第207話 蝉原勇吾の恐怖
現れたのは、少し長めの茶髪をオールバックにした長身細身の浅黒い肌をした男だった。
隣に、学校で一番人気の女子を連れている。
ケバすぎない、けど派手すぎる、そんな女子。
男の方は、ニタニタ笑いながら、センを観察しているが、
女の方は、ずっと、ダルそうにスマホをいじっていて、センの方など見向きもしない。
「気室って、本当にケンカが弱いよねぇ……なあ、ユズ」
「しらない」
「ユズさんや、もうちょっと、会話のぶつかりあいをしましょうぜ。なんだか、とっても、さびしいんですけど」
「たるい」
「はぁ、やれやれ……」
その男――『蝉原勇吾(せみはら ゆうご)』は、優しい顔をしていて、表情も柔らかい。
いつだってそう。
蝉原は、いつも、優しそうに微笑んでいる。
いつだって、思いっきり裏がありそうな『奥はまったく笑っていない目』で、他者を睨みつける。
「起きようか、気室」
言いながら、蝉原は、気室の頭をパチパチと叩く。
起きない気室を見て、蝉原は、
「んー」
と、一度悩んでから、内ポケットからライターを取り出し、
「しゅぼっ」
と効果音を口に出しながら、ライターの火で、気室の耳をあぶる。
五秒ほどで、
「あっつぅうう!!」
気室が耳を抑えながら飛び起きた。
「おはよう」
「あぁん?! ……ぁ……蝉原さん……」
蝉原の顔を見た瞬間、真っ赤になっていた顔が、目に見えて青くなった。
「あの、いや……コレは――」
「説明はいらない。見れば大体分かる。お前、もう帰っていいよ」
「……あの、蝉原さん、俺――」
「聞こえなかった?」
「……すいません……聞こえています。……帰ります」
一度、深く頭を下げると、気室は、そのまま、センに背中をむけて、早足でこの場から去っていった。
その背中を見送ることなく、蝉原は、センを見て、
「さて、それじゃあ、少し話をしようか。えっと、きみ、名前、なんだっけ?」
「……俺とお前、一応、クラスメイトなんだけど」
「知っているよ。けど、カモの名前に興味はない。ただ、人間の名前には興味津津。というわけで、お名前は?」
「……閃」
「センくんね。えっと、とりあえず、財布、出してもらえる?」
「……」
「ああ、大丈夫、大丈夫。これで最後だから。君じゃなきゃいけない理由はない。だから、今後は無視してあげる。けど、今回は、君じゃないといけない。わかるよね、意味。ケジメってやつだよ」
「はは……ケジメねぇ……なあ、蝉原、前から聞きたかったんだが……ヤクザごっこは楽しいかい?」
「ごっこというより、練習だね。おれは確定で『そっちの道に行く』から」
ニコォっと『今日一の笑顔』を見せて、
「宇宙一の極道に、おれはなる!」
「……はは……ぁ、そう……恐いねぇ……」
「さんきゅー。恐いって言ってもらえるのが一番ささる。おれはそのために生きているから。さて……それじゃあ、そろそろ財布、出してくれる?」
センは、
「……イヤだ。拒否する」
目に気合いを込めて、蝉原にそう言った。
「念を押すねぇ。まあ、いいけどさ。疲れるけど……これも仕事だから、ね、っと!」
そう言って、蝉原は、センの腹に右足のツマサキを入れる。
「うぐっ!!」
「ユズも蹴る?」
「そんなのに、触れたくない」
「しんらつ~」
言いながら、蝉原は、センの顔面をパァン、パァンと二回、張り手する。
その後、ギュっと握った拳を、センのみぞおちに、ドスっと重く入れた。
「うげぇ……」
綺麗に入って、ゲロをはくセン。
そんなセンに対して、ユズが、
「きっしょ……くっさ」
視線はスマホに固定したまま、鼻で笑った。
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