第六十二話  コーロゼン籠城支度

「マーは?」


「マヤについてる。側にいてあげたいって」


「そか。……何度あっても嫌なもんだな、こういうのは」



 クロヴィスの言葉に答えるかわりに、リィザは視線を外に向けた。



「とりあえず、最低限の守りには足りそうね……」


「本当に『最低限』だけどな。どっか抜かれれば一気に崩れちまうぞ?」



 コーロゼンの兵団詰所前。

 リィザが城壁に配置された兵を見ながら言うと、干し肉を頬張りながらクロヴィスがのんきな声で答えた。



「…………」


「睨むなって。やれるだけのことはやったんだ。もっと力抜けよ」


「ですが、クロヴィスさんの言ったことも冗談では済まない問題です。 ……本当に籠城でいいのか、どうか……」



 クロヴィスがリィザのため息まじりの鋭い視線にも動じず、干し肉をかじっていると、緊張した様子のテオが続いた。


  


 コーロゼンでは、籠城の準備が整いつつあった。


 もともとコーロゼンに残された兵に加え、ダレンが撤退させた兵や志願した住民が加わったこともあって、町の守りはひと通り間に合ったのだが――

 しかし、それは通常の守りに足るというだけに過ぎず、斥候が次々ともたらす「魔物の群れ」の数を前には、あまりに心許ないものでしかない。




「そうは言っても、まさか外で迎え撃つなんて無理だろ? オレたちがいる分、戦力的にゃ増してるわけだし、籠城して応援を待つのが正解だろうよ」


「そもそも、クロが言い出したんでしょ。……でも」



「ああ。魔物の出方次第、というのはあるな。通常なら正面からの力押しだろうが、今回は魔獣がらみだ。もし、包囲されれば俺たちでもカバーし続けるのは難しい」



 カティアを連れたランスが、見回りから帰りがけに話に加わった。



「おう、おつかれ。魔獣っていやぁ、斥候の報告だと、まだ魔獣は確認されてねぇんだろ?」


「ああ。だが、今回のはおそらく、魔獣パーストゥオルだ」



 ランスの答えに、リィザも難しい顔でうなづく。 


 リィザの表情を伺いながら、クロヴィスが続けた。



「ああ、そういや『迅雷』の時の魔獣が出てるんだったな。……んで? その"バーなんちゃら"ってのは、どんなやつなんだ?」


「バーストゥオルは、人のような姿をした、魔物を操ることに長けた魔獣だ。だが単体では弱く、兵学校を出たばかりの新兵でも倒せるほどだ、と言われている」


「なんだそりゃ。だったらオレたちで行って、さっさとそいつを殺っちまえばいいだけじゃねぇか。魔物の数が多いのはやっかいだけど、それだけ弱けりゃ包囲される前に離脱すんのも難しくねぇだろ」


「……居場所がわかっていれば、な。バーストゥオルは賢い。魔物の群れに紛れて姿を隠し、常に安全な場に身を置くんだ。すでに魔物の数が膨れ上がった今となっては、探し出すは困難だろう」


「そんなやつ、『迅雷』の勇者はどうやって倒したんだよ」


「三千の魔物の群れを切り裂きつつ、日が暮れるまで神速で駆け抜けた末にとうとうバーストゥオルを見つけ、一刀の下に切り伏せた……らしい」


「リィ」

「無理に決まってるでしょ。クロにやらせるよ?」



 両手を挙げて降参の姿をしてみせた後で、残りの干し肉を口に放り込み、クロヴィスは腕を組んだ。



「ってことは、やっぱり籠城しかねぇじゃねぇか」


「でも……籠城だと応援が着くまで持ち堪えられるか……。……あっ、ちょ…っ、クロヴィスさん、やめて……」



 クロヴィスが、再び不安気な声を上げるテオの脇腹を、からかいながら突っついていると、



「…もしかしたら、何とかなるかもしれない」



 ランスの横で考え事をしていたカティアが口を開いた。




 





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