第三十四話  魔眼

 猛りきったムカデの魔獣は、以前にも増して猛然と、身構えるランスと後ろに控えるリィザに向かって駆け出していた。



「ここまでは、予想どおりだな。リィザ。"全開じゃなくても釣れるらしい"のは発見だ」


「そうだね。これからの戦いにも生かせるかも」



 二人の目の前まで突進した魔獣が、勢いそのままに体を反らし、大きく開いたハサミを繰り出した。



【光の盾・五連】フィフスクトゥム!!」



 魔獣のハサミは、たちまち防御魔法を食い破り、残り一層まで達した。



「今だっ! 頼むっ!!」



 ランスの合図のもと、待機していたクロヴィスらが魔獣の背板に飛びかかる。

 リィザもランスを飛び越え、魔獣の頭を踏み台に、背板を狙った。



「くそっ! 意外と硬ぇぞ!」

「気持ち悪いぃっ!!!!」

「ダメ。こっちはハズレ」

 


 三人が各々、節の背板を破壊したが、そのどれもがコアを持たないものだった。破壊されたはずの背板がみるみるうちに塞がっていく。



「なんだよ、これ! ホントにやり直しってかっ!?」



 三人はそれぞれ次の節を狙ったが、魔獣は、追撃を許さぬとばかりにたちまち身を丸め、開くと同時に激しく回転した。



「うぉっ!?」

「きゃぁぁっ!!」

「くっ…!」



 ランスがすぐさま展開した防御魔法により直撃は免れたものの、三人は方々に弾き飛ばされた。すかさず、魔獣がリィザを狙う。



【衝波】イムプルス

 

【疾風刃】ゲイルラーミナ



 再び飛ばされた魔獣は邪魔をされた怒りからなのか、激しくうねった後、前にも増して激しく地面を打ち鳴らしながらリィザに向け突進した。

 


「もう一度だっ!!」



 すでにリィザのもとに駆け寄っていたランスが、再び防御魔法を展開する。



「またハズレかよ! ホントにあるんだろうなっ!?」

「気持ち悪いっ! 気持ち悪いぃぃっ!!」

「こっちもダメ」


【衝波】イムプルス

  

 




「おい、ランス! 全然、当たりが出ねぇぞ!!」

「イィィィ…っ! また、うねうねしてる……っ!!」

「ふぅっ…どうするの?」

「…いつまでやるの? これ」


「……ここまでクジ運が悪いとは思わなかった…すまん」



 すでに一連の流れを五度も繰り返していたが、いまだ魔獣のコアは引き当てられず、いきり立つ魔獣とは反対に、一行に徐々に疲れの色が滲み始めていた。

 魔獣は、幾度となく飛ばされたことによほど腹を立てたのか、いつもより長く激しく、うねっている。



「仕方ないな…。俺も攻撃に加わる。テオ! 【光の盾】スクトゥムは使えるなっ!?」


「ぼぼ僕ですかっ!? 確かに使えますけど、ランスさんほどは、できませんよっ…!!」

 

「俺は素早くは動けないから、リィザの前にいては動きが遅れる。だいじょうぶだ、俺もスポット魔法でテオの前に展開させる」


「あたしもフォローするから」


「ランスさん……リィザさんまで……そんなぁ……」



 テオがおずおずと前へ出てくると、しきりにうねっていた魔獣も正位置に戻り、半身を反らすや、けたたましい"音"を上げた。

 ランスの代わりにテオがリィザの前に立ち、新たにランスの加わった他の三人が両翼に散って待機する。



「き…っ、来ます……っ!」



 魔獣は変わらずリィザに向け突進すると、ランスの展開させた先ほどよりも枚数の多い防御魔法を次々と食い破っていく。

 その間もテオは、何度も言葉を詰まらせながら詠唱を続けた。



「わぁぁっっ…!! 

わわ我、テオ・ディグベルの名において"契約"を交わすっ。

守り給うっ。清浄なる女神の御手! ス…【光の盾】スクトゥム!!」



 眼前に迫った魔獣のハサミをテオの防御魔法が受け止めると、両翼に待機していたランスたちが一斉に飛びかかった。リィザも、さらに強い光を纏い背板を狙う。

 


「今、なんか見えたぞっ! ランスのほうへ行ったっ!!」


「クロヴィスはそこで待機してくれっ! こっちから、俺たちで一節ずつ潰すぞ!」



 させじと魔獣が頭部をまわし、ハサミで背板の上の四人を薙ぎ払いにかかる。



「もう、終わらせる…ッ!!」



 リィザが、刀身を捉えることもできない速さで三たび剣を振るうと、魔獣の左のハサミが砕けるような音とともに断ち切れた。 

 大きくのけ反らせ悲鳴を上げる魔獣をよそに、背板への攻撃を加える。



「見つけたっ! 黄色いおっきい丸いのが……。ビクビクしてる…ッ! 気持ち悪いッ!!」


「言ってる場合かッ! うぉぉっ!!」



 もはや、ムカデの魔獣に関するすべてに激しい嫌悪感を抱くようになっていたマヘリアを押しのけ、クロヴィスが、コアに双剣を突き立てる。

 魔獣は静かに体をのけ反らせると、地面に体を叩きつけるように倒れた。


 

「やっと終わったぜ……っ! もう動けねぇ…!」


「疲れたぁ……」


「テオ、だいじょうぶ?」


「…あ……は…はい…なんとか……あはは」



 倒れた魔獣から降り、クロヴィスとマヘリアが地面に座り込む。

 テオも腰が抜けたように、杖を抱え座り込んでいた。

 リィザがテオのもとへ歩み寄ると、ずっと様子を伺っていたカティアが声を上げた。


 

「…魔獣の体が崩れない」


「何……っ」



 魔物は死ぬと徐々に体が崩れ、やがて消滅する。一部は赤い石を残す個体もいるが、それでも消滅することには変わりはなかった。そしてそれは魔獣にも当てはまる。


 ランスがカティアの声に魔獣を見ると、突如、甲高い人の悲鳴のような声を上げた魔獣が、古木のほうへと駆け出していた。

 一行が、わけもわからず、ただ魔獣の向かう先に視線をやると、なりゆきを見守り古木の前へと出ていたアニカの姿があった。



「しまった!!」


「アニカちゃん、逃げてっ!!」



 一瞬の間が、完全に出遅れを招いていた。

 唯一、ランスが防御魔法を展開するが、魔獣により次々と破られる。

 

 力の抜けた脚はアニカを支えることはできず、ストンと腰を落としたその顔は恐怖で歪み、悲鳴を上げることもできないようだった。

 


「……いや…………こないで…………」



 小さな少女を貫くのには、片方のハサミで十分だろう。魔獣の巨体越しに、こちらへ駆け寄るリィザたちの姿が見えていた。



「……や…っ……やだぁぁっっ!!!!」



 アニカの右目を覆っていた髪が浮いた。

 その瞬間、大気を衝撃が押し出し、迫っていた魔獣の外郭が激しい血しぶきとともに消し飛んだ。



「今の……っ」


「見ろ! もうひとつコアが、ありやがった!」


「アニカちゃん!!」



 マヘリアの渾身の大斧がコアを砕くと、再び倒れ伏した魔獣の体が徐々に崩れ始める。


 アニカは、木の根元で横たわっていた。



「テオ君!」


「……だいじょうぶです。おそらく気を失っているだけかと」


「よ…よかったぁ」


「けどよ、あの眼……。このお姫様、一体何モンだ?」


「リィザ……この子は」


「…わからない………どうしてこの子が……」



 マヘリアに膝枕され眠るアニカを、リィザが暗い表情で見つめていた。


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