「大逆」と老人

第三十七話  『大逆』

「えぇぇぇっっ!? ココガレーには行かないのっ!?」



 マヘリアの大声に、背後を通り過ぎようとしていた若い船乗りが、一瞬飛び上がるほどに驚いた表情でマヘリアを見た後、何度も振り返りながら去っていった。


 アオニ村を後にした一行は、北部地域を横断する船に乗るため、最北の町エギモに来ていた。

 エギモは、北部地域から大きく張り出した半島の先端に位置する町で、北部を行き来する船の始発・終着地点であることもあって、常に多くの人出で賑わっている。



「特にココガレーに寄る理由もないしね。魔獣の発生や、その予兆もないみたいだし」


「……そうだけど……」



 淡々としたリィザの口調に、マヘリアがいじけたような、甘えるような視線を向ける。



「まんまる焼きなら、他の町でも食べられるから。ね?」


「……そうだけど……」



 マヘリアの好物のひとつである「まんまる焼き」は、北部の港湾都市ココガレーが発祥とされている。



「マー。まんまる焼きは、たしかにココガレーが発祥だけど、北部のは、中央地域のにくらべて小さいんだぜ? 三分の一くらいなんだ。食った気しねぇだろ?」


「………………」



 無言でそっぽを向いたマヘリアに、クロヴィスが、町で買い足した荷物を思わず落とすと、リィザとランスが悪い笑みを浮かべた。

 テオが、あわてて間に入る。



「わ…わかります! やっぱり本場の味は、一度味わってみたいですもんねっ」


「そう…! そうなの、テオ君! どうして小さいのか、どうして大きくなったのか、どこがどう違うのか…! 焼き方は…! 実際食べてみないと、わからないんだよっ!」


「え…ええ! そうですよね…! あのっ…でも、僕が以前北部をまわった印象では、味も作り方も、北部全体で遜色なかったはずですし、…その……あ……」


「………………」


「…マヘリア、アニカから預かったものもあるんだし」


「う…、うん……」



 テオの奮闘むなしく再びいじけそうになるマヘリアを、カティアの言葉が引き戻した。

 

 アオニ村を出る朝、すっかりマヘリアになついていたアニカをなだめるのは大変だった。特に、マヘリア自身がアニカに情が移ってしまったのもあって、なおさらであったのだ。

 マヘリアが、尻尾の毛を切って小さい束にしたものをアニカに贈り、アニカも、時間をかけて集めた「赤い石」をマヘリアに託し、ようやく別れたのだが、若旦那にしがみつき"さめざめ"と泣くアニカを思いだしては、道中ふいに泣き出すマヘリアに一同はすっかり困り果てたものだった。






「さて、と……。あのお姫様の一件で、すっかり忘れちまってたけどよ。

魔獣のこと、話してくれよ。……いったい何を知ってんだ?」



 エギモから出た船の上。

 一行が、ひとしきり「初」船を堪能した後、クロヴィスが切りだした。

 リィザとランスが顔を見合わせた後、皆に向き直ったランスが口を開く。



「俺から話そう。みんな『大逆』レグルス・ベオトーブは知ってるな?」



 クロヴィスたちが、一瞬リィザに視線を向けた後、真剣な顔つきでうなづく。

 リィザは、皆の無意識の視線が集まることを想定してか、斜め下あたりに自らの視線を向けていた。



 『大逆』レグルス・ベオトーブ。

 後に「魔眼」と呼ばれる色違いの両眼を持ち、歴代最速で八つの魔獣を倒したことで「『迅雷』の勇者」と呼ばれながら、突如として王国に反旗を翻した大罪人。

 当時の大神官を殺害し、教会騎士団を全滅ちかくまで追い込むほどの熾烈な戦いの末、ついに討ち取られ、その亡骸は磔にされたまま王国中を巡り、ゆく先々で「石打」にされたという。

 およそ四百年前の人物と言われているが、王国全土、『大逆』の名を知らない者はいない。



「……はじめに言っておくと、これはまだ確証を得られた話じゃない。そもそも、これが何を意味するのかすら、わからない…。そういう話だ」



 ランスとリィザが、再び視線を合わせた後ランスが続ける。



「俺たちが以前、トクサで戦った魔獣。そして、今回のアオニで戦った魔獣。それらは、『迅雷』の勇者が倒した八つの魔獣と同じものだ」


「やはり、そうでしたか……。僕はあまり詳しくはないので、もしかしたら…という程度でしたが…」


「テオ君…? ……えっ…と…。『迅雷』の勇者が『大逆』なのは、わかるけど、その時の魔獣が出てくるってどういうこと…?」


「それはわからない…。ただ、トクサに現れたのは"エダーウーヌ"、アオニのが"ドゥオレペタ"という魔獣で間違いないはずだ」


「……なるほどな。それでいろいろ詳しかったわけか。…けどよ、魔獣ってのは同じのは出ねぇんじゃねぇのか?」



 クロヴィスの疑問に、マヘリアがしきりに頷く。最終試験のおり、カティアに教えてもらった知識だ。



「ああ…。本来なら、あり得ない話だ。最初は亜種か、とも思ったし、長い歴史の中で、そういうこともあるのかとも思った。…ただ、今回はそもそも異例な事が多い…」


「異例?」


「…幼いころに覚醒した前代未聞の勇者の代に、歴代唯一、王国に反旗を翻した勇者の時の魔獣。そして、その勇者と同じ魔眼をもった少女……」


「あ……」



 カティアの説明は、リィザへの配慮からか「"魔眼をもった勇者"の娘」が省かれていた。



「俺もリィザも、『迅雷』の話を知っていたから気付いたが、さっきも言ったように、何か意味があるのかはわからない。……そもそも、すべて偶然ってこともある」


「偶然……なぁ……」



 口元に含みをもたせたまま、クロヴィスが頬を掻く。



「まあ、考えたところで答えは出ねぇなら、考えねぇことだ!

それより、もしこれからも『迅雷』の時のが出るってんなら、そいつらの倒し方もわかるってことだろ? 楽でいいじゃねぇか!」


「でも、ランス、こないだコアが二つあるって知らなかったよ?」


「……う…っ。『迅雷』に関する本を読んだのは、子供のころだったからな……」


「そういうことかよっ。……でもまあ、まるっきり情報がないよりはマシってやつだ」


「あ! そうだっ! ココガレーに行けば、なにか情報が…」

「…マヘリア、この船はビナサンドへの直通」


「わぁぁぁぁっっん……!!」



 カティアの言葉に、甲板に突っ伏したマヘリアの声が、北部の海の冷たい風に乗って流れていった。

 







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