王国都市ウィスタリア

ふたりの姫

第一話    銀色の尻尾と黒いリボン

「ん。……う゛~~んしょ……っと」



 まだ薄暗い早朝、となりで眠る少女を起こさぬよう、もう一人の少女は、そっと、気を使いながら身体を起こした。

 深い銀色の髪からのぞく耳をプルプルとふるわせた後、まだとなりで小さく健やかな寝息をたてる少女を見る。



 外からのわずかな光でもその美しさがわかる金色の髪。

 どこか幼さの残る、それでいて綺麗で整った顔にわずかにかかった髪をそっとはらってから、指の甲で頬に触れる。



「…………かわいっ」



 目を細め愛おしげなまなざしで、しばし頬に触れていたが、



「(あっ、いけない、こんなことしてる場合じゃなかった)」



 ふと我に返り、慎重にベッドから降りると、鏡面台へと向かう。



 しなやかな姿態の後に、彼女の密かな自慢である、すこし大ぶりな尻尾が続く。

 鏡の前に座ると、自分の姿を見ながら大きなためいきをついた。


 

「(う゛~~~……っ。寝グセぇぇぇっっ)」



 ブラシを何度も髪に通しながら、耳をペタッっと横に倒し情けない表情になる。



「(もぉ~、リィリィってば~……)」



 もともと硬い髪質ではあるものの、決して寝相が悪いわけではない。

 リィリィと呼ばれた金色の髪の少女が、毎夜彼女の髪を触りながら(時に、髪に顔をうずめながら)、寝るのだ。

 無論そうであっても金色の髪の少女が寝付いた後、髪を整え眠れば済む話なのだが、彼女は彼女でそれが心地よく、いつもそのまま眠りについてしまうのだった。



「(…きょっ…今日のは手ごわいな…………)」



 いつになく盛大に跳ねた髪に苦戦していると、



「あぁぁぁぁッッ! また勝手にやってる!!!」



 つい先ほどまで、かわいらしい寝息をたてていた金色の髪の少女が、ベッドの上に立ち大声を上げた。



「びびびびっっくりしたぁぁっっっ!!!!」



 耳も、尻尾も、毛が逆立ち、派手にお手玉したブラシをなんとかつかまえた後、振り返ったころには、金色の髪の少女はすでにベッドから降り鏡面台まできていた。


 

