第54話 パーフェクトゲーム。


「ミリア、どうだった?」


「みんな。謝罪してた。――最初から。七人とも。無崎に落ちてた。あの七人。私の頼みで来たんじゃない。無崎が。見学させてただけ」


「はっ、どんだけ手の込んだことしてくんだよ、あのヤクザ……周到にもほどがあんぞ」


 力なく、イスにもたれかかり、


「指導者……神様……か。はっ」


 天を仰ぐと、


「悪いが、イチ抜けだ。俺は……二度と、あいつに手は出さねぇ。神様どうこうは、単なる『カマシの戯言』だろうが……何をしたところで、あれに勝てるとは思えねぇ」


「同意ですね。あれは敵に回していい相手じゃありません。次元が違います」


 そこで、沢村が、悲痛な面持ちで口を開いた。


「……幸田……お前……もしかして、無崎のスパイか?」


「あぁ? なんだと?! 沢村、てめぇ、今、なんつった?!」


「無崎は、お前が選んだ小説の一節を答えてみせた。それも、こちらを威嚇するための一文を。流石にありえないだろう。正直に答えてくれ。お前はあいつの犬なのか?」


「ふっ、ふざっけんじゃねぇ! もし、そうだったとしたら、あんな露骨な事するかぁ! やるなら、常識の範囲内に収めるわ、ボケがぁ!」


「そうね」


 そこで、赤羽が、




「――たとえば、わたしみたいに」




「「「え?」」」


「ごめんなさい。無崎のスパイはわたし。イカサマをして、幸田にフルハウスを配って、それをブタ柄のカードに変えた。どちらの時も、あなたたちの視線は無崎に集中していたから、とても楽な仕事だったわ」


「赤羽……な、なんで、そんなこと……」


 沢村の問いに、

 赤羽は、片目から涙を流しながら、


「家族を殺すって……脅されたっ!」


「「「……」」」


「昨日、佐々波が家にきて……手を貸さないと、無崎に忠誠を誓っている『組の連中』が、わたしの家族に何をするか分からないと脅しつけてきた。だから……」


「じゃあ、やっぱり、幸田も同じく――」


「違う! 俺は何もしてねぇ! あいつは俺に接触してきてねぇ! 本当に、テキトーに選んだ本の一節を、あいつは答えたんだ!」


「……もしかしたら、すべてが、ミスディレクションだったのかもしれないわ」


「は?」


「マジシャンが使う技法のひとつ。意味は、観客の注意をそらす。あるいは、不注意による見落とし。もっと具体的にいえば、深い次元での誘導。今回の件でいえば、あなた達の注意は常に無崎に注がれていたから、わたしは簡単に仕事ができた」


 赤羽は、奥歯をかみしめ、


「おそらく、無崎は、メンタリストの技能も有している。それも極限まで高度な」


「どういう意味か、詳しく教えてくれないか?」


「たとえば、ここにトランプがあるけれど、わたしが思考誘導をすれば、あなた達に、わたしが選んだカードを取らせることができる。『間違いなく自分で選んだ』と確信させながら、わたしの望み通りのカードを選ばせるマジックは、わたしの得意技の一つ」


 そこで、赤羽の言いたい事を理解したらしい工藤が、


「まさか、赤羽さん……あなたは、幸田さんがあの本を手に取ったのは、無崎の誘導だったと言うつもりですか?」


「本を手に取らせただけじゃない。ページ数と、行数も、密かに誘導して口にさせた」


「……ば、バカな……ありえません……」


「では、すべてが偶然だとでも? 本棚に、いったい、何冊の本があると思っているの? この山ほどある本の中から、たまたま選んだ本の、たまたま選んだページに書かれていた一文が、たまたま、わたし達に対する明確なメッセージになると……本気で思う? もし、『意味のない文章だった』なら、事前に、『この本棚の本の位置と内容を全て暗記しただけ』とも疑える。けれど、あの一文は間違いなく、わたし達へのメッセージだった」


 ――私は全生命の頂点に立つ王。

   ゆえに、敗北はありえない――


「マジシャンとして、最初から一つ一つ思い出してみたのだけれど……何もかも、一手一手で、恐ろしいくらい、超高度な誘導をされていたという事に気づいたわ」


 赤羽の深読みは止まらない。

 『ただの偶然』も、重なれば『深淵を覗く狂気』になる。


「仮に、私が千年訓練すれば、この山ほどある本の中から、一冊を選ばせる事は出来るかもしれない。さらに千年ほど準備をさせてもらえれば、指定したページの行数まで口にさせる事が出来るかもしれない……あくまでも、可能性の話だけれど」


「赤羽。君は、無崎が、それをやったと言っているのか? 君ほどの天才マジシャンが、二千年を必要とする超越的なパフォーマンスを、まるで呼吸するように、あっさりやってのけたと?」


「っ、ぁ、ありえねぇだろ! そんなこと! ありえる訳がねぇ!」


「あと、もう一つ……とんでもない事実を……みんなに伝えておく」


「ぁん? 何だ?」


「ポーカー勝負の時、わたしがやったのは、幸田にフルハウスを配っただけ」


「は? ……おい、ちょっと待て。じゃあ――」


「ええ、そうよ。あの勝負では、無崎の手は関係なかった。絶対にゴネるであろう幸田に強い役を与え、降(お)り辛(づら)くさせてから、レイズを積んで、無崎の意志と凄味をたたみかける。それだけが目的の勝負。……つまり、わたしは、無崎にファイブ・オブ・ア・カウンドを配ってはいない。そして、無崎は、絶対にイカサマをしていない。流石に、カードをすべて変えたなら、わたしは気付く。つまり……つまり、無崎は……」


「まっ、まさか! 天命だったとでも言う気じゃねぇだろうなぁ?! 万が一にも無崎が負けないように、『勝利の女神』が、あいつに、『絶対の勝利を与えた』とでも言うつもりか?! 『280万分の1の超低確率な幸運』が、あいつにとっては、『必然の運命』だったとでも?! ふ、ふざけんじゃねぇえ!」


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