第三十三話  ムカデの魔獣

 森の奥からは、大きな音がしていた。

 連続性はあるが、どこか不規則で、まるで地面を乱打するかのような音だが、大きな揺れはなく、代わりにビリビリとした振動が"古木の広場"全体を震わせていた。


 一行が古木の根元で動かずにいると、魔物が徐々に広場を満たしていく。



「おいおい、このままじゃ囲まれちまうぞっ!」


「……でも、魔物たち……まるで僕たちに気付いていないみたいですね…」



 テオの指摘どおり、魔物の群れは続々と広場に流れ込んでくるものの、一行にはまるで気にも留めず、むしろ森の奥を警戒しているように見えた。



「……どうする? へたに動けば、あの数だ……。かといって、このままでは本当に囲まれかねない…」


「リィリィ?」



 ランスとマヘリアをよそに、リィザはいまだ森の奥を見ていた。



「……くる」



 リィザが、つぶやくと同時に、森の奥から聞こえる「大きな音」に別の音が混じり始めた。森の奥から広場に入るあたりの魔物が宙を舞う。

 水面すれすれを泳ぐ魚が水を切るように、魔物の群れの中を「何かが」走っていた。


 やがて広場の中央近くに来た時、「何か」が身体を大きく反らすのが見えた。牛の魔物ワッカアルマを、その口もとの大きなハサミで捕らえている。

 たちまち、それを両断した「何か」は再び水面に潜るように身体を戻し、魔物の群れを蹂躙し始めた。



「……あいつ……あいつが、さっき言ってたやつよ……」



 アニカがマヘリアにしがみつきながら、その後ろに隠れた。



「冗談じゃねぇな、ありゃあ。どうする、リィ。今なら、魔物どもに任せてオレたちは逃げられそうだけどよ」


「………………」

「………………」


「……あん? おーい! ……どうしたんだ? ランスまで、よ」


「逃げても、あいつはすぐに追いかけてくる。やるよ?」


「お…おぅ。…どうかしたか?」


「………………」


「…………? ……ったく、しゃあねぇな!」



 クロヴィスが剣を抜き、「何か」の方へと向き直ったころには、すでに「何か」の周りの魔物は絶え、赤い石が散らばっていた。


 その全体を現した「何か」は、一度、とぐろを巻くような動きをみせた後、一行へと向き直り、その半身を反らすと、口からのぞいていた魔物の脚を飲み込んだ。




 体はいくつもの節で分けられ、太く先の鋭い脚が無数に伸びている。触角は、体長に匹敵しそうなほど長い。

 大きく発達したハサミ状の顎は、先ほど両断した魔物の血で濡れていた。




「イィィィィッッ……!! 気持ち悪いィィッ!!!」



 マヘリアが、凍えるような仕草で尻尾の毛を逆立てる。立派な尻尾が、マヘリアの身幅の倍ほどになっていた。 



「マーは、ああいうの苦手だもんな」


「マー、無理しないでいいから。アニカを守ってて」


「や……っ、やれるよっ! だだいじょうぶ……!」


「三人とも、来るぞっ!」



 "ムカデの魔獣"は大きなハサミを打ち鳴らし、反らしていた半身を戻すと、地面を乱打しながら向かってきた。

 リィザ、マヘリア、クロヴィスは思い思いにかわし、ランスはアニカたちを庇いながら、防御魔法と盾を併用して受け流す。



「サカサカしてる……ッ! 気持ち悪い……ッ!!」


「サカサカ? …んで、どうすんだっ? けっこう動きも速ぇし、こりゃ、やっかいだぞっ」


「節のどれかにコアがあるはずだ。ただ、奴の背板は魔法を通さない。俺が動きを止める。その間に仕留めてくれ」


「……ぅお…っと! あぶねぇ! リィもランスも、さっきからなんだか知らねぇが、あとで説明しろよなっ!」



 ムカデの魔獣は反らした半身を大きく振り回すと、再びとぐろを巻き、最後部のトゲでクロヴィスに襲い掛かった。

 頭部と最後部を双頭のように動かし、一行を攻め立てる。



「とんでもねぇぞ、くそっ! テオ、お姫様は任せた!」


「あ、は…はいっ! 行きましょうっ」



 テオがアニカを連れ、古木の裏手へと走っていった。



「カティア、魔獣との距離が欲しい。いけるか?」


「…わかった。時間ちょうだい」


「リィザ、エサ役を頼む」


「はぁ…。しっかり止めてよね?」


「俺がダメでも、よけられるだろ?」


「当然でしょ」



 カティアが詠唱を始め、その間もムカデの魔獣の猛攻は続いている。



「ねぇっ、コアってどこにあるのっ?」


「節のどこかだ。たしか、絶えず動いているらしい」


「なんだそりゃ! 範囲効果の魔法で一気に、ってわけにはいかねぇのかよ!?」


「あいつの背板は、魔法を通さないって言ったでしょ」


「じゃあ、当たりを引くまでやるってのかっ!?」


「そういうことだ。……始めるぞっ!」



「…静謐にして迅疾たるその名は汝。暁を疾駆せし風の化身。

我、カティア・レッダの名において"約束"を交わす。

厭え。大気の鱗。【衝波】イムプルス

 


 カティアが杖をかざすとムカデの魔獣の眼前の大気が揺れ、大風に屋根がめくれるように、一瞬のうちにその体を地面から引きはがした。



「駆けろ。月の吐息。【疾風刃】ゲイルラーミナ



 弾き飛ばされるように宙を舞うムカデの魔獣に、杖から放たれた疾風が追い打ちをかけ、魔獣はさらに空中で押し出されるかたちとなった。



「すごいです、カティアさん!! 同属性とはいえ、連続で魔法を放つなんて…っ!」



 興奮気味のテオの賛辞に、真顔で左手の人差し指と中指を立てて見せたカティアだったが、ランスの言葉通り、魔獣を無数に切りつけた風の刃は、その外殻を破ることはできなかった。


 やがて、大きな音とともに仰向けに地面に落ちた魔獣は、すぐさま体を丸め正位置に戻すと、猛りきった様子で突進を始める。



 「来るぞっ! みんな手筈どおりに頼む!」



 盾を構え、前に出たランスの後ろでは、光を纏ったリィザが控えていた。


 







 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る