無崎くんは恐すぎる ~~見た目だけヤクザな無能男子高校生の無自覚な無双神話~~

閃幽零

第1話 宇宙一のヤクザは怖すぎる。


「最悪だよ。無崎と一緒のクラスとか」


「……地獄だ……」


 クラス替えの結果に阿鼻叫喚(あびきょうかん)。

 海星中学二年一組は、深い絶望に包まれていた。


「ぅわぁ、怖ぇ……あれが無崎か……マジで怖ぇ」


「いくら、マフィアのドンが親父だからって、中二であの貫録は異常だぜ」


「なんでも、小学生の時は、日本刀で、カタギの背中に、和彫りを刻むのが趣味だったらしいぜ」


「気に入らない担任の頭を叩き割って、股間を踏みつぶしたこともあるらしいな」


「ちょっと、声が大きいわよ。聞こえたらどうするの。東京湾に沈められるわよ」


 クラスの隅で、ブルブルと怯えながら、そんな会話をしている中学生達。

 この中学における話題の中心は、

 いつだって、

 究極超ヤクザ『無崎 朽矢(むざき くちや)』の指定席。


「小学生の時、無崎と同じクラスだった華村さんが急に学校に来なくなったでしょ? どうやら、華村さん、無崎に消されたらしいわよ」


「その話なら知っている。華村って女、何をトチ狂ったか、無崎に話しかけたんだろ?」


「ぉ、愚かな……」


「すげぇイイ子だったんだけどなぁ……」


「無崎に関わった奴は骨も残らない……教師も、生徒も……」


「小学生という若さで樹海の肥やしになるとは……哀れだな」


「あるいは、非合法ソープに沈められたか……」


「そっちの道で壊れるぐらいなら、いっそ、骨も残さずに消える方がマシか……」


「無崎という『絶対悪』の前だと、むしろ『死』とは、『それ以上苦痛を与えられない』という意味で、『救いである』、ということか」


「華村の二の舞はごめんだ。おい、みんな。団結しよう。無崎の怒りを買わないよう、全員で協力して、無事に卒業するんだ」


「よし、円陣を組もう。俺たちは、絶対に、無事、卒業する! えいえいおー」




「「「「「おおおぉ」」」」」




 肩を組み、小声で気合を入れ合いながら、お互いの健闘を祈りあっているクラスメイト達を尻目に、


 ――窓際の一番後ろに君臨する孤高のマフィア『無崎』は、心の中で、




(またか……)




 溜息をついていた。

 決して表情には出さないし、口を開いてもいない。

 パっと見の彼は、常に威風堂々としている。

 そして、大概、その見た目とは反比例することを考えている。


(また、俺以外の全員が仲良しさん。園児の時からずっとこう。周囲の人達は、当たり前みたいに仲良くなっていくのに、いつだって、俺だけは徹底して仲間外れ)


 園児の頃から、彼の顔面は終わっていた。

 とにかく怖すぎる。

 その上、えげつないガタイの良さをしており、腕も足もパンパン。

 風体(ふうてい)、オーラ、空気感、とにもかくにも全てがヤバい。

 何もかもが、他者の目に『深い恐怖』を与える。

 ――これは、いわば、天賦(てんぷ)の才能。

 常人では、何をどうあがいても得られない、神様からのギフト。


 ゆえに、園児の頃から、ずっと孤高。

 当然! 怖すぎるから! 誰も近寄らない!

 しかし、小学生の時は、たった一人だけ、友人と呼べる存在がいた。

 奇跡!


(佐々波のやつ、今頃何をしているかな。……ぁーあ、なんで、唯一、仲良くなってくれた人が、スイスに留学とかしちゃうかなぁ……はぁ……)


 『佐々波 恋(さざなみ れん)』は、

 無崎が出会ってきた中で唯一、

 『無崎を怖がらなかった』という、極めて奇特な少女。


 しかし、佐々波は、小学五年生の秋に留学してしまって、現在は音信不通。


(電話くらいよこしてくれよ……つぅか、留学するなら連絡先を残してからにしろっての……)


 ――と、無崎が、そんな、『実に中学生らしい悩みを抱いている』などとは夢にも思っていないクラスメイト達は、今も、震えながら、


「……ぁあ、ほんと、怖ぇ……なんだ、あの鋭い眼光。イカれた体格。そして、あの顔の傷」


「中学二年の現時点でも余裕でヤクザ映画の主役を張れるわね」


「悪役商会が束になってかかっても敵う気がしねぇ。もはや一人アウトレイジだぜ」


 無崎の顔面は、まさしく凶器。

 風体とかオーラとか、すべての要素が怖いのだが、何よりも、やはり顔面が終わっている!

 濃いほうれい線、太い眉毛、切れ長のツリ目、悪魔みたいに切り裂かれた巨大な口。

 生まれつき浅黒い肌。

 そもそも顔の造りが怖いのに、小学校の時の、とある事件で受けた傷が、顔面の至る個所に深々と刻まれているため、パっと見は(じっくり見ても)武闘派のヤクザにしか見えない。


「堂々とグラサンをかけてんのに、教師が誰一人注意しねぇって時点で、不良としての格が違うんだよなぁ」


 先天的白内障のため、常に色の濃いメガネをかけている。

 生まれつき筋肉量と骨密度が異常な大柄で、おまけに極度の無口。

 周囲の誤解を連鎖させる無自覚な威圧感。

 どれだけ気合いの入ったヤンキーでも、流石に目をそらさずにはいられない狂気。


 全ての要素がマイナスに働きまくっている。

 それが無崎クオリティ。



「あの禍々(まがまが)しい佇(たたず)まいと威容を見るたびに、『根源的な生命の危機』を感じるぜ」


「グラサンをかけているのに怒られない……それどころか、月に何枚もガラスを割っているドチンピラなのに、これまで一度も学校側から弁償代を請求されたり、注意を受けたことがないってのが、とにかくすげぇ。どんな不良だろうと、『怒られない』なんてことはありえないもんなぁ……もう、ほんと、格が違うわ」


