第三十五話 恩人でも…
「アニカちゃんは、どうして赤い石を集めてたの?」
一行は「ムカデの魔獣」を倒した後、森の中を進んでいた。
幸いアニカはすぐに目を覚まし、どこにも異常は見られなかったので、暗くなる前にと休みを入れず村への帰路についたのだった。
「私、いつか村を出たいの。父様ったら『絶対ダメだ』しか言わないし。だから、内緒でお金を貯めたくて…」
「それで、赤い石を?」
「あぁ、赤い石を集めているおじいさんですねっ」
「うん。ビナサンドにいる、ラモーヴさん。
私は、母様がまだ生きてるころに一度だけ行ったことがあるくらいだけど、村の子が親の手伝いで沿岸地域をまわるから、ついでにその子に頼もうと思って」
「そういうことなら、さっき拾った石あげたら? ねぇ。……クロ。…………チッ」
「わ、わぁったよっ! やめろよ、リィ、怖ぇな! 集めんの大変だったんだ! しょうがねぇだろ」
クロヴィスは、一人でせっせと拾い集めた時間を想いながら、重そうな袋を大事そうに抱えた。
「ううん。もういいの。私のせいで、いっぱい迷惑かけちゃったもん。
エクルにも謝らなきゃ……」
「アニカちゃん、すごい…。おねぇさんみたいだねっ」
「え……っ。そ…そうかな…っ」
「………………」
耳をパタつかせながら興奮気味に言うマヘリアに、はにかむアニカ。
さも不満げな様子で頬を膨らませるリィザに、集めた赤い石がどうなるか、まだ宙に浮いた状態でヘタは打てないと、「リィとは大違いだな」の一言を必死にこらえるクロヴィスがいた。
アニカの「右眼」についてはアニカ本人の様子もさることながら、リィザが何も言わないことから、だれも触れることはなかった。
「おーーいっ!! 帰ってきたぞぉっ!!」
村の近くに着くころには、すでにあたりは暗くなっており、森の入り口でならぶ松明の中から声が上がるのが聞こえた。
「アニカ! アニカぁっ…!!」
「父様…!」
松明をかかげた村人とともに若旦那が駆け寄り、アニカを抱きしめた。
「父様、ごめんなさい……私……」
「アニカ…。……いや、いいんだ。いいんだよ、アニカ。アニカさえ無事なら、私は……っ」
「ぐす…っ。よかったぁ…」
二人の様子に涙ぐむマヘリアの腰に、カティアが手を添える。
「旅の方々っ。なんとお礼を言ったらいいのか……」
「必要ないわ。あたしたちも、あたしたちの仕事をしただけだし」
「むしろ、オレたちのほうが助けられたようなもんだしなっ」
「……そうですか」
クロヴィスの言葉に、若旦那の表情がわずかに強張ったのがわかった。
リィザとランスは横目でその表情を見て取り、クロヴィスは試すような視線を向ける。
それを感じてかどうか、若旦那は努めて明るい声で、
「もう暗くなってきました。戻りましょう。たいしたおもてなしはできませんが、今日は是非、我が家にお泊りください」
そう告げると、「家の者に準備をさせるので、ひと足先に」と足早に戻っていった。
村に戻ってからは、一行はアニカの案内で家へと向かった。
「わー、行きはバタバタだったから気付かなかったけど、立派なお屋敷だねっ」
村の顔役の家というだけあってか、家は立派な造りのものだった。
すっかりマヘリアになつき、ここまで手をつないできたアニカがうれしそうにマヘリアを見上げる。
屋敷の中では、すでに若旦那をはじめ、使用人や、手伝いで来ているのであろう村人たちが慌ただしく動き回っていた。
「ようこそいらっしゃいましたっ。あいにく父は体が悪く、ご挨拶には出られませんが、お食事の準備は整っておりますので、どうぞ奥へ」
「私、マヘリアといっしょに寝たい…」
「こらこら、無理を言って困らせるもんじゃないっ。それに父様は、これから皆様と大事なお話があるんだ。……さ、だから先に休んでいなさい」
「ア…アニカちゃん……」
食事の後、マヘリアの腰にしがみつき離れないアニカを、若旦那が何度もなだめ、ようやく引き離すことができた。
目に涙をいっぱいに浮かべたアニカのまなざしに、マヘリアも重ねた手の平を胸に当て、耳も尻尾も、しな垂れていたが、その背後には口元に隠しきれない笑みをたたえたリィザがいた。
「リィ。相手は子供じゃねぇか。それに…」
「だから今までガマンしてあげた。それに…、"それに"だからこそ許せないものはあるの」
「なんだそりゃ」
ランスとカティアが「…なるほど」と得心がいったように、うなづいている。
「い、今のってどういう意味だったんですか…?」
「当事者だからこそ見えなくなることがあるってことさ」
「…それ、ちょっとややこしくなってる」
「えっ? そうか?」
ランスとカティアのやり取りに、まったく得心がいかず、テオが首をひねっていると、
「それで? あたしたちに『大事なお話』って、なに? 寝かしつけるための、ただの方便じゃないんでしょ?」
アニカを家の者に任せ、部屋に戻ってきた若旦那にリィザが訊ねる。
「はい。まずはどうぞ座ってお待ちを。今お茶をお持ちします」
「……毒でも、入れるつもり?」
「…………。…なにを…。御冗談が過ぎます。アニカの命の恩人である、あなた方に…」
「アニカのためなら、たとえ恩人でも…でしょ?」
「………………」
若旦那からそれまでの温和な笑みが消え、クロヴィスが「あんな顔」と評した顔が張り付いたように浮かぶと、若旦那の右手の指が、わずかに曲がるのが見えた。
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