラックにはねられて……気付いた時には、知らない場所……こ、これは……まさか……」


 体がワナワナと震えた。

 興奮がわきあがってくる。

 血が沸騰していく。




『そう。あなたは、異世界に憑依転生しました』




 どこからか声が聞こえてきて、彼――『センエース』は、ビクっと肩を震わせた。


 センエースは、あたりを見渡すが、どこにも人らしき影はない。


『探しても意味はありません。私は、あなたの中に存在しています』


 その言葉を受けて、センエースは、少しだけ頭を動かし、


「俺の『中』……ねぇ……となると、もしかして、あんたは、ヒカ碁のサイ的なやつってこと?」


『まさしく』


「つ、通じるんだ……随分とサブカル通なスピリチュアルさんだな。……まあ、いいや。――で? あんたは、ナニ? 具体的にドコのダレさんなのか教えてくれる?」


『私はソル。あなたを導く者』


「導く者ねぇ……もしかして、神様的なアレな人?」


『まさしく』


「即答しちゃったよ。別にいいけど……で、神様。俺はなんでここにいるのかな?」


『あなたに世界を救ってもらいたいのです』


「……うわぁ、テンプレだねぇ」


『この世界は今、魔王国の宰相ラムド・セノワールという魔に犯されかけています』


「魔王国の宰相……魔王じゃないんだね。ちょっとだけ『ひねり』を加えてくるあたり、初心者ではなく、中級者の作品って感じがするね。あるいは、中級者感を出したがっている初心者かな。まあ、どっちでもいいけれど」


『お願いします。どうか、ラムドの手から世界を救ってください』


「ぉお……テンプレだ……テンプレではあるが……待ち望んでいた展開……夢にまで見た、異世界転生……ついに、俺のターン……あのクソみたいな世界で必死に我慢して生きてきた甲斐があった……ようやく、ようやく、俺の……」


『聞いていますか』


「あ、ああ……悪いね。ちょいと感動しすぎちまった。失敬、失敬。……で、なんだっけ? そうそう。魔王……じゃなくて、悪い宰相を倒すんだっけ? OK。任せておけ」


 そう言って歩き出し始めたセンエース。

 そんな彼に、ソルは、慌てて、


『あの、ちょっと……どこに行く気ですか?』


「はぁ? どこって、あんたバカか? 町を探すに決まってんだろ。そこで、冒険者になって、まずはゴブリンかスライムを狩るんだよ。もしくは薬草採取だ。そこまでがセットで異世界モノのテンプレ、つまりは常識だろ、ったく」


『ぃや、あの、まずですね――』






 ソル説明中……






「――ほう……つまり、そのハ○ター試験……否、冒険者試験に受からないと、冒険者にはなれないと。OK。理解した。で? どこに行ったら、その冒険者試験を受けられるんだ?」


『既に冒険者試験の受け付けは終了しているので、普通の手順では受けられません』


「おやおや……けど、『普通の手順では受けられない』というその言い方から察するに、今からでも『受ける方法』はあると見た」



『はい。その方法は、フーマー大学園の【龍試】を突破することです』



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