「窓ガラスなんてかわいいもんだぜ。この前なんか、校長の車のフロントを、頭突きでぶっ壊したのに、それでもお咎めなしだったからな。狂っているぜ」


 確かに、一見、無崎の態度は非常に悪い。

 が、それは、実際の所、猫背が酷いだけ。


 一挙手一投足が妙に荒々しく見えるのは、単に、生まれつき筋肉量が多いのに空間把握能力が低い(ようするに頭が悪い)が故(ゆえ)に起きてしまう、いわゆる一つの天然ドジッ子属性でしかない。

 たまに窓ガラスを割ってしまうのは、マジでバカだから。

 『意図的に割っている』のではなく、『ウッカリでぶつかって割ってしまっている』だけ。

 『何もないところで転ぶドジな人』――それが無崎。


 校長の車に関してもまったく同じ。

 壊す気なんかまったくなかったが、つい、つまずいてしまい、頭からダイブしてしまっただけ。


 が、そんな事、周囲の人間に分かるはずがないため、




「「「「「あぁ……なんで、無崎なんかと一緒のクラスになっちまうんだよぉ……」」」」」




 誰もが無崎に恐怖する。

 誰もが無崎を忌避(きひ)する。


 ――しかし、無崎本人は、『己の顔面』が『人類という枠内に収まらないレベルで厳(いか)つい』という事が理解できていないため、



(なんで、俺って、いつもボッチなんだろ)



 などと、ファジーにギャガーな戯言を、

 いつだって、真剣に、心中でボヤき続ける。



(佐々波が言うように、やっぱり、大人し過ぎるからいけないのかなぁ。……引っ込み思案の性格って色々と損だよなぁ。佐々波以外で唯一声をかけてくれた華村さんは、なぜか、学校に来なくなるし……)



 かつて、佐々波以外にも一人だけ、無崎に声をかけてくれた奇特な少女がいる。

 その稀有な女子の名前は華村美々(はなむら びび)。


 誰にでも分けへだてなく優しい、天使のような美少女・華村は、

 当時、『見た目だけで相手を判断すべきではない』と決起した。


 小さな拳にギュっと勇気を詰め込んで、無崎に声をかけたのだ。


『こ、こんにちは、無崎くん。私は華村美々。よ、よろしく……ね』


 当時の無崎は、当然のように困惑した。

 無崎視点の華村は、雲の上にいるマドンナだった。

 自分のような『ボッチ界のファンタジスタ』とは住む世界が違う、コミュ力界の天上人。

 そんなエンジェルに話しかけられた無崎は、当然のようにキョドってしまい、


「こ、ぉ……あり、が……」


 純粋な戸惑いと歓喜から、反射的に、

 『声をかけてくれて、ありがとう』

 と感謝を伝えようとして、途中で喉がつまってしまった。


 後天的な『精神性の吃音(きつおん)』で、

 喋るのがガチで苦手なため、

 口を開くと、いつも声が割れてしまう。


 ――結果。

 いつだって、誤解が暴走する。


 ――華村の耳には、

『この蟻が……てめぇ程度のゴミが、誰に声かけてんだ。砂にして埋めてやろうか? あぁん?』

 と聞こえた。


 完全に幻聴だが、無崎の顔だけを見れば、確かにそう言っているようにしか思えない。


 無崎に対する誤解・悪感情が『決して解消されない最大の理由・要因』は、無崎の『無自覚な逆ハイポテンシャル』によって自動生成され続ける、この凶悪な負のスパイラル。


「ひ、ひぃ! ごめんなさい!!」


(……ぇ……なに? なんで、謝られた? なんで?!)


 その日から華村さんは不登校になり、数日後にはひっそりと隣町に転校した。

 いつだって、無崎から滲み出ている無自覚な『ヤクザパワー』は、二次・三次の災害を巻き起こす。


 ――人の耳は、他者の発言を正確にとらえる能力を有していない。人の脳は、他者と会話をするとき、『人生経験』と『相手の雰囲気』から、『聞き取れなかった部分』を勝手に補完する。無崎のヤクザオーラは、そんな、他者の『耳と脳の補完能力を狂わせる機能』を備えている。


 無崎のオーラと精神的吃音(せいしんてききつおん)が健在である限り、無崎を取り巻く『人間関係上の悪循環』が改善されることはない!

 無崎の孤独は、決して終わらない!!




(――まあ、孤独にはもう慣れちゃっているから、別に一人でも平気だけどね)




 強がりながら、しかし、無崎は溜息を吐いていた。


 無崎だって人の子――というか、中身は、ただの中坊なのだが、はた目には、やはり、極悪なヤクザにしか見えないため、その『重々しく溜息をついている威容』に直面した周囲の同級生は、揃って、ビクゥウウッ!! と、震えながら、


「ぉ、おい、誰か、無崎を不快にさせたのか?」


「違うわ。あれは、今まで殺してきた人の事を憂いているのよ」


「バカか。あの悪魔公爵に、そんな『人の心じみたもの』なんて、ある訳ないだろう。あれは、きっと、今夜行われる埠頭(ふとう)での取引に思いを馳(は)せているんだよ」


「薬の取引は神経を削るっていうもんなぁ」


「いや、違う。あれは――」


 連鎖する無責任な憶測。

 まるで銀河のように荘厳(そうごん)で混沌とした勘違いの螺旋(らせん)。


 だから、今日も、無崎は一人で窓の外を眺める。

 麗(うら)らかな春も、無崎に睨まれて震えている。










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