第622話 上からの命令。


 ――寝室を後にしたゴートが、後ろ手に扉をしめたところで、

 右斜め前にある柱の影から、一人の女がヌゥっと現れて、


「上からの命令を伝える」


 たんたんと、事務的に、


「あんたとフーマーの上層部を繋ぐ道をつくった。まもなく、接触してくるだろう。内側から世界をコントロールし、頃合いをみて、黒幕として大暴れせよ。以上」


 命令を受けると、ゴートは、

 少し大げさに、恭(うやうや)しさを演出しながら、


「アイ、マァム」


 と、返事をしつつ、


(予定通りの展開……俺は、このまま、エレガの思惑通り、世界を乱す歯車になる……その中で、うまく、上に、俺の有能性をアピールして、天国に近づく……)


 ゴート・ラムド・セノワールの道は非常に単純。

 ゼノリカの思惑に乗っかりながら、エレガに近づく道を模索する。


 ※ ゴートの中における『ゼノリカ』は、エレガによって騙されている組織。『世界を乱すラムド』という『悪』を作る為だけに利用されている可哀そうな組織。

 ゼノリカは、エレガのオモチャだが、しかし、ゼノリカに属する者は、騙されているだけで、悪に分類される者たちではなく、真剣に高次の合理を追求している気高い連中。だから、ゴートは、ゼノリカを解放するためにも、エレガの暗殺を求めている。



(エレガを暗殺し、UV1を……ゼノリカを解放し、俺の下につける。バロールも、その上の連中も、みんな俺が面倒をみてやる。俺が、本物のセンエースになるんだ……)



 ――ゴートが決意をあらたにしていると、

 そこで、UV1が、



「バロール猊下は、あんたに対し、『この世界に、理知的な混沌をもたらせ』と命じられた。あんたは、与えられた役割を忠実に果たしていると思う」


 そこまでは、たんたんとそう言ったが、そこで口をモニョモニョとさせた。


 ゴートが、


「……?」


 ハテナ顔を浮かべて、UV1の目を見た。

 『どういったものか』という顔をしているUV1は、

 そこからも、また、少しだけ迷ってから、ゆっくりと口を開く。


「……だけれど、リーンを、あそこまで『たらしこめ』とは誰も言っていないのだけれど?」


 そんな事を言ってきた。

 『UV1の言いたい事』を正確に把握したゴートは、少しだけ目を泳がせて、


「もっとも効率的な手段をとっているだけです」


 と言いながら、頭の中では、


(惚れた女を抱いているだけです……とは言えんわな。まあ、でも、別に問題はない。俺とリーンの戦争は、しょせん、マッチポンプ。『外』に向けての『その辺』は、テキトーにうまくやるさ)


 悪になったゴートと、それに対抗するリーン。

 世界を巻き込んだ大問題の解決による進化。


 そんなものは起こらない。


 そこに至る前に、エレガがフッキを発動させる。

 つまり、


(……結局のところ、大事な命題は、フッキの停止。そこさえ達成できれば、あとは、どうとでもなる。というか、俺がどうにかする。全部、きちんと、うまくやってやる)


 錯綜する思惑と、不確定な感情。

 全てが複雑に絡み合って出来あがった一本の糸。


 だが、複雑に絡まり過ぎて、結果的には、単純なヒモになった。


(ようするに、俺が要ってことだ。必ず全部達成してやる。そして、世界を救ってみせる。ヒーローになってみせる)



 ――ゴートの言い訳を聞いたUV1は、溜息交じりに言う。


「……効率的な手段ねぇ……まあ、いい。あんたには在る程度の自由が許されている。好きにすればいい。……ただし、いつも、私に視られているという事を忘れるな」


 そう言って、UV1は、影に帰っていった。


(もちろん、忘れていない。だが、今の俺なら、あなたの目を回避する手段はいくらでも――ん)


 ちょうど、それと同じタイミングで、


「テプ0時をすぎたよぉ!」


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