第18話 世界をかえる力。


 上品は、この学園の秘密を知った時、心の底から歓喜した。


『ITも株式もカリスマ性もいらん! 野究カードさえあれば、余裕で世界を買える!!』


 この歓喜は、決して、『偶然』ではないと彼女は思う。

 絶対の運命。


 もし誰かに『超特待制度が導入されているとはいえ、あなたほどの人が、どうして、わざわざ、この伝統もブランドもない、偏差値的には半端な中堅高校を選んだのか?』と問われたら、超特別待遇生徒達は、そろって、こう解答する。


『特筆すべき理由はない。気付いたらここに入学していた』


 まるで、導かれるように、

 この学園に入学し、当然のように異世界の扉を発見した。

 その中の一人に自分がなっている。

 上品は、それを、己の宿命だととらえる。

 『自分は世界を買わなければいけないのだ』と強く再認識する。


『この力と、ウチの頭があれば、世界を買える! 世界を《変える》事ができる!』


 上品は貪欲に野究カードを求め、気付いた時には孤高の超人になっていた。


 だが、まだ足りない。

 この程度で世界は変えられない!


(こんな所で……死ぬ訳にはいかへん。世界を買うんや。そんで、『不条理を殺した世界』に変えるんや。理不尽な悪を根こそぎ撲滅したる。飢餓と疫病を漏れなく駆逐したる。イジメも差別も綺麗サッパリなくしたるんや! ……それまで、ウチは、死ぬ訳には――)


 死を前にして、なおたぎる高尚な思想。

 けれど、


(……死……死ぬ――ィヤ……)


 『己の死』が具体性を帯(お)びたことで超速回転する神経電位。

 スクリーンに写る、パノラマな解離。


(――イヤだ……たすけ――)


 三人称に届く夢見心地な離脱が、死の確信を深めていく。

 視界が白黒になっていく。



 ――助けて――



 『死にたくない』と上品のコスモが叫ぶ。

 パルスの慟哭(どうこく)。

 しかし、何もできない。

 明確な死を前にして、時間だけが引き延ばされていく。

 走馬灯。

 自分の命、人生の無意味さだけが脳内で募っていく。


 ――死ぬ。何もできなかった。何もできずに、ただ死ぬだけ。ウチの命に、なんの意味があったんやろうか。いや、命に意味なんてないか。そうやな。人間なんて、宇宙の視点では、ちっぽけな微生物でしかないし――


 オートマな悟りで不自由になる肢体。

 インパルスだけが、わずかに弾けた。

 涙が頬を伝う。


 『完全に終わった』と、前頭葉が諦念して、

 錐体路(すいたいろ)の接続がおざなりになった直後の事。

 ――脇腹に衝撃走る。


 ドンッッ!!


 ――すぐに気づく。

 『誰か』に突き飛ばされた。

 誰に?


(無崎?!)


 ……自分を突き飛ばしたのは鬼面のヤクザだった。

 その精神的衝撃のせいか、『引き延ばされていた時間』が正常に戻る。


(なんで?! まさか、ウチを助けた?!)


 『小刀だけで身を守っている無崎』を、Gのジャイロブレードが襲う。

 暴我のクロス。


 キュィイイイン!!


「ぐぇっ!!」


 なんとか、ギガロ・バリアを展開している小刀で受け止めたので、切り裂かれこそしなかったものの、当然、その『あまりにも膨大が過ぎるエネルギー』を受け流す事は叶わず、無崎の体は豪快に吹っ飛ばされる。


 ドゴンッ!

 と壁に激突し、


「ぐふっ……ぁ」


 ガクっとその場に倒れた。

 死んでもおかしくないほどの衝撃。


「む、無崎!」


 ピクリとも動かない無崎を見て、

 上品は、


「ひっ!」


 と小さな悲鳴をあげた。

 まさか、自分を庇って死んでしまったの?


 ギュっと縮こまる心臓。

 その直後の事だった。


 ――無崎は、スクっと立ち上がり、




「……なんという無謀。私がいなければ、死んでいたぞ。まったく」




 無崎は、何事もなかったかのように、腰や足の埃を払いながら、


「さて……この『輝く器』を壊されると困るので、少しだけ抵抗をさせてもらおうか」


 怜悧(れいり)で威圧感のある視線が、Gを補足する。


 その射抜(いぬ)くような瞳に、

 無人Mマシン‐ジャイアントは、

 ――おびえたように一歩引いた。


 ※ 本来の無崎と区別するために、あえて、今後は、彼のことを『イス無崎』と呼ぶことにする。


 ジャイアントは、まるで脊髄反射のように、イス無崎のサーチを開始する。


『警戒レベル計測不能の強大な反応を観測。情報取得モード。Ωアーカイブへ接続。アンノウン。GIKコード解析開始。アンノウン。対象の照合不可。アカシックレコード・リーディングコール。♪♪♪。強制切断。再コール。♪♪♪。接続不能。///再コール不可。ゾメガ・ブロックによる情報遮断を確認。全探知プログラム強制ダウン。一時的カウンターモードに移行します』


 ガシっと両手を交差させ、自身のボディを庇う。

 防御を固め、その場からピクリとも動かなくなるMマシン。


 ――つまりは、『単なる人工知能』が『暴利の恐怖』を感じている。


 その様を見て、『イス無崎』は、心の中で、


(ピッチングマシンの戦闘AIに恐怖心など組み込んではいないのだが、しかし、心を持たないデク人形でも、創造主の威光くらいは気づけるか。くく、愛(う)い、愛い)


 極めて優雅に、わずかの淀(よど)みもなく、

 イス無崎は、上品の眼前まで歩く。


 いつもの暴悪的なネコ背ではなく、

 スっと通った美しい神影。


 恐怖よりも威厳を感じさせるたたずまい。


「ちょっ……あんた……だ、大丈夫なんか……めっちゃ吹っ飛ばされてたけど……普通、死ぬんとちゃう? あんなん……トラックにはねられたみたいなもんやろ……」


 という、彼女の『無駄な心配』に対し、イス無崎は、


「この肉体の強靭さを侮ってはいけない。見て分かる通り、常軌を逸した破格のマテリアル。そうそう壊れはしない」


 などと言いつつ、イス無崎は、

 上品のカードホルダーに、スっと手を伸ばす。


「ぇ?! ぃ、いや、な、何やねん――」


「騒々しい。黙っていろ」


 有無を切り捨てる宣託(せんたく)が、上品の口をふさぐ。


 その、『比類なき超越者の風格』に気圧(けお)されて、

 懸念(けねん)もろとも、声が霧散する。


「この二枚で充分だな」


 イス無崎は、二枚の野究カードを選ぶと、

 残りを上品のカードホルダーに戻し、


「スキャナーを借りるぞ」


 返答を待たずに、上品の腕から腕時計タイプのスキャナーを奪いとり、


「さぁ、始めよう。ここからは、私の時間だ」


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