第ニ話    眠れる勇者

「リィザ様、マヘリア様、お目覚めでしたか。

お支度が整いましたら、いらしてください。

お食事の支度が整ってございます」


「ええ。すぐ行くわ。ありがとう」



 そう答え退室する侍女を見送ると、金色の髪の少女リィザは振り返った。



「なにぃ~?」


「なんでもないよぉ」


「なんでニヤニヤしてるのっ?」


「してないってばぁっ」


「………………」


「…………ちょっ、ちょっと……リィリィっ…やだぁっ」



 リィザが、銀色の髪の少女マヘリアに抱きつき、襟足のあたりに顔をうずめる。



「……わっ、わかったからっ……ごめんってばぁ」


「ふっ。思い知ったか」


「もぉ~~」



 耳をぺったり倒し、すこし乱れた髪を直しながら、得意げに歩くリィザの後を追う。



 マヘリアは、ああいった場面でのリィザの振る舞いが好きだった。

 普段、彼女といる時に見せる様子も愛らしくてもちろん好きなのだが、立場が関わる時の、凛とした立ち振る舞いと、美しい声色が、普段の様子をよく知るが故により輝いて見えるのだった。




 食事を済ませた二人は、すこし離れた別室へと向かった。

 中に入ると、大きな天蓋付きのベッドで眠る女性と、その脇に立つ獣人の女性がいる。



「おはよう。おば様」


「おはようございます。メリッサおば様」



 リィザの口調は、いつもの調子に戻っている。



「おはよ、二人とも。今日は最終試験なんだろ?

チャッチャと終わらせてきちゃいな。

明日はいそがしくなるからね」


「はーい」


「ほんとにわかってるんだか」


「試験は問題ないよ。マーだっているし。明日の、式典とあいさつ回りはヤだけど」


「私は式典楽しみだな。毎年お店もいっぱい出るんだよ?」



 式典では、リィザの凛々しい姿が見れ、街に出れば、めずらしい物や食べ物がたくさんあふれている。

 マヘリアは期待に耳をパタパタとさせた。



「マヘリア、今年は街に出てる余裕なんてないんだよ?」


「そんなぁ…」


「それに、最終試験の担当は、あのベッカだって話じゃない。

どーせ、とんでもないこと考えてるに決まってるからね。

あんたたちなら問題ないだろうけど、油断はしないことだよ」


「チェスナット先生って、母様たちといっしょに旅をしたんでしょ?」


「そ。昔から変わってんのよ、あの子。

腕は確かだし、いい子なんだけど、とにかく変わってんの」



 リィザとマヘリアは顔を見合わせた。

 たしかにチェスナット先生は「変わってる」。



「さ、そろそろ行きな。がんばってくるんだよ?」


「はーい」


「はい、おば様」




メリッサに返事をした後、二人はベッドで眠る女性へ向き直った。


 小柄で、まるで少女の様にも見える。

 顔立ちもどことなく幼いが、その幼い顔に似つかわしくない傷跡が、かつて眼帯で覆っていた右目に刻まれている。 



「いってきます。母様」


「いってまいります。義母上様」



 返事はない。


 メリッサが気遣わしげにリィザに視線を向ける。


 マヘリアはいつものように、そっとリィザに身体を添わせた。


 リィザは、魂の分だけ身体をあずけるように、ほんのわずかマヘリアに寄りかかりながら、彼女の母、『隻眼の勇者』エミリア・ベオトーブを見つめていた。






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