 腰まで伸びた美しい金色の髪。小柄ですこし華奢な体つきは、まるで幼女にすら見えるが、そのまなざしは精悍な戦士のようで、か弱さはまったく感じさせない。



「マーの髪は、あたしが梳かすから勝手にやっちゃダメって言ったでしょっ!」


「だってぇ……」



 マーと呼ばれた少女は、モジモジしながら口ごもった。



「だって、何っ」



 金色の髪の少女は、ブラシを奪うと銀色の髪の少女の髪を梳かし始めた。

 プンプンと頭から蒸気を噴き出しでもしそうな様子だが、ブラシを通す手はやさしく、丁寧そのものだ。



「……だって…………はずかしぃ…………」



 銀色の髪の少女は、顔を赤らめながら、すこしふてくされた様な表情で答えた。



「あ、もしかして、こないだのこと気にしてるの?」


「…………もぉっ」



 金色の髪の少女が事もなげに、それでいてどこかうれしそうに言うと、その時を思い出したのか銀色の髪の少女は肩を上げうつむいた。


 何日か前、いつものように互いの髪を梳かし合っていたのだが、心地よさから知らず知らずのうちにつま先が上がっていて、それを金色の髪の少女に指摘されたのだった。

 それ以来、毎朝こっそりベッドを抜け出しては自分で髪を梳かすようにしていた。



「そこまで恥ずかしがることないのにぃ」



 ちょうど耳の周りにブラシを通しながら続ける。その手は変わらずやさしい。



「…だって…私のほうが、おねえさんなのに…なんかはずかしぃ…………。

 …………それにっ、リィリィがからかうし……」


「ごめんって。別にからかったわけじゃないんだってば。

 あたし、マーに髪梳かしてもらうのすごく好きで、

 だからマーも同じなんだって思ったら、うれしくなっちゃったの」


「……う~~~…………っ」



 まだ素直には受け入れらない様子の銀色の髪の少女の肩に、金色の髪の少女はそっと腕を回し、やさしく抱きしめた。



「小さい時からずっとマーがそばにいてくれたから、

 あたしはさびしくなかったの…。

 だからね?マーが、あたしにしてくれた分、

 あたしもマーになんでもしてあげたいし、

 マーに喜んでほしいの」


「……リィリィ…………。……………………匂い、かいでるでしょ」


「バレてしまったかッッ!!」


「もぉーーーっ」


「あははははっ。はいっ、じゃあ次は尻尾ねっ」


「尻尾は自分でやるってばぁ」


「ダメっ、隠れてこっそりやろうとしてたんだから、言うこと聞く日でしょうがっ」


「う~~~っ……どんな日なの、それ」



 金色の髪の少女は、尻尾を自分の膝の上に乗せ、いつものやさしい手つきでブラシを通し始めた。



「気持ちいい?」


「…………うん」


「ふふっ、そうだろうとも」



 鏡越しに見える、誇らしげにして見せたその表情が愛らしく、銀色の髪の少女は目を細めた。




「マーの尻尾って、他の獣人の人よりすこし大きいよねぇ。

 毛並みもいいし、光の加減でキラキラして綺麗だし。

 こないだも、街で獣人の人が、"……おお…………っ"。 って感じで見てたよ。

 あたし、ちょっと自慢なんだぁ」



 丁寧な手つきで尻尾を梳かしながら、金色の髪の少女は屈託のない笑顔で言った。



「そうだったの?

 リィリィもそう思ってたなんて知らなかったから、なんかうれしいなぁ。

 私も好きなんだぁ、自分の尻尾」


 

 亡父譲りの毛色と立派な尻尾は、銀色の髪の少女にとって、ある種、誇りのようなものだった。

 生まれる前にはすでにこの世の人ではなかったが故になおさら、自分と亡き父とを結ぶ唯一のものに対する愛着は強かった。 



「そーだっ! 今日寝る時、またアレやりたいっ! 尻尾でクルッってやつ!」


「小さいころやってたやつ?

 うーん……あの頃にくらべればリィリィも大きくなってるし……」


「……………」


「なーにその顔」


「今日は候補生学校の最終試験日だよ? 

 終わったら、"がんばったご褒美"が普通でしょうがっ!」


「でしょうがって言われても……。

 じゃあ、尻尾にぎゅってするやつは? あれも好きだったでしょ?

 あれなら、今のリィリィでも大丈夫なはずだし」


「あれだとマーの顔が見えないんだよなぁ……。

 仕方ありませんわ、甘受いたしましょう」


「寛大なお心、感謝いたします、姫様。

 って、あれはあれで私もはずかしいんだからね?」


「顔が見えるように腰を捻ってくださると、なおよろしいですわ」


「無理言わないでっ」


「あははっ、じゃあ次は、あたしの番ね」



 場所を入れかわり、金色の髪の少女が鏡の前に座る。

 梳かす必要を感じないほど綺麗に整った髪だが、ブラシを通すたび、まるで魔法で染め上げたかのように、艶やかな輝きを増した。



「(本当に綺麗……。毎日梳かしてるけど、何度見ても見惚れちゃうなぁ…………)」


「匂いとか、かいじゃダメだよ?」


「もぉっ、どの口が言ってんのっ」




「そういえば、リィリィっていつも黒いリボンだよね。

 似合ってるとは思うし、私も好きだけど、

 かわいい色もきっと似合うのに」



 髪が伸び、リボンを使うようになったころからなぜか黒いリボンだった。金色の髪の少女がまだつかまり立ちもできないころから見てきた彼女だが、いつの間にか黒いリボンが当たり前になっていて理由も知らないままだった。



「リボンは好きなんだけど、媚びてつけてるわけじゃない、っていう主張……かな」


「なるほど? え、でも、かわいいのもつけてるとこ見てみたいなぁ。

 私だけなら、いいでしょ?」


「え~……。マーならいいか。……あ…いや、交渉内容次第だねっ」


「あ、じゃあいいかな」


「なんでよっ!いいじゃないかっ!」


「ふふっ、何がよぉ」



 他愛もない話をしていると、部屋の扉をノックする音がした。



 

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