第六十三話  先生のお手製

 黒い布が平野をゆっくりと滑るように動いている。



「……来たな」


「なんて数……。あれを、この人数で防ぐんですか……っ?」



 コーロゼンの城壁の上には、遠く「黒い布」たる魔物の大群を見る、ランスとテオの姿があった。


 


「リィザたちに賭けるしかないさ。魔獣さえ仕留められれば、後の持久戦は比較的楽なものになる。産業都市ユーオーからの増援が来るまでは十分持ち堪えられるはずだ」



 そう言ってテオに笑ってみせたランスの表情も、どこか引きつったものになっていた。



「それには、まず僕たちがあの大群を引きつけないと、ですよね……?」


「ああ。……まずは、アレがちゃんと作動してくれないことには話にならないけどな」


「……だ…大丈夫なんでしょうか……?」


「あの人のお手製だ。効果は折り紙付きなんだが…………怖くて今まで使ってこなかったからなぁ……」






「……すげぇ……。報告より数が多いんじゃねぇか……?」



 コーロゼンから東。

 城壁が人差し指ほどの大きさに見えるほど離れた場所に、リィザたちは潜んでいた。



「マー、それ、マヤが?」


「あ、うん。ダレンさんのと、おそろいなんだって」



 マヘリアが、首から下げた御守りに触れながら答える。

 出立前に、マヤが自分の下げていたものをマヘリアに、と渡したものだった。

 


「……結局、ダレンさんのこと、マヤちゃんに話せなかった……」


「マー……。……全部終わったら、二人でマヤに話そ?」


「……うん」



「……おーい。とんでもねぇ数で…………まぁいいか」



 後方を指さしながらリィザたちのもとへ歩み寄ったクロヴィスが、話を変えて続ける。



「それにしても、本当に大丈夫なのか? あの数だ。もし作動しなかったら、ヘタすりゃオレたちが"バーなんちゃら"を殺るまで、ランスたちが持たねぇぞ」


「…心配いらない。魔法具作りは、師匠の昔からの趣味だったから」


「今の話に大丈夫な要素あったか? 作動しても、いろんな意味で怖ぇよ」


「…配置には気をつけたし、味方に被害は出ない……はず」


「いや、コーロゼンのやつらは城壁があるからまだいいけどよ。オレたちのほうは遮るもんが…っ…ぅおおっ……!」


 

 カティアに愚痴を吐くクロヴィスの背後で、大きな爆発音が起こった。

 一行が音の方を見ると、空高く何本もの火柱が上がっている。



「始まったか! ……ってか、なんだよありゃ。 怖すぎだろ……!」


「…師匠、張り切ってたから」



 巨大な火柱は大きく円を描くように動き、さらに、魔物の大群の上空のみに暗雲が立ち込め、そこから幾筋もの雷が落ち始めていた。



「……王国都市ウィスタリア出て以来、ずっとあんな危ねぇもん持ち歩いてたのかよ……」


「ランスが、ね。それより、あれ」



 リィザが指差す先には、火花が散るように魔物が跳ね上げられる中、群れの一部が徐々に離れ始めているのが見えた。

 

 

「『常に安全な場に身を置く』……だな! カティアの策が、はまった。行こうぜ!」



 リィザたち四人が、離脱した一団に向け駆け出す。



「ん? ……んん!? カティア、それ飛んでねぇか!?」


「…風の魔法の応用」



 クロヴィスがキレのいい二度見の後、膝の高さほど浮いた状態で飛行するカティアに目を留めて言った。



「いいな、それ。術者以外にも使えんのか?」


「…吹き飛ばす感じになるし、身体中切り刻まれるけど、それでいいなら」

「いいわけねぇだろ。普通に攻撃魔法として食らってんじゃねぇか」


「おしゃべりはそこまで。やるよ!」



 先頭を行くリィザが剣を抜く。

 リィザたちの接近に気付いたのか、魔物の大群の一部が、離脱した一団との間を遮るように動き出していた。



「チッ! さすがに簡単には終わらせてくれねぇか」



 先に魔物の群れに突っ込んだリィザに続こうと、双剣を抜き、駆けるクロヴィスの前で、突然マヘリアが足を止めた。


 一瞬、横目で見ながらも、そのまま突っ込んだクロヴィスだったが、魔物を二体屠った後で三体目に切りつけながらマヘリアを見る。



「マー! どうした? ……マー?」



 マヘリアは大斧を持った手をだらりと下げ、一点を見つめていた。

 もう片方の手で、胸元の、マヤからの御守りを握りしめている。



「……あぁっ? くそっ、何だってんだ! ……おい、リィ! マーの様子がおかしい!」



 マヘリアの様子を気にしながらも向かってくる魔物を二体同時に切り伏せた後で、クロヴィスはマヘリアのもとへと駆け寄った。

 クロヴィスの声に、異変に気付いたリィザも、マヘリアを守るように下がりながら魔物と戦っている。



「クロ! マーは!?」


「わかんねぇよ! 急に立ち止まって……! ……おい、マー、どうしたんだよ。……え?」



 クロヴィスの声に反応することなく、変わらず一点を見つめ立ち尽くしていたマヘリアの両目から、ぽろぽろと涙が溢れ出す。

 


「お…おい……マー……?」


「わ……たし……思い出した……っ。……わたっ……私……っ」



 そう言って、崩れ落ちるように座り込んだマヘリアの体は、リィザのものとよく似た不思議な光を纏い始めていた。


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