新たな「願い」
第零話 彼の願い 私の願い
「……どうしてっ……どうしてこんな…………!!」
剣を携えた小柄な女性が、石造りの回廊を走っていた。
壁や柱は所々崩れ苔むしているが、精密な彫りがほどこされたそれらは、ここがかつてはここに関わる者たちにとって重要な場所であったことを思わせる。
回廊を行くと、四つの人影が女性に気付いたかのように向きを変えた。
槍を携えた"人影"。顔もなく、ただ人の形をしただけの文字通りの"人影"は、手にしている槍を躊躇なく繰り出した。
先に突進してきた二体とすれ違う瞬間、小柄な女性の周りでキラキラと光が走る。二体を背にしたその手には、いつの間にか剣が握られていた。
後続の二体が迫り、そのうちの一体が横殴りに振った槍をかがんでかわした時には、先の二体はいくつもの塊になって崩れ落ちていた。
かがんだ状態から振り上げるように剣を振るい一体の首を刎ねると、体を回しながらもう一体の槍をはらい、体をぶつけるようにして至近から胴を薙ぎ払う。
その瞬間、巨大な槍が投げ放たれ石の地面を割るすさまじい音とともに突き立った。
巨大な槍から紙一枚ほどわずかに半身、体をかわし、槍の主を睨みつける。
獣の形をした"影"に跨る、さきほどの四体よりも大きな"人影"。
ギリッ……
「…………邪魔をするな……ッ」
歯を軋ませ、大きな"人影"を睨むと、小柄な女性の身体は光を纏うように輝き始めていた。
「間に合わなかった……!?」
巨大な扉を抜け大きな部屋へと入った小柄な女性が、息を切らせながら悲鳴のような声を上げる。
それまでとはうってかわって、見上げるほどの広い空間。視線の先には祭壇のような建造物があり、そこには大きな黒い球体が浮かんでいた。
文字が書かれたようないくつもの帯状の何かが、鈍い光を放ちながら覆うように黒い球体の周りを回っている。
「……あら? そう、あなたも来たのね」
黒い球体の隣に立っていた女が、振り返った。
ゆっくりとした口調で、その声はどこか甘く、やさしい。
「どういうこと!? いったい何をしたの!?」
「そんな言われ方は心外だわ。すべては彼の意思。
……私は、ほんの少し手伝っただけよ?」
「ちゃんと答えて…………!」
「……エミリア……そんな怖い顔をしないで頂戴。
彼は終わらせたかったのよ。そして私も……。
だから手伝った。それだけよ?」
「ちゃんと答えてって…言ったッ!」
エミリアと呼ばれた女性が剣を抜く。
怒りに震えてこそいるが、まだ自身を抑えているようだった。
「あなたとは一度手合わせしてみたかったけれど、私を殺しても、これは止められないわ」
「イゾルテ……ッ! あんたは最初から信用できなかった!
もっと前にこうするべきだった!!」
「酷いわ……そんなことを言うなんて。
もう一度言うけれど、私を殺しても止められない。
そして、あなた一人では何も変えられない。
こんな事に意味はないわ。あなたを待つ人のもとへ帰ってあげて?」
「ふざけるなッッ!!!!」
エミリアが、剣を握る手に力を込める。
それを見たイゾルテと呼ばれた祭壇の女は、下唇を指先でなぞるようにしながら目を細めた。
「そんなに怒らないで?
"あなた一人では変えられない"けれど、私が手伝えば、これを抑えることは出来るわ」
「それを信じろって!?
あんたを殺して止まるか確かめたほうがまだマシっ!!」
「私が、あなたたちに嘘をついたことは一度もなかったはずよ?
もちろん、これを抑えるには私の力だけでは足らない。あなたの力が必要だわ」
エミリアは、さらに何か言おうとしたのを堪え、イゾルテを睨むように見据えた。
「……わかった…………何をすればいいの」
必死に怒りを堪えるようにして言うエミリアに対し、イゾルテはうすい笑みを浮かべながら手を伸ばした。
「ここへ……目を閉じて、集中して…………後は私が…………」
何も見えなくなるほどの強い光が洞窟の中を満たし、それが収まったころ、そこには横たわったエミリアと、動きを止めた黒い球体、そしてその間に立つイゾルテの姿があった。
「ごめんなさいね。でも、"嘘"はついてないわ」
イゾルテは黒い球体に視線を向け、
「あなたの望みとは違うものになってしまったけれど、私はこれで良かったのだと思うわ。
心配しないで? あなたの願いは私が責任を持って叶えてあげる。
私の願いでもあるもの」
そう言ってエミリアを抱えると、二人を光が包み、その光とともに二人の姿も消え去っていた。
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