-X 話   遠き願い 呪いの始まり


「これ以上の戦闘は無意味だ! どうか投降してほしい!」



 あいつ。

 また、やってるのか。


 

「まぁた、正規兵の坊ちゃんかぁ? ……くっくっ。若いねぇ」



 隣の男が話しかけてきた。



「……まぁ、向こうはすっかり籠城の構えだ。

さっさと終わるんなら、それに越したことはない」


「違ぇねぇ。……どうだ? 投降してくるかどうか、賭けるか?」



 城門が開かれ、中に入っていった"あいつ"を見送った後、隣の男が俺に笑いかける。



「してくるだろうな」


「なんだ。やけに、はっきり言うじゃねぇか」 


「まだ、戦う余力は残しているだろうが……もう、あの中は住民の数のほうが多いだろう。

それに、ここを包囲してずいぶん経つ。

援軍の見込みがないことは、うすうす感じているはずだ」


「それでも、って場合もあるぜ?

籠城の場合は住民だって使いようだしな」


「ああ。だが、あいつはもう、西部じゃちょっとした有名人だからな」



 これまでも、何度か敵を投降させてきた。

 

 いつ始まったのかも分からない、この戦乱の中で、殺し合いは日常だった。

 俺たちみたいな傭兵が、それぞれの軍の主力になってるぐらいだ。各国、まともに国として機能しているとは思えない。


 どこもかしこも厭戦気分で溢れているのに、「高貴な方々」は戦を終わらせる気はないらしい。




「おっ。出てきたぜっ」




 その日、俺たちは"あいつ"の働きによって、敵の町をやすやすと手に入れることができた。


 すぐさま、待機していた「正規兵の皆様方」が捕虜と住民を本国に連行する。


 「勝利の宴」の中、"あいつ"は、さも「本当に、よかった」とでもいうような顔をしていた。



「あんな顔して、あいつもなかなかの悪党だな」



 さっきのやつが、酒を手に話しかけてきた。

 略奪品だろう。粗末な鎧からは、いろんな品がこぼれんばかりにのぞいている。



「あれは、何も知らない顔だ」


「おいおい、冗談だろっ。はっはっはっ! こりゃ、傑作だ!

そっちのほうが、よっぽどタチが悪いぜっ!」



 そうだ。

 悪党より、よほどタチが悪い。




 ある日、しばらく"あいつ"を見ないと思っていたら、青い顔をして駐屯地に帰ってきた。


 どうしてそんなことをしたのか自分でも分からないが、俺は"あいつ"に話しかけていた。



「おい。どうした?」



 "あいつ"は、一瞬すがりつくような目で俺を見た後、視線を逸らし話し始めた。



「……この間、ここ最近の功労を評価して下さった上の方のお誘いで、本国に行っていたんです…」



 なるほど。それで、最近見なかったのか。



「うれしかった。無益な血を流さずに戦を終わらせて、『よくやった』と褒めてもらって……。……なのに……」


「……ああ」


「……その後、本国の方に意気揚々と、娼館に連れていかれました。

そこで見たんです。……僕が以前、投降させた町の女の子を」


「……そうか」


「その子と目が合いました。……あんな目…っ、見たことがない……!

他にも、見覚えのある顔が何人かいて……!

……本国の方を問い詰めました。なんで、こんな所にこの人たちがいるんですかって」


「……それで?」


「……女子供は奴隷、捕虜は処刑か強制労働、それが当たり前だと……。

捕虜にいたっては、生きたまま新兵訓練のまとに利用されることもあるそうです……」


「……そうだろうな」


「……っ!? ……ぼ…僕は…僕は、あの人たちに言ったんです!

投降すれば、こんな戦ばかりの毎日から解放される。

僕たちの国で、平和で安全な暮らしが出来るって。

敵国の人間だから、大変な時期はあるかもしれない。でも、それでも、自分を、大切な人を守れるんだって……!」


「……たしかに戦からは解放されたな」



 とんだ"大悪党"だ。

 今まで、どこで、何を見て生きてきたんだ。 

 イカレてると言ってもいい。こいつは、本気で、そう思っていたんだからな。

 

 こんな世の中で、こんな話を真剣な目でするやつがいれば、状況次第で、すがりつきたくなるのも分からないではない。

 

