アオニ村のアニカ

第三十二話  アオニの森の樹

「トクサの時も、そうだったけどよ。なにもあんな