『サイラス英雄譚』"超"天才魔導士ベッカ・チェスナットの場合

第三章  一節

 目を開けると、雲の浮かぶ青空が見えた。


 ……外……? なんで、あたしは外なんかで寝ている……。


 まわりは、ひどくうるさい。



「……う…ぁっ…………くっ!」



 体を起こそうとしたが、強い痛みに耐えきれずに再び空を見上げるはめになった。


 なにが起きた……。



 今日は野外演習だったはずだ。


 アリシアが演習にこっそり持っていく食べ物の買い出しを手伝って……そういえば、あたしも"予備"を持たされてたな…………今は、それはいい。

 

 ……南部地域の境に向けて行軍して……それから……。


 ……騒がしい……。

 すこしは静かにできないのか。〇〇が。


 ピーピー泣き喚きやがって……。

 

 ……血の匂い……?



「ぐっ……ぁあああっ……くそがっ!」



 なんとか体を起こすと、そこら中に人が倒れていた。


 そして、自然と「それ」が目に入る。


 牛の頭をしたバカでかい魔物が、随行の教官を一人、殴り飛ばしていた。

 その場には、あと二人。立ち向かってはいるが怪我が重そうだ。


 泣き叫ぶ者、血まみれで呆然とへたり込んだ者、動かない者、動かない者にいたっては身体の一部がない者も多い……あれはなんだ……?


 頭が回らない。

 胸の下も痛む。


 視線を落とすと、重騎士科のやつが転がっていた。

 名前は知らないが、たまに見るやつだ。


 ……こいつが、ぶつかってきたのか……。


 そう思った途端、すこし思い出した。

 行軍中、いきなり大きな土煙が上がったと思ったら、悲鳴の中、次々と人がはね上げられるのが見えて……次の瞬間……。


 ……アリシアは……?



「アリシアッ!? う…っぐ…」



 傷に響く。だが、アリシアは…っ!?



「ベッキー……!」



 声の方へ目を凝らすと、動けない他の候補生を引きずるアリシアが見えた。

 


「……よかった、ベッキー! 今、そっちへ…」

「来なくていい! …っ。アリシアは、そのままそいつらをっ」


「……ベッキー……」


「まかせろ。大丈夫だ」



 頷いたアリシアは、他の候補生のもとへ駆け寄っていった。


 ぼろぼろ泣きながら、けど、こういう時、自分のすべきことのために動ける子だ。



 他に動ける者は……。

 

 あいつは? こんな時、真っ先に前に立ちそうな、例の"王子様"がいない。


 

「……あれか」



 ケンケンやら人やら、血で真っ赤に染まった"山"にもたれかかるようにして、だれかが横たわっている。

 そいつも血まみれで、ろくに顔はわからないが、そいつにすがりついて泣く眼帯の候補生を見て、例の"王子様"だと察しがついた。



「……まったく。ろくでもねぇな、くそが」



 やるしかない、か。

 息を吸うたび、ひどく痛む。詠唱に影響が出そうだ。



「……おい! この〇〇牛が…ッ!!

てめぇ、アリシア泣かせやがって! ただじゃおかねぇ!!

口が気持ち悪ィんだよッ! あと、うるせぇ!!

とっとと、消し飛びやがれッッ!!!

【爆焔業灰衝】イム・エルプラリキニス!!!」



 〇〇牛の、ムダにでかい角から汚ねぇ腹のあたりまで、巨大な爆発が起こる。

 


「そいつは爆発だけじゃない。こんがり焼いてやるよ」



 さすがに"詠唱"の速度は落ちたが、発動さえしてしまえば関係ない。

 〇〇牛の上半身を業火が覆った。


 

 すぐにアリシアの様子を……。


 〇〇牛から視線を逸らした次の瞬間、あたしはまた、雲の浮かぶ青空を見ていた。



「……なん……ぐぅぅぅ……っ!!」



 肩が熱い。


 なんだ……なにが……。

 


 散々痛いんだ。身体を起こすのも慣れた。


 

「はんっ……くそが……」



 〇〇牛が気持ち悪ィくちから、妙な光の筋を吐いている。


 身体の一部がないやつらの原因は、あれか……。


 肩が、文字通り焼けるように熱い。



「……お返しってわけか。…上等だ……何倍にも…して……返して…やる……よ……っ」



 這いずるようにして、杖を杖に……はん、笑えない……なんとか膝をついた体勢にはなれた。


 もう立てない。


 けど、まだ戦える。

 アリシアが逃げるまで、足止めを……。

 

 


「…………あいつ……」



 "王子様"にすがりついて泣いていた眼帯の候補生が、なにか喚いている。


 あの"むっつり眼帯"。まだ逃げてなかったのか。

 やめろ。死ぬぞ。




「……あれは……なんだ……?」



 ひとしきり喚いて剣を抜いた"むっつり眼帯"を柄にもなく心配したあたしの目には、見たこともない光に包まれた、そいつの姿が映っていた。






 

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