第110話 ラムド、俺はお前を尊敬するね


 ラムドは、引き千切った自分の右腕を目の前に放り投げた。

 千切れた腕は、地面に落ちると同時、そこに紫のジオメトリを描く。


(腕を媒体にした? ぃや、違うな……そうじゃねぇ。ラムドの存在値が一気に下がったところを見るに、腕はただの依代。右腕に、生命力の大半を込めて、『贄(にえ)』にした)


 勇者のサードアイでは、具体的に、どれだけ下がったかは分からない。


 なんとなくはわかるが、そこまで。


 対象の存在値がデジタルに理解できるようになるのは、セブンスアイから。



(狂気の沙汰だが……まあ、俺が相手だ。そのぐらいしねぇとなぁ)



 勇者は、ラムドの狂気を称賛し、受け入れた。

 召喚術に詳しいわけではないが、決して無知ではない。


 何をしようとしているのか、それを察するぐらいのことはできる。



(理論上最高の召喚か……介入して邪魔するべきなんだろうが……見てみたいと駄々をこねる自分が、どこかで、確かにいる……くく……まあいいさ、寛大な心を以ってあがきを許し、嘲笑を以って捩じ伏せる。それでこそ、俺だろ? なぁ、勇者ハルス)






「くるがいい、スリーピース・カースソルジャー」






 禍々しいジオメトリから、『ソレ』は這い上がってきた。

 紫に染まる呪われた鎧を纏いし屈強な魔人。


 左手に携えている『死色に染まった魔剣』が怪しく輝く。








「……感嘆するぜ……心からなぁ」








 勇者は微笑んだ。

 喝采したい気分だった。


「すげぇよ……ラムド。俺はお前を尊敬するね」


 勇者はそう言うと、腰の鞘に、双剣を戻す。


 そして、右手を前に差し出し、



「活躍のチャンスが、ようやく来たな。お待ちかねの、出番だぜ……サテライト・エクスカリバー二式」



 宣言した瞬間、勇者を囲むように、二つの聖剣が召喚される。

 勇者を守るように浮遊する聖剣は、念じるだけで自在に操れるオールレンジ兵器。



「俺は強すぎた。あまりにも。……五歳を過ぎてからは、本気で闘ったことなんて一度もねぇ」



 勇者は五歳の時、超難関の『冒険者試験』を歴代最高の成績で合格してからというもの、敗北を経験したことがない。


 幼少期はさすがに、幾度か、指南役や歴戦の冒険者相手に敗北を喫したことがある。


 しかし、冒険者試験という難関を乗り越えたことで、勇者は己の壁を破壊した。

 以降の勇者は敗北を知らない。


 もっと言えば、誰も、勇者の敵にはなれなかった。



「飢えていたよ、お前のような『敵』に……」



 勇者は嗤う。



 並ぶ者がいなくなってからも、勇者は強くなり続けた。



 ――研鑽を積んだからだ――



 勇者は驕(おご)らなかった。

 周囲の全てを見下していながら、


 しかし、決して、怠(おこた)らなかった。


 もっと高みへ。

 もっと、もっと高みへ。




 いつしか勇者は、誰もいない平原に立っていた。




 勇者は思った。


 別にいいさ。

 構わねぇ。


 俺は孤高。


 それでいい。

 それがいい。



 勇者は思う。

 自分は最強。



 果てなき最強。


 永遠に、『ここではない高み』を求めて彷徨(さまよ)う、孤高の旅人。






 それでいい。






 小さな小さな井の中にある平原の隅っこで、大海を知らぬまま、

 しかし、それでも、勇者は、一つ上の次元に上ったのだ。



 その狂気を、センは称える。



(見事だ、勇者。ファン○ル系のグリムアーツは、一見、ただ武器を浮かして飛ばすだけのお手軽攻撃に見えるが、その実、よほどの研鑽をつまなければ使い物にならない地雷技。大概は単なる豆鉄砲で終わり、同格と戦う際は、ちょっとした奇襲でしか使えないというケースがほとんど)


 だが、勇者は違った。


 浮遊する二本の剣は、力強いオーラに包まれている。

 浮かすだけなら難しくない。



 ――念力。



 それは、マナを媒介とする魔力ではない。


 訓練すれば、

 『手でモノを持つ』のと同じ労力で、

 『同じ重さの物質を持ち上げられるようになる』体内エネルギー運用法の一つ。


 訓練すれば、と簡単に言うが、『手で持つのと同じレベル』で念力を使えるようになるには、気が遠くなるほどの研鑽が必要となる。




 勇者は、この、大した敵もいない中級世界(エックス)で、

 誰もいない平原にいながら、

 それでも、弛(たゆ)まずに、鍛錬を続けた。



 そして、会得したグリムアーツ『サテライト・エクスカリバー二式』



 クソ厨二くさい名前だが、その裏には、笑えない努力が積まれている。



 勇者ハルスは、

 間違いなく、イカれたドクズの糞バカ野郎だが、


 その軌跡には、称賛せざるを得ない『深み』と『重み』が確かにあった。




「感謝するぜ、ラムド。あんたがいてくれたおかげで……俺は、ようやく羽ばたける。あんたは、俺に……飛ぶ場所をくれた」






 この星の一等賞は、格が違った。

 ――そういう一話でした。






 ――ちなみに。

 カースソルジャーは、センによって極限まで強化された状態だと、存在値500億クラスで呼べる最高位召喚モンスター。


 けれど、今は、極限まで弱体化した状態で召喚されているので、存在値は『105』

 『制限なくデバフを積むことができる』という特殊な特性を持つカースソルジャー以外では、ここまで弱くすることはできなかった。


 上位の召喚モンスターには効果がない『レベルダウンMAX、ランク1000』を七回積むことで、どうにか、存在値を105まで落とすことに成功した。





 ちなみに、カースソルジャーの、本来の運用では、『自身に付与されている状態異常』を『範囲内にいる敵』へ『高確率でなすりつけられる』というスキルを利用する。


 『大量の状態異常系のデバフ』を積んだカースソルジャーを150体ほど召喚して、敵のまわりをテキトーにウロチョロさせる。


 こうされることで、状態異常に対する耐性が極悪に高い『神』でも、たまにマヒってしまうのだ。

 使用するコストは低い割に、対処するためのコストはそれなりに必要で、かつ、なかなかの結果をもたらしてくれる、敵からすれば鬱陶しくてたまらないムカつく戦法。



 センが開発した、その名も『カース・ストライクフリーダム』。



 これが、実際、そこそこ厄介で、同格相手にも使えるガチ戦闘スタイルの一つ。

 かの名高き『知りあいの究極超神』に、

 『ダルいから、それ、やめて。マジで』と言わしめた、至高の秘計。



 ちなみに、カースソルジャーは、

 『速度以外のステータス』と『戦闘力』が低すぎるため、

 純粋な戦力としては、何一つ機能しません。





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