第三十九話  ただいま

 ラモーヴと別れた一行は、ひとまずビナサンドに宿をとることにした。

 

 赤い石に思わぬ高値がついたことで大いにごきげんなクロヴィスは、テオの荷物を持ってやったり、カティアの苦手な食べ物を引き受けたりと、しきりに皆の世話をやいていたが、したり顔でリィザのかわりに扉を開けてやった時には、リィザから渾身の"しかめっ面"を受けていた。



「はぁ……ああいう時のクロって、ほんっと、めんどくさい」


「あははっ! なんかクルクル回ってたもんねっ」


「…モーモ肉、食べてくれたのは助かったけど」


「あれは、たんにクロが食べたかっただけでしょ」



 宿の一室。リィザ、マヘリア、カティアの女子部屋では、リィザの不満が爆発していた。



「明日もあんな調子なら、尻尾、模様にそって輪切りにしてやる」


「あー。ふふ…っ、たしかに切りやすいかも」


「…今頃、何か感じて尻尾抱えてるかもね」


「たしかにーっ。『どうした?』『……いや、なんかわかんねぇけど、尻尾に悪寒が…』みたいなねっ」



 カティアの言葉にマヘリアが、ランスとクロヴィスの声真似をしてみせると、不機嫌そうだったリィザの口元もおもわず緩んだようだった。



「今日のベッドは大きいねっ」



 三人が寝る支度をしていると、マヘリアがベッドをポンポンと叩きながら言った。

 リィザが、ひとしきりベッドを眺めた後、



「これなら三人でいけるかも」



 と、カティアのベッドに近づく。反対側からマヘリアも来ていた。



「…え…? わたしは一人がいいんだけど」


「カティアちっちゃいから、だいじょうぶだよっ」


「…ちっちゃいって…。そもそも、そういうことじゃなくて……。

……って、ちょっと……っ」



 リィザとマヘリアが、両脇からカティアのベッドにもぐり込む。



「…せまい…。…暑い…」



 間に挟まれたカティアが、小さい体をさらに小さくするようにして、声を上げると、顔を見合わせ、同時にいたずらな表情を浮かべたリィザとマヘリアが、にじり寄るようにしてさらに距離を詰めた。






王国都市ウィスタリアに戻れ? いったいどういうこと?」



 翌朝、宿の食堂に集まっていた一行の前に「ミネルヴァの梟」の連絡員が通達を持って現れていた。



「詳細は、わかりかねます。ただ、ベッカ・チェスナット様もお待ちであると」



 行商人の姿をした連絡員は、それだけを告げると大きな箱を背負い、宿の外へと出ていった。



王国都市ウィスタリアで、魔獣の予兆でもあったんでしょうか……?」


「それなら、そう言うだろ」


「叔父様だけじゃなく、チェスナット先生も、っていうのはよくわからないけど……」


「うーん……。…あっ…! ねぇ、もしかしたら、ランスに何か作ってるって言ってたやつが完成したのかも!」


「なるほど、それならわかるな。……あとは、ヴァレリオ様の用事の方だが……」


「行きゃあ、わかるさ。それより急ごうぜ。チェスナットさんが待ってるとなると、遅れれば大変だ」


 

 北部地域の沿岸都市群は、北部でも最北に位置する。

 一行は、長い陸路を抜けるため各兵団支部でケンケンを乗り継ぎ、王国都市へと急いだ。





「遅いぞっ! 私を待たせるとは、ずいぶんと"お偉く"なったもんだなっ!!」


「え…、チェスナット先生……? どこから……」


「あ! あそこ!」



 王国都市に到着した一行がトリスタン広場に差しかかかると、広場から宮殿へと延びる階段の頂上、その手すりの上にベッカは立っていた。


 マヘリアが「先生っ」と、ぶんぶん手を振るのにもかまわず、



「なにを歩いている!? 駆け足だ、○○ガキ共がッ!!」



 等々、一行が階段を上がり切るまでの間ベッカの「叱咤の言葉」が、よく通る声で広場中に響き渡り続ける。



「う~~…‥っ、恥ずかしいよぉ……」



 広場のいた住民たちからは、いたるところからくすくすと笑い声が漏れ、マヘリアは耳を倒していた。



「遅い! いくぞ、もたもたするな」



 一行が着いたのを確認するや否や、手すりから飛び降りたベッカは後ろを振り返ることもなく、さっさと歩きだしていった。

 軽く息を切らした一行が、顔を見合わせ、すぐさまその後を追う。



 宮殿に入りベッカの後に続いて行くと、その行く先の大広間にはすでにヴァレリオが待っており、すたすたと進むベッカがその横に並ぶと、くるりと振り返った。



「叔父様」


「わざわざ呼び出してすまんな。…構わん。他の者も楽にしてくれ」



 非公式の場ゆえ、いつもの調子で挨拶をしたリィザとマヘリアであったが、クロヴィス以下が正式な挨拶をしようとするのをヴァレリオが制して言った。



「まずは東部での任務、ご苦労だった。ブーゲンビリア卿も大層お喜びだ。

現在、東部では魔物の発生も落ち着き、軍備の再編に取りかかり始めているとのことだ」


「それは、なによりです」


「すでに魔獣も二体倒したようだが……実は呼び出したのは、その件だ」


「では、やはり……」


「……気付いていたか」


「まだ確証とまでは……」


「……こちらも似たようなものだ。今、歴史や魔獣学に明るい者に調べさせてはいるが、なんとも判断のしようがない、というのが正直なところでな」



 ヴァレリオは鼻でため息をつくと、疲れた顔を下に向けた。

 うつむいたまま、独り言のように言葉を続ける。



「……そこで先王陛下に、ご助言を求めた」


「……お爺様に……?」



 一行も顔を見合わせる。



「ああ。先王陛下は、ただ、『コンアイに向かわせよ』とだけ仰せになった」


「コンアイ……? そこに何が?」


「わからん。それ以上は、何もお答え頂けなかった……。

まさか、湯に浸かって英気を養え、というわけでもあるまいが……」



 南西部に位置する町、コンアイは、ルリコン山脈を背にした景勝地であり、古くから湯治の地として有名な場所でもあった。



「……わかりました。コンアイに向かいます」


「すまんな。何があるか、わからん。十分、気を付けてくれ。こちらでも、引き続き調べを続けさせる」


「はい」


「今のところ、新たな魔獣出現の予兆は確認されていない。

せっかく帰ってきたのだ、すこしの間だけでもゆっくりしていくといい」




 話が終わり、リィザとマヘリア以外に宿をとるか、客間を使うかで話をしていると、


 

「ランスロット、明日すこし顔をかせ」


「え…っ? あ、はい……」

 


 ベッカの不敵な笑みに、ランスが表情を強張らせた。



「ふっ…あまり怖がらせるな。どうだ? すこしは腰を入れて魔法を使えるようになったか?」


「…………! はいっ! まだまだ未熟ですが、研鑽を重ねております!」


「兄上は……サイラス王子は、類まれなる才能をお持ちだったが、同時に、努力を忘れない方であった。励むがいい」


「はいっ!」



「……まったく。サイラスかぶれの連中ってのは、どうしてこう、ロマンチストぶったやつが多いのかねぇ」



 据わった目で、ヴァレリオとランスを見やるベッカだったが、大きくため息をついてみせた口元には、懐旧の笑みが浮かんでいた。








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