コーロゼン
第五十七話 お耳パタパタ
「マヘリアお姉ちゃんっ、はやく、はやくー」
「う、うんっ。マヤちゃん、ちょっと待ってっ」
マヤと呼ばれた獣人の少女に手を引かれ、前傾姿勢のマヘリアが駆けていく。
その様子を、頬を膨らませ不機嫌そうに眺めるリィザの横には、横目でリィザの様子を伺いながらほくそ笑むクロヴィスの姿があった。
「マーは"ちっちゃい子"にモテるからなぁ」
「………………」
クロヴィスは、声だけは呆れたように言いながら、リィザの仏頂面に噴き出しそうになるのを堪えた。リィザ側とは反対側の口角だけが思わず上がる。
もちろん、万一に備え、尻尾もリィザ側の反対に避難させるのを忘れない。
ラモーヴの"遺産"を受け取り、古木の"記憶"を聞いた一行は、約束どおりコーロゼンに来ていた。
コーロゼンは北西部に位置する西部兵団支部のひとつであり、他の兵団支部同様「砦を兼ねた町」といった様相であったが、「三族戦争」時代の名残もあり、北部地域との境に位置するこの町は他の兵団支部より大きな町だった。
「こ、こらっ。マヤっ。……申し訳ありません、マヘリア様。娘が毎度、ご迷惑を……」
「あ、いえっ。私も、マヤちゃんと遊べて楽しいですし」
以前、一行が道中で手助けしたコーロゼンの戦隊長ダレンが、恐縮しきりといった様子でマヘリアに話しかける。
コーロゼンでは、ダレンに付き従っていた兵たちによってリィザたち一行の活躍ぶりが広まっており、一行は、ダレンはもちろん町を挙げての歓待を受けていた。
中でもダレンのひとり娘であるマヤは一目でマヘリアが気に入った様子で、一行がコーロゼンに着いて以来、毎日のようにマヘリアを連れだしてはダレンを恐縮させていたのだった。
「今日は、壁のお外に行こっ。丘のとこに、おっきなお花畑があるんだよっ?」
「よーし、じゃあお姉ちゃんが花かんむり作ってあげるっ」
「ほんとっ? はやくっ。はやく、いこー?」
リィザたち一行がコーロゼンに着いてからというもの、付近では特に魔物も出現することなく、平和そのものだった。
「このへんは安全とはいえ、ユーオーのほうじゃ盗賊も出てるって話なんだ。
あんまり遠くに行くなよ?」
「うん、わかってる。だいじょうぶだよ、クロ」
コーロゼンから南西、産業都市ユーオー付近では、このところ盗賊の被害が散発していた。
「心配だし、あたしも付いてく」
「ありがとっ。リィリィ」
「リィザお姉ちゃんも来るの? しょうがないなぁ。いいよっ」
マヘリアの手を引きながら屈託もなく言うマヤに、リィザが一瞬顔を引きつらせると、ゆっくり視線を逸らしたクロヴィスが尻尾を抱えながらリィザのそばを離れていった。
「見て見て、父様っ。マヘリアお姉ちゃんにもらったのっ」
「よかったな、マヤ」
その日の夕方、花畑から戻ったマヤが、楽し気にくるくると回りながらマヘリアにもらった花かんむりをダレンに見せていた。
「申し訳ありません……」と小声で、コーロゼンに来てから何度向けられたか知れない恐縮の視線を送るダレンに、リィザとマヘリアが苦笑交じりの笑顔で応える。
「マヤ。今日は自分の部屋で寝るんだぞ?」
「どうして? 今日もマヘリアお姉ちゃんと寝るもん」
「マヤっ、いい加減にしないか」
この数日、マヤはひと時もマヘリアと離れたがらず、それは寝る時も例外ではなかった。
幼い時から、そして旅に出てからもマヘリアと寝床を共にしてきたリィザにしてみれば、マヤという存在はとんだ邪魔者であったが、小さな少女を邪険に扱うほどリィザ自身も子供ではない。クロヴィスへの"あたり"が強くなるだけで。
「あ、あのっ。私たちは、だいじょうぶですので。どうか叱らないであげてください」
「……しかし、マヘリア様……」
勝手に「私たち」にされてしまったリィザは、一瞬唖然としてマヘリアを見た後で頬を膨らませたが、否定するわけにもいかず、また、マヘリアのこういった部分が好きでもあるため、仕方なくダレンに対して頷いてみせた。
「ふーっ……ふふふっ…………ふーっ……ふふふふっ……」
その夜、ふたつつなげたベッドで、いつものように三人いっしょに寝ていると、マヤが声を殺して笑っている声がした。
「……ん……マヤ? なにしてるの?」
リィザが目をこすりながら、すこし体を起こすと、マヤが口に手を当てクスクスと笑っている。
「あ、リィザお姉ちゃん。ふふふっ、見ててっ」
そう言うとマヤが、寝ているマヘリアの耳にふーっと息を吹きかけた。
息を吹きかけられた耳は、耳だけが別の生き物のようにパタパタと動く。
「ふーっ……」
パタパタ…っ。
「ふふふふっ。面白いでしょ? 父様にも、よくやってたんだ」
「へ…へぇ……」
リィザの瞳に妖しい光がやどる。
「ふーっ……」
「ふーっ……」
パタパタ……っ……パタタ……っ。
「……ふふふふっ。面白いねっ、リィザお姉ちゃんっ」
「………………」
マヤとリィザに左右から息を吹きかけられ、パタパタが止まらないマヘリアの耳。
その後、マヤがマヘリアにぴったりと寄り添いながら眠りに落ちた後も、パタパタがすっかり気に入ったリィザによって、マヘリアの耳は夜通し動き続けていた。
「失礼致します」
「どうした?」
「は……。例の"討伐"二件について、先ほど使いの者が」
その頃、コーロゼンから遠く離れた、とある執務室では、その部屋の主が配下の者の報告を受けていた。
「申せ」
「はっ。……ビナサンドでは、無事"亡霊"の退治に成功したと。……ただ、当方の被害は甚大。中隊は壊滅寸前とのことです」
「ふんっ。最新の魔法具と、あれだけの人数を使っておきながら、その様とはな」
「なにやら、未知の魔法を使っていたようで……」
「未知……。さすがは、あの『大逆』の片割れといったところか。まあ、よいわ。
……もう一方は?」
「……それが……コンアイに向かった討伐隊は、中隊長以下が全滅、と……」
「……全滅だと……? 馬鹿な……っ。報告では、ただの魔物。それも大した数ではなかったはずだ……!」
「は。ですが、報告のため待機していた別動隊が、帰りの遅い討伐隊の様子を見に森へ入ったところ、ことごとく惨殺されていたと……。生き残りもおらず、例の魔物がどうなったのかも不明です」
「すぐに探させろ! 一個中隊、百余名を全滅させる魔物だぞ! ここに現れれば何とする!」
「は…はっ! ただちに手配致します!」
「おのれ……! いったい、なんだというのだ……っ!」
配下の者が慌てて飛び出した後、苛立ちを隠せない様子の執務室の主は、机を強く叩いた。
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