第五十八話 調査
「う~ん……」
「どーした? マー」
次の日の朝、一行が揃って食卓についていると、マヘリアがしきりに右耳を気にしていた。
「う~ん、なんかね? どうも、こっちの耳が重いっていうか、なんていうか……」
「片方だけか? 風邪とかってわけじゃなさそうだな」
「うん。体はなんともないんだけど、こっちの耳だけがね……」
クルクルと動かしてみたり、右手で何度もなでたりしているマヘリアに、テーブルの向かいから、クロヴィスが心配そうにのぞき込む。
マヘリアの横では、まっすぐ前を向いたまま硬い表情で、もくもくとパンをかじるリィザの姿があった。
「いつからなんだ?」
「昨日はなんともなくて、今朝起きたらこんな感じだったの」
「ってことは寝てる間か? 前、お袋の用事で旅に出て野宿した時、朝起きたら、すげぇ虫に刺されてたことがあってさ。そん時は、耳が重く感じたな」
「虫を、はらうのに動かしてたから?」
「ああ。寝てたから、そん時は気付かなかったけどな。……ん~、でも、ここの寝室じゃ虫なんか出ねぇだろうし……」
「う~ん」
その間もリィザは、一点を見つめたままパンだけをかじり続けていた。
「…………ぶ……っ!」
「ど、どうしたカティア? だいじょうぶか?」
「…ごほ…っ、ん……ん゛んっ……! だいじょうぶ」
ランスが差し出した水を受け取りながら、何事もなかったように振る舞うが、寝室が同じだったカティアは昨晩の真相を知っていたのだった。
「マヘリアお姉ちゃんっ。今日は、なにしてあそぶ?」
「ごめんね、マヤちゃん。今日は、お姉ちゃんたち、兵団の人たちのお手伝いでお外に出なきゃいけないの」
「えぇ~っ、つまんなぁい」
「ごめんねぇ。また明日遊ぼうね」
一行が外に出ると、なにやら騒がしく、見ると兵団員たちが戦闘の準備をしているようだった。
「おっ。ちょちょちょ、待ったっ。なぁ、こりゃ、なんの騒ぎなんだ?」
一行の近くを駆け抜けようとしていた若い兵に気付いたクロヴィスが、腕を掴んだ拍子に数歩引っ張られるようにしながら引き止めた。
「あ……はっ! 北の地下洞窟付近で魔物の出現報告があり、ダレン戦隊長指揮の下、調査に向かうこととなりましてっ! 現在、その準備をしているところです!」
「魔物? 数は?」
「報告では、十体ほどであったようです!」
「どーする? 数は大したことねぇみたいだけど、こっちからも誰か出すか?」
「いや、ヘタに分けても連携面で迷惑をかけるだけだろう」
「それも、そうだな」
若い兵を見送った後、クロヴィスが言うと、ランスが答えた。
他の皆も一様に頷き、同意見のようだ。
一行も巡回のため、城門へと歩き始める。
「あたしたちも、どんなのと遭遇するか、わからないしね」
「リィ、そういうのは口にしちゃいけねぇんだぜ? 現実になっちまう」
「なったっていいでしょ。他の巡回部隊にあたるより、あたしたちにあたったほうが断然いいに決まってるんだから」
「そりゃまぁ、そうなんだけどよ。ほどほど、がいいだろ。何もねぇのも退屈だし、ヤバイのもゴメンだぜ」
「はぁ……。まったく」
「ま……まぁまぁ、平和なのはいいことですし。それに、僕らに割り当てられた区域は広いですから、退屈してるヒマなんてありませんよ?」
両手を頭の後ろで組みながら、のんきな声を上げ先頭を行くクロヴィスに、リィザが大きなため息をついてみせると、テオが、すかさず明るい声でとりなした。
盗賊討伐には各兵団支部から人数が出ているが、リィザたち一行の滞在するコーロゼンでは、その戦力の分、他支部より多めに兵を出していた。
「あの支部長のおかげで大変だぜ。うかつにコーロゼンを離れるわけにもいかなくなっちまった」
「勇者の滞在は名誉なことですから。ましてや、リィザさんとマヘリアさんは王族の方ですし」
「なんか"粗相"があったら大変だから、早めにお引き取り願うんじゃねぇか? 普通」
「はははっ。そのあたりは、ダレン戦隊長への信頼が厚いってことなんじゃないでしょうか」
「そうかぁ? まぁ、信頼はともかく、何かあっても責任は押し付けられるって感じもするけどな。なかなか狸だぜ。あの支部長のおっさん」
タヌキの尻尾をゆらゆらさせながら言うクロヴィスに、一行の顔がにやけるが、先頭を歩いていたクロヴィスは知る由もなかった。
「……ん? なんだぁ? なんの騒ぎだ? ありゃあ」
その日の夕方、巡回を終えた一行がコーロゼンに戻ると、町の中は兵たちの慌ただしい動きで騒然としていた。
「エリザベッタ様だっ!」
「勇者様がお帰りになったぞ!」
「ゆ…勇者様っ!!」
一行に気付いた兵が声を上げると、その場にいた兵たちが一斉に一行の元へと駆け寄ってくる。
「うおぉぉっ! お、おいおい……落ち着けって!」
「どうしたの?」
クロヴィスが兵たちをなだめる中、リィザが声をかけると、以前、コーロゼン郊外で兵団を救った時にダレンに従っていた年かさの兵団員が前に出て話し始めた。
「それが……先ほど戦隊長が率いて出た部隊の者が戻りまして。その者たちが言うには、調査に向かった地下洞窟で魔物の大群に遭遇した、と……」
「大群? 魔獣が現れたの?」
「いえ、魔獣の存在までは。しかし、見たこともないほどの数であったと……」
一行は顔を見合わせた。
魔物が大量に発生したということは、魔獣が出現したとみて間違いはない。
「詳しく聞きたい。ダレン戦隊長は?」
「そ……それが……。……戦隊長は、兵たちを撤退させるべく、手負いの者とわずかな兵のみで
「……そう」
リィザが目を伏せると、集まった兵たちも一様に悲痛な表情を浮かべた。
「え……っ? リ、リィリィ! すぐ助けに行かないと!」
「マー……」
マヘリアが声を上げるが、その場の一同は沈痛な面持ちのまま、うつむいたままだった。
「だって、すこしの人数しかいないんでしょ? 今すぐ行ってあげなきゃ!」
「マー……、時間が経ちすぎてる。間に合わねぇよ……」
「トクサの時は、間に合ったよ!」
「…あれは、例外。相手は魔獣の一体だけだったし、手負いで様子見してたから」
「で……でも……今回だって、もしかしたら……!」
「魔獣は賢い。けど、魔物は様子見なんて真似はしない。それより今は、魔物の大群に備えることを考えるのが先決だ……」
「クロも、カティアも、ランスも……! ……だって……だって……マヤちゃんに何て言えばいいの……っ!? ダレンさんを見捨てて……マヤちゃんに何て…………」
「……マヘリアさん……」
力なく崩れるように座り込むマヘリアに、その場の誰もが目を伏せ、声をかけることもできなかったが、リィザのみがマヘリアに歩み寄ると、マヘリアの顔を抱えるように抱きしめた。
「……マー。魔物の群れが来る。今のコローゼンに残された兵力じゃ防げるかわからない。ランスの言ったように、これからどうするか考えないと。このままじゃ、コーロゼンは守れない。コーロゼンの人たちも、マヤのことも……。
あたしたちが、しっかりしないと。ね? マー」
「……うん」
マヘリアの髪に頬を寄せ、やさしく撫でた後、立ち上がったリィザは声を上げた。
「魔物の襲来に備える! 近隣、各支部に通達。ユーオーに援軍要請。住民の避難支援も各支部に依頼して」
「はっ! 直ちに!」
「魔物の動きが知りたい。斥候もお願い」
兵団の詰め所に向かうリィザに、年かさの兵団員が付き従う。
再び、その場が慌ただしく動き出した中、カティアに寄り添われながら座り込んだままのマヘリアの姿があった。
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