 "あいつ"は、俺の言葉に顔を歪めた後、涙を浮かべて言った。



「僕は、間違っていたんでしょうか……?」


「ああ。お前は、間違っていた。……だが、間違ってはいない」


「……え……あの……それは、どういう……」



 "あいつ"の問いには答えず、俺はその場を去った。




 それから、しばらくして、"あいつ"が王国に反旗を翻す軍を挙げた。

 王国だけでなく、他国の中からも、"あいつ"の言葉に呼応して離反し、反乱軍に合流する者が出ているらしい。

 中でも、最近"あいつ"の周りをうろつくようになっていたやつの尽力が大きいらしい。「セイレイシン」とやらがどうとか言ってる怪しいやつで、妙な"まじない"を使っていた。


 だが、そんなことは、俺たち前線の傭兵には関係のないことだ。

 小競り合いは毎日。他事に気を取られれば目の前の敵に殺される。





 やがて王国を滅ぼした"あいつ"は、全土に向け、触れを出した。


 新しい王国の下、平和で安全な暮らしを実現しよう。

 新しい王国では、奴隷は存在しない。他国の者であろうと、区別なく扱う。

 そんな内容だ。

 

 そして、期日までに恭順の意を示さぬ者は、新しい王国とその国民の敵とみなし、相応の罰を与える、とも。



 もともと厭戦気分が蔓延していたこともあって、新しい王国に従う者たちは日に日に増えていった。南方の一帯が、ほぼまるごと傘下に入ったことも、情勢を決定づけたようだ。


 だが、長らく戦乱の只中に生きてきた者たちの目には、新しい王国は信用に足らぬと映ったようだ。

 当然だ。"あいつ"を知っている俺ですら、いや、知っているからこそ、奇妙な、気味の悪い、違和感のようなものを感じる。

 俺たちの駐屯地でも、他の前線と連絡を取り合い、新しい王国に抵抗することに決まったようだった。



 そして、示された期日を越え数日後、異変が起こった。


 駐屯地の全員が獣のような姿に変わっていたのだ。

 ここ数日、新しい王国のほうから妙な霧がかかっていたこともあって、例の"まじない"師の仕業ではないかと、もっぱらのうわさだ。


 それと同時に、新しい王国による"討伐"が始まった。

 "まじない"に恐れをなした、一部のやつらが投降を試みたが、ことごとく処刑された。

 

 向こうがその気なら、こちらが団結するのは時間の問題だ。

 西部の連中は、ユーオーを中心として、反抗の準備にかかるらしい。

 


 だが、俺は降りる。



 "あいつ"に対して情が湧いていたのかもしれない。

 たしかに、それもある。


 だが、もう、うんざりだった。

 このまま、どこか遠いところで、ひっそりと暮らすのも悪くはない。そう思った。



 旅の途中、新しい王国の「討伐隊」は、どこにでも現れた。


 対して"討伐"の対象である俺たちは、「見分けのつきやすい見た目」をしていたから、旅の中、多くの「お仲間」が捕まり、殺される場面を見てきた。


 年寄りや、女子供も例外なく、だ。


 やはり何かがおかしい。

 そう思いながらも俺は、ただ、ひたすらに逃げ、旅を続けた。



 


 何年も逃げ続けた俺は、とうとう北部最東端の辺境の地までやってきていた。


 そこには、すでに同じようなやつらが数十人集まり、村のようなものをつくっていた。

 ほとんどが、元東部の連中だったが、驚いたのは東部の連中の姿だ。


 角と、変った尻尾を生やした姿は、獣のような姿の俺とはまったく違っていて、あちらも、大層驚いていた。



 やがて、村には同じようなやつらが次々と逃げ集まるようになっていた。

 東部でも、ハイザラークを起点に反抗が始まっているらしい。




 奇妙な見た目の、だが穏やかな、新しい生活が続いたある日、とうとう追手が現れた。


 その「討伐隊」は、左右で瞳の色が違うやつが指揮を執っていた。

 東部の連中がしきりに話していた、新しい王国の殺し屋集団だ。


 勘弁してくれ。


 もうたくさんだ。


 村のやつらは、ほとんどが、かつては戦ったこともない普通の人間だったやつらばかりだ。

 俺は、すっかり錆びた剣を引っ張り出し、戦えるやつらと村の外へ出た。



 左右、瞳の色の違うやつは、まだまだ若造で、どこか、かつての"あいつ"を思わせた。


 

「なぁ。お前は、こんなことの果てに、どんな世界を作りたいんだ?」



 届くはずもない、"あいつ"への問いの後、俺は「討伐隊」へと駆け出していった。


 

 

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