第16話 大魔王からは逃げられない。


「センセーの御言葉を伝えるっす。――無意味な抵抗はやめておけ。貴様の話を聞いてやる。申してみぃ」


 その言葉を受けて、上品は、一瞬だけ思案したものの、すぐに、


「浅慮な抵抗はせぇへん。約束する」


 黒刀を下ろしながら、声が震えないように気をつけつつ、そう言った。


 佐々波は、上品の耳元にソっと口をよせ、

 無崎の耳までは絶対に聞こえない小声で、


「偉大で寛容(かんよう)なセンセーは、上品センパイの暴挙を不問にすると仰っている」


「……あ、そう。そら、ありがたいこっちゃ。――で? 対価はなんや? おどれの主人は、ウチに何を望んどる? どうせ、『プロ級10枚くらいではまったく足りへん』て言うつもりなん――」


「センセーは、上品センパイの忠誠を望まれている」


「っっ?!」


「あなたが生き残る術は、『偉大にして寛大にして強大なるセンセー』の犬になること。それだけがたった一つの道。絶対無敵の王『無崎朽矢』を崇(あが)め奉(たてまつ)る我々のチームに加入し、死ぬまで、その命の全てを尽くせ。……センセーの命令はすべて、『はい』か『イエス』か『御意』か『うけたまわりっ』で応えること。仮に、『死ね』と命じられた場合、一も二もなく、喜んで死ぬこと。真なる忠義の徒(と)、盲目なる配下の一人になる事。それが、あなたの贖罪(しょくざい)っす」


「断る」


 その即答を受けて、佐々波はニタァっと笑う。


(だろうなぁ。あんたは、自分しか信じないタイプ。そんなことは理解している。つまり、この勧誘は、ただ、あんたを苦しめているだけ。『交渉でどうにかしたい。けど、その条件は受け入れられない』――くくく、苦しいよなぁ、すでにとびっきり辛いよなぁ。でも、まだ終わらないぞ)


 心の中で沸き立つ『嗜虐(しぎゃく)の色』を濃くして、


「んー、断るんすか? ちなみに、それは何ゆえにっすか?」


「ウチはいつか、この世界を買う。その日まで死なんと決めとる。魔王の鉄砲玉として、雑に使い潰される気はない」


「つまり、センセーの御意志に背くと? 後で死ぬより、今ここで死にたいと?」


 ギリギリと奥歯を噛みしめながら、強い視線を送ってくる上品に、佐々波は、ニタァっと粘っこい笑みを浮かべてみせる。


「不器用な人っすっねぇ。まあ、別にいいっすけど」


「簡単に殺せると思うなよ。死ぬ気で逃げきったるわ。あんまりウチをナメんな」


「知らないなら教えてあげるっす。大魔王からは逃げられない」


「こんな所で死んでたまるかっ。絶対に生き延びたるっ」


 覚悟を決めた顔をしている上品の言葉に、佐々波はニヤっと笑った。

 火花が舞う、ピリついた空気。

 その、異質で不穏な空気に、クソ鈍感な無崎が気付くはずもなし。

 それどころか、もはや、その意識は、どうでもいい別のところに向いていた。


(ぁ……蚊……)


 目の前をプーンと横切った蚊を発見すると同時、ほとんど反射的に、パンッと両手で叩き潰した。

 基本、何も考えていないがゆえの、浅慮(せんりょ)な行動。

 ――両手を開いてみると、潰れてしまった蚊が長い脚をピクピクさせていた。

 どうやら、かなり血を吸っていたようで、


(ぉわ、てのひらが真っ赤、きもぉ……)


 ベタっと付着した血液に、顔を歪め、


「……ちっ」


 つい舌を打つと、その音が、フロア全体に、存外大きく響き渡った。




 ★




 一触即発のヒリついた空気を割いた合図。


 パァンッ!


 手を合わせた音と、不自然に大きい舌打ち。


(っっ?! ――『ウチを殺せ』という合図か……っ!)


 上品の血の気が引いた。


 反射的に、足が、『魔王から距離を取ろう』と地面を蹴る。

 あまりに無造作な一手。

 ――その結果、


「ぁ、しまぁっ――」


 上品の肘が、『配置されている罠』に触れてしまった。

 赤外線レーザーに触れてしまうと発動してしまう召喚系のトラップ。


 その直後、パラパラと、何かの破片が空間に溢れた。

 まるで意思を持っているかのようにユラユラとうごめく。


 破片は『地に落ちた雪の結晶』ように、キラキラと崩れていき、濃厚なギガロ粒子へと変わっていく。

 細かい粒子が美しく配置され、地面に奇怪な魔法陣を形成していく。




『――  侵入者の危険度、プロフェッショナル級。

  年俸力3億5千万相当と推定。第一級迎撃プログラム起動。

     《ジャイアント・ホンカクスターター/MAX200ギロ》

       ストラトスジオメトリ、生成終了。 ――』




 どこからか声が響き渡った。

 そして、宣言される。




『 ジャイアント 登板準備完了 』




 やがて、奇怪なジオメトリは、

 地面だけでなく空間中を覆い尽くす。


「フシュゥゥゥゥゥゥ――」


 ギチギチと不快な音をたて、空間を切り裂き、

 粒子をわななかせ、どこからか、

 『何か』がやってくる。


「プシュゥウウ、プシュゥウ――」


 駆動音を響かせ、煙を吐いている『何か』。

 次第に、その『何か』の姿が鮮明になる。

 全長五メートル級の鉄の塊が顕現。

 暴力をオブジェクト化させた殺戮兵器。


 それは、『巨人』をモチーフとしたピッチングマシン。

 上半身が膨れ上がったスタイルで、脚部は短い。

 背負っているのは、無数のスペシャルブレイキングウェポンと、二本のジャイロブレード。

 銀に輝く接続部が脈動して、頭部に設置されている三つのセンサーが真っ赤に光る。


 駆動音で威嚇をしてくるソレを見て、

 上品は心の中で、


(くっ、最悪や……『無人Mマシン』を召喚してしまうやなんて……しかも、第一級のワナの発動で、唯一の逃げ道であるエレベーターが塞がれてもうた! こいつを倒さな、逃げる事もできん! くっそぉ!)


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