第三十八話  石集め爺さん

「むっ……北部のほうが、はちみつが効いてる…。……でも、王国都市ウィスタリアのにくらべて、なにか足りないような…。焼き方も、ちょっと違うけど……。あ…うん…でも、この大きさにちょうどいい味かも…」



 直通だけあって、ビナサンドには二日後の朝には到着した。

 港には朝市が並び、活気で賑わっている。


 ビナサンドまでの航海の間中、ひとしきりごね尽くしたマヘリアだったが、朝市で買った「まんまる焼き」の袋をかかえ、今は"研究"に余念がない様子だ。



「石集め爺さんの家は、あの丘の上らしいぜっ」



 小物を売る出店から戻ったクロヴィスが、張り切った様子で言った。


 小高い丘の上の家は、町からでも見ることができる。



「早く行こうぜっ」



 先頭を切ったクロヴィスが、一行を急かすように何度も振り返りながら、足早に町中を行く。



「まったく……すっかり張り切っちゃって……」


「クロは昔から、お金大好きだよね」



 あきれた様子のリィザに、マヘリアがころころと笑いながら答えた。






 町を抜け、すこし離れた丘の上に着くと、古い家があった。

 遠くから見た印象よりも大きく、何度も建て増ししたのだろうか、どこか継ぎはぎした不思議な外観をしている。

 柵に囲われた一角には植物がたくさん植えてあり、その中で作業している老人が見えた。



「こんにちはー」


「ん……おや、こんな時分によそから来客とは。はい、こんにちは。なにか御用かな?」



 老人が柔和な笑顔を一行に向けたが、細めた目の視線の先がリィザに向けられていることに、だれも気付くことはなかった。



「……魔族?」


「ええ……魔族ですね。おじいさんと聞いていたので、てっきり人族の方かと…」


 

 ランスとテオが、ひそひそと話していると、クロヴィスが気にも留めない様子で意気揚々と袋を掲げた。



「赤い石を持ってきたんだっ」


「おお、おお、これはまたずいぶんと、たくさん。私は、ラモーヴという。ささ、中に入ってくれ。歓迎しよう」



 魔族の老人、ラモーヴにつづいて入った家の中は、乾燥した植物が吊るされ、いたるところにたくさんの書物が積んであった。棚には見たこともない、魔法具らしき物も見られる。 

 一見雑然としているが、不思議と、散らかっているという印象は受けない。



「では、さっそく石をみせてもらおうか。……ほぅ、これはこれは……。

いろいろと集めたね。鮮度も高いものが多い」


「だろ? 大変だったんだぜ? いい値、つけてくれよなっ」



「石を見ただけで、いろいろわかるんだね。クロも意外と詳しいし」


「クロは絶対、わかってないでしょ」



 赤い石の買取交渉はクロヴィスに任せ、一行は家の中を見渡していた。

 特にカティアは、いろいろと興味が向いたらしく、吊るされた植物をながめたり、手に取りこそしないものの積まれた書物の表紙をしきりに見て回っていた。



「気になるものがあれば、手に取って読んでも構わんよ?」


「…いいの?」



 つまんだ赤い石をかざして眺めながら、ラモーヴがカティアに声をかけた。

 カティアが、めずらしく上気した顔で、どれから読もうかと悩んでいる。



「カティア、楽しそう」


「本当は、座学のほうが好きだからな」



 マヘリアとランスが、興奮した様子で本を読み漁るカティアを眺めていると、



「あの…失礼ですが、お年は…? すみません、魔族の方で…その……、"見た目"も、ご高齢な方を初めて見たので…」



 テオが、おずおずとラモーヴに声をかけた。

 ラモーヴは、赤い石の鑑定を続けながらカラカラと笑う。



「そうだろうねぇ。私も、私以外で、年老いた魔族を見たことがないよ」



 人族・魔族・獣人族では、人族が最も長寿ではあるが、寿命にそれほど差があるわけではない。

 ただし、魔族・獣人族は見た目、あまり年を取らず、特に魔族にいたっては生涯幼い見た目の者もいるほどで、年老いた魔族は珍しかった。



「魔族と獣人族が、"老いることがない"のには、魔族と獣人族、それぞれに"仕組み"があるんだが…、こと魔族に至ってのそれは、魔力が関係している」



 ラモーヴが、別の石をつまみながら話を続ける。



「魔族は己が魔力を消費し、"若さ"を維持しているのだよ。そしてそれは本来の寿命を縮める行為に他ならない。だが…同時にそれらは魔族にとって"無意識"のものだ。故に、若さを維持するために魔力を消費するのを止めれば、必然、長生きできる、というわけなんだよ」


「そんなことが…。興味深いですね…」


「………………」

「?」

「わかったか? 今の」

「いや、全然わかんねぇ」

「………………」



 「無論、その結果こうして年老いてしまうわけだがね」とカラカラ笑いながら、ラモーヴは次の石をつまんでは眺めている。

  

 テオのみが難しい顔でしきりに頷いていたが、他の面々は理解が追いつかない様子で、マヘリアは話を聞きながら「まんまる焼き」をポイポイと口に運び、カティアはそもそも本に夢中で聞いていなかった。





「ラモーヴさーん。頼まれてたもの持ってきたけ……あ…ども。よそからお客なんて、めずらしいね」



 石の鑑定が続く中、大きな袋を抱えた少年がラモーヴの家に入ってきた。



「やあ、やあ、ミローシェ。いつもすまないね。渡したいものもあるから、奥で待っていてくれないか」


「わかった」



 少年はリィザたちに軽く頭を下げると、袋を抱え奥へと入っていった。



「あの子は?」


「ああ、町の子だよ。友達と石を拾ってきてくれる。よくお使いを頼んでいるんだ。

年を取ると、町まで降りるのもひと苦労でいけない」



 ラモーヴは心なしかうれしそうに微笑みながら、次の石をつまんだ。




 

「なぁ、ジィさんは、なんでこんなもん集めてんだ?」


「フフ…罪滅ぼし…かもしれないねぇ」


「なんだそりゃ」


「私は"若さ"と引き換えに、多くの時間を得た。おかげでいろんな経験をさせてもらったよ。年を取ってからでも、出来ることはたくさんあるものだ。

…だがね、同じ"出来る"ことでも、"その時"にしか得られないものというものが、残念ながら存在する。そういった、"忘れ物"たちに償いをし、動かなかった過去の自分へ懺悔をしているのさ」


「……懺悔? 責めるんじゃなくてか?」


「フフフ…そういうものなのだよ」


「ふぅん……痛っ…」



 生返事のクロヴィスが「まんまる焼き」の袋に伸ばした手を、もくもくと真顔で頬張るマヘリアに目にもとまらぬ速さで叩き落とされた時、鑑定が終わったのか、ラモーヴは赤い石の袋はそのままに家の奥へと入っていった。



 

「なかなか上等な石だったよ。数も申し分ない。代金は、このあたりでどうかな?」


「こんなにっ? …いいのか?」


「もちろんだ。すこし色もつけさせてもらったよ。君たちとは、今後も懇意にさせてもらいたいからね」


「まかせろっ。もっと集めてくるぜっ」


「その時には、いいものを用意しておこう」





「じゃあなっ、ジィさんっ!」


 

 ラモーブに家の外まで見送られ、一行は丘の上の家を後にした。



「素晴らしいじゃないか……。生き恥をさらしてきた甲斐があったというものだ。

だが……フフ…………いざ終わりが定まってみると、実に、未練がましい気持ちになるものだね」



 そう、つぶやき微笑むと、ラモーヴは家の中へと戻っていった。

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