第58話 黒幕。


「この世界は歪んでいる。狂っている。わたくしはそれを知っている……だから、お爺様がその黒い手を差し伸べてくれた時、わたくしは迷わず決断したのです。この世界にわたくしの『憎悪』を……わたくしの『悪』を教えて差し上げようと」


 そこで、ロキは、また深呼吸をした。

 顔の紅潮が収まって、表情が凛とする。


「わたくしの頭があれば、筆頭政策コンサルタントとして、この国を牛耳る事が出来ます。全てを破壊し、独悪的なディストピアを構築する事も容易。……わたくしの悪は本物です。どうか、わたくしを、認めてくださいませんか? どうか、わたくしを、あなたのパートナーとして、迎え入れていただけないでしょうか? この期に及んで五分五分などとは申しません。末席に座す下僕。そのような扱いでも結構です。世界を壊してくださるのなら、他は何も望みません。あなた様が望むのなら、都合の良い愛人という立場でも、心の底から喜んで。ですので、どうか、どうか、お願い致します」


 深く頭を下げて、真摯にそう希(こいねが)っているロキ。

 そんな彼女を尻目に、無崎は、


(すげぇ設定だな。いくらなんでも凝(こ)りすぎだよ。演技もうますぎだし……厨ニもここまでいくと、マジの病気に思えてくるな)


 呑気にそんな事を考えていた。

 ロキの過去は、あまりにも凄惨が過ぎて、悪い冗談としか思えなかった。

 行き過ぎた厨ニの妄想だろうとしか思えなかった。


「……無崎朽矢様」


 そこで、ロキが、笑顔を浮かべて、


「これまでの、あなた様との『対話』、本当に楽しゅうございました。正直、感嘆いたしましたわ」


(対話? 今回の俺は一言も喋っていない。……俺が喋ったのは、最初に会った時だけ。つまり、『この前の事』を言っているって事だよな?)


(互いの悪をぶつけ合った水面下での戦い……こちらの戦力を鼻歌交じりに削っていくその華麗なる手練手管。本当にお見事です。あなたとなら、対等な会話も望めるだろうと期待しておりましたが、あなたのカリスマは想像以上だった。対等など……おこがましかった)


(あの時に交わした言葉っていうと……佐々波のドSが暴走して、この人の母親を中傷した事くらいしか覚えてないな。……母親をメスブタ呼ばわりされて、楽しかった? ……えー、何それ。どんなマゾ? 特殊にも程があるだろ。厨ニで、天才で、特殊Mの美人さん……いくらなんでも盛り過ぎだろ。設定は積み過ぎちゃうと、キャラが死んじゃうぞ)


 普通にドン引きしたが、


(まあ、でも、その性癖も受け入れないと、この人とは友達になれないんだろうなぁ。相手を理解するには、相手の悪いところを受け入れる所から始めないといけない。ソースは俺。まともに喋れないという俺の弱点を受け入れてくれた佐々波にならって、俺も、ロキさんの性癖を受け入れる努力をしよう。正直、理解できない癖(へき)だけど、こんな美人さんで、天才で、何より同じセンエース好きという趣味を持った友人なんて、なかなか得られないだろうし)


 決意すると、佐々波に視線を送り、


 ((厨ニは厨ニで返すのが誠意――確か、そうだったよな? 佐々波、通訳してくれ。『貴様の家族を奪った本当の黒幕は、実はこの俺だ。俺は、そのラリった少年を利用して、貴様の家族を殺したのだ。ふはーははははは』……以上。よろしく。


「くく……」


 ((ぁ、面白かった? どう? なかなか真摯的な対応じゃない? 本物じゃないから、俺の厨ニっぷりは弱いけどね。乗ってくれたら嬉しいなぁ。


(このバカ……本当にオモシロ……ボクが誘導するまでもなく、勝手に泥沼にはまっていこうとするなんて。くくく……OK、無崎。ちゃんと伝えてあげる。実に魔王らしい、その最低発言を……深く深く傷ついている、惨(みじ)めで可哀そうなロキちゃんに伝えてあげる)


 こほんと息をつくと、佐々波はロキの目を見て、


「センセーの御意向を伝えるっす」


「ええ、聞かせて頂くわ」


「ロキセンパイの家族が死んだ事件の黒幕は……なんと、じゃじゃーん、こちらにおわす無崎朽矢大センセーでしたぁ! ぱちぱちぱちぃ!」


「……はい?」


「聞こえなかったっすか? 例のサイコパスに、センパイの家族を殺させたのは、こちらの偉大なる無崎朽矢大センセーだと言っているんすよ」


「………………挑発はもう必要ありませんわ。わたくしは、投降している身。他の方々同様、すでに戦意を失っています。決して抵抗は致しません。ですので、そのような――」


「木室敏樹(きむろ としき)……朝陽(あさひ)南小学校三年二組。出席番号六番。極度のサイコパス。常軌を逸した破壊願望・自殺願望・殺人衝動を有するDRRL症候群患者。少し心をくすぐってやれば、簡単に動いてくれた。楽な仕事だった……と仰っているっす」


「……っっ」


 容赦ない悪意で装飾された佐々波の発言。

 ロキの目つきが変わる。


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