第六十一話 英雄(卑怯者)に相応しい死
「ダレン戦隊長! ここは我々が! 戦隊長は退いてください!」
コローゼンから離れた地下洞窟。
俺は、志願して残った兵とともに、魔物を抑えるべく戦っていた。
簡単な調査のはずだった。
まさか、これほどまでの魔物が潜んでいるなんて。
「そうです! 戦隊長はコーロゼンに戻って指揮を!」
「シャクドーの英雄が戻れば、コーロゼンは戦えます!」
違う。
俺は「英雄」なんかじゃない。
十六年前のシャクドーでの戦いの後、俺は支部長の娘を娶りコーロゼンの戦隊長になった。
昔から家族ぐるみの付き合いで幼なじみだった彼女も、俺の「嘘」を見抜けなかったようだ。
娘に恵まれ、幸せな日々を過ごし、病に命を奪われる最期の時まで、彼女の俺を見つめる目は清らかなままだった。
「コーロゼンには、勇者様一行がおられる。我らは守りを固めるための時間稼ぎをせねばならない。皆で決めたことだぞ」
「しかし……!」
「
洞窟内部で狭くなっているところをたよりに、少数でなんとか戦ってきたが、それも時間の問題だ。
「私とて、ただで死んでやるつもりはない。……これを使う」
「それは?」
自爆用の魔法具だ。
シャクドーの戦いが終わった後、その戦いの様子はすこしずつ各地に伝わっていた。
「隻眼」の勇者一行の戦士シルグレ様は、魔獣を討つ時間を稼ぐため留まり、魔法具によって数百体の魔物を道連れに壮絶な最期を遂げられたという。
俺が聞いたあの爆発音がそれだった。
その話を聞いて以来すこしずつ金を貯め、高価な魔法具を手に入れていたのだ。
「これで、コーロゼンに向かう魔物をすこしでも減らすことができる」
「戦隊長……!」
「この先の開けた場所に魔物を誘い込み、こいつを作動させる」
「おおっ!」
「良き死に場所を得た!」
「これで、先に死んでいった仲間も浮かばれます!」
目に強い光を宿し色めき立つ部下たちに、俺の心はざわついた。
ああ。彼らもまた、シャクドーで散った者たちと同じだ。
俺とは違う。
……本物の英雄だ。
「戦隊長が魔法具を準備される間、我らで食い止めるぞ!」
「戦隊長、最後までご一緒できて光栄でした! 先に参ります!」
「ざまぁ見ろ、魔物ども! 俺たちと道連れだ!」
歓声にも似た雄叫びを上げ、魔物の群れへと向かう部下たちに強く頷いてみせた後で、俺は狭い通路を抜け開けた空間に出た。
あの日、仲間たちを置いて逃げ出した卑怯者は今日死ぬ。本当の英雄になって。
もしかしたら、今日までの俺の苦しみは、今、この時のためだったのかもしれない。
「さぁ、来い。あの日の借りを返させてもらうぞ」
静かになった通路から、続々と魔物が溢れてくる。
体が熱い。
娘、マヤから贈られた御守りに触れる。手の震えは不思議とおさまっていた。
「今度こそ……」
魔物が洞窟内の開けた空間を徐々に満たしていった。
すぐに襲ってこないのは、部下たちの奮闘のおかげか、それとも俺に恐怖を与えて楽しんでいるのか。
「まだだ……あとすこし……」
魔物の群れはすこしずつ、じわじわと俺に近づいてくる。
「今だ!」
魔法具に血を捧げ、作動させる。
作動……しない……?
「は……っ! ……はは……は……ハハハハハ……ッ!!」
俺の愚かさに気を良くしたのか、魔物たちが一斉に駆け出す。
……そうだ。こんな死に方、許されるはずなんてないよな。
「……うおおぉぉぉっっ!!!」
情けない。逃げ道を断たれなければ、こんな覚悟、最後まで持てなかっただろう。
でも、いい。
まさに、英雄(卑怯者)に相応しい死だ。
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