第三話 シルグレ広場
朝の挨拶を終えたリィザとマヘリアは、館を出て騎士候補生学校へ向かった。
宮殿の城門を抜け、すこし長い階段を下りると、大きな広場に出る。
二人が住む王国都市ウィスタリアにはいくつか広場があるが、ここはその中でも一番規模の大きな広場だ。
宮殿の真下ということもあり警備の兵の姿は多いものの、露店も多く出ることもあって大人や子供を問わず常に人で賑わっている。
中央には、かつて「三族戦争」を収めたとされるトリスタン王の石像が建っていて、ちょうどそこを抜けようとした時、マヘリアがリィザを呼び止めた。
「ねぇ、リィリィ、『サイラス英雄譚』の人形劇やってるよっ」
「はいはい、急がないと遅れるよ」
『サイラス英雄譚』は、隻眼の勇者一行の一人であるサイラス王子を主人公に、その激動の半生を描いた物語で、それを基にした人形劇は、子供を中心とした字が読めない者たちの間で絶大な人気を博していた。
マヘリアもそのうちの一人で、人形劇に始まり、『サイラス英雄譚』の初版をわざわざ探して買い求めるほどだった。
「ねぇ、ちょっと観てこぉよぉ」
「もう何度も観てるでしょっ。本でだって何度も読んでるし」
「ちょっとでいいからぁっ。ねぇ~~っ」
「遅れるってば。
だいたい、父様のことも、旅の話も、メリッサおば様に聞けばいいんだし」
「わかってないなぁ。
それはたしかにそうなんだけど、それとこれとは話が別なんだよぉ。
なんてゆーのかなぁ、読む人の心を掻き立てるってゆーか、お話に引き込む展開の妙ってゆーかさぁ。
それに人形劇では人形使いと語りの力量が…………待ってよぉっ」
「おじ様とおば様に挨拶してくんでしょ?」
「う、うんっ」
トリスタン広場を抜け、しばらく歩くと別の広場に出た。
広場の中心には、地面に突き立てた大剣を手にした獣人と、彼に寄り添い立つ、髪の長い美しい「人族」の女性の像が建っている。
像の獣人は多くの獣人と違い、その姿はより獣に近い「全獣」と言われるものだが、像は緻密な造りで、毛並みまで見事に彫り上げられている。
像の周りには花が植えられ、そこに置かれた石碑にはこう書かれていた。
ー 我が真の友にして 救国の士 シルグレを とわに称えん ー
ー サイラス・ウィスタリア ー
「父様、母様、いってきます」
二人の墓は王国都市内の墓地にある。
だがマヘリアには、二人はここにいる、そんな気がするのだ。
「おじ様、おば様、マーは人形劇観ようとしてました」
「ちょっ…リィリィっ。…あっ、ほら、早くしないと遅れちゃうよっ」
「はいはい」
「でも、せっかく戻るんだし、通りがけにちょっとだけ観て…」
「いかないっ」
「はぁい……」
二人は来た道を引き返し、騎士候補生学校へと歩き出した。
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