第五十九話  シャクド―

「支部長! 何で俺が残留組なんです!?」


「……ダレン。まったく、誰だ教えたのは。……貴様はまだ若い。これからのコーロゼンには、貴様のような若い者が必要だ」



 兵団の詰所。俺は、支部長に食い下がっていた。


 その日、俺は他の若い兵団員たちと武器の手入れを言い渡され、朝から武器庫に詰めていた。


 そんな中、コーロゼンに出入りしている商人が立ち話していた内容を聞いた俺は、手入れの最中の武器を放り投げ、詰所に駆け込んできていたのだった。



「俺も行きます! 足手まといだとは言わせませんよ!」



 腕には自信があった。試合では、先輩たちとだって渡り合えた。

 同期の中で一番なのは言うまでもない。

 魔物との実戦でだって、結果は出している。

 


「貴様の実力はよく知っている。だからこそだ。我々のいない間、ここを託せる者が必要だからな」


「コーロゼンの守りは十分なはずです! 俺も行きます!」


「聞き分けろ、ダレン。生きて帰れる保証などないのだぞ」


「いいえ、聞けません! 置いていくというのなら、今、ここで死にます!」


「……まったく。頑固なところが、ますます似てきたな……」



 俺の親父と支部長は同期だった。

 親父が魔物との戦いで死んだ後は、父親同然に接してくれて、俺の性格もよく知っている。俺が本気なのは伝わるはずだ。



「……同行は許す。だが、命令あるまで決して前には出るな。いいな?」


「はっ! ありがとうございます!」



 いざ戦闘が始まれば、関係ない。でっかい手柄を立ててみせるさ。


 死んだ親父の分も、だ。

 世話になった支部長への恩返しにもなる。





 意気揚々とコーロゼンを出立した俺は、部隊とともに南下した。


 目的地は、南部地域「シャクドー」。


 商人たちの立ち話だけでは不十分だったので、道すがら先輩たちに聞いた話によれば、今、南部では魔物の数がとんでもないことになっているらしい。


 王命で、王国都市ウィスタリアの騎士団はもちろん、全土の兵団にも召集がかかっているとのことだ。



 コーロゼンが、王国一だってことを見せてやる。


 途中、同じくシャクドーへと向かう他所の部隊をいくつも見かけたが、負ける気はまったくしなかった。






「すごい……。いったい何人いるんだ」



 コーロゼンを出てから、何日経っただろうか。俺たちは、シャクドーに到着した。


 シャクドーの平野にある小高い丘陵地帯には、すでに王国中から集まった兵団員が所属ごとに簡易的な陣を張っていて、 広大な丘に広がったそれらは、まるでコーロゼンの丘の上にある花畑のようだった。



「『隻眼』の勇者様一行は、中央の陣にいるらしいぞ。見に行かないか?」



 圧倒的な光景に、ただただ立ち尽くし眺めるだけの俺に、こっそりと寄ってきた先輩が声をかけてきた。

 普段のんきなくせに、こう見えて槍を使わせたら一流な人だ。

 試合でも俺は、先輩から一本も取れたことがない。

 


「先輩、またそんな"のんき"なこと言って。さすがに野営の準備をしないと」


「真面目だなぁ、ダレンは」


「俺だって、行けるもんなら見に行きたいですよ」



 「隻眼」の勇者様一行の活躍は、当然コーロゼンにも伝わっていた。

 日々、魔物と戦っている俺たちだからこそ、よけいにその「凄さ」がわかる。


 勇者様一行が西部地域をまわっている時なんかは、「コーロゼンにも、お見えになるかも」と、みんな毎日そわそわしていたものだ。

 

 

「我々は、このままユーオー兵団本部の部隊の下、右翼に展開する。野営の準備を急げ! 着いたばかりだが、休んでいる暇はないぞ!」


 

 西部地域兵団本部の野営地から戻った支部長が声を上げた。


 こちらとしては兵が揃った今、しばらくの休息の後、進軍することになるだろうが、魔物の群れにこちらの事情など関係ない。いつ迫ってくるかわからないのだ。

 十分な働きをしてみせるためには、すこしでも早く長旅の疲れを癒す必要がある。



 そして、案の定、その日はすぐに訪れた。






「………………!」



 あまりの光景に、言葉を失った。

 

 コーロゼンの陣も、ユーオーの本隊も、集まった他の地域の兵団も、あれだけの数がいながら、シャクドーに陣取った大部隊は静まり返っていた。



 俺たちから見て、南の平野。その大地が黒く染まっている。

 黒い大地がうごめきながら、すこしずつ、こちらへと進んできていた。



「こりゃあ、すごい数だなぁ……!」



 のんきな声に横を見ると、先輩がまるで祭りの人出でも見るように「な。すごいな」と笑みを向けてきた。


 その表情に思わず吹き出すと、俺同様に周りで固まっていた他の先輩たちも一斉に吹き出し、それが笑い声に変わっていった。


 

 静まり返ったシャクドーの陣地に、俺たちコーロゼンの部隊の笑い声が響く。


 さっきまでの、全身を押しつぶすような感覚がうそのように無くなり、なんでも出来そうな気分だ。


 そうだ。たとえ敵が十倍いたって、十体倒せばいいだけじゃないか。


 やれる。そのために来たんだ。






 しばらく後、進軍の合図が鳴り、俺たちはゆっくりと進み始めた。



「我々、コーロゼン隊は右翼第三層だ! お前たち! 北東部獣人の意地を見せろ!!」


「ぉおおぉぉっ!!」



 支部長の檄に、雄叫びが上がる。


 俺も、体の中心から湧き上がる感情を吐き出すように、声を出して応えた。


 身体は小刻みに震えているが、燃えるように熱い。



「勇者様一行は中央を突破するらしいぞ。さすがにとんでもないよなぁ」



 先輩は、こんな時でものんきだった。

 さすがというか、なんというか。



 勇者様一行が魔物を群れを抜け魔獣を仕留める間、挟撃を防ぐため俺たち兵団が魔物を抑える。



「こんなの、作戦なんて名ばかりの命を賭けた大博打ですよ」



 だが、魔獣が斃れれば魔物の動きも鈍くなり、引き返してきた勇者様一行によって、今度はこちらが挟撃する形になる。

 


「最後まで生き残れたら、俺たち英雄だな」


「ははっ、そうですねっ。戦隊長ぐらいには取り立ててもらえるかも」




 ゆっくりとした歩みだった進軍は、前のほうから徐々に速度を上げ、俺たちも小走りに進む。

 

 同時に前方から、ぶつかり合う音、怒号や悲鳴が上がった。



「始まった……!」



 接敵するにはまだ遠い。

 前が詰まった状態で、武器を構えたまま、ただ前を向き耳を澄ませた。


 体が熱い。武器を握る手の平は、じっとりと汗で濡れていた。


 


 ――ブウゥゥゥゥン……ッ。


 低く、鈍い、震えたような音が近づいてくる……。

 そう思った途端、俺は気を失った。


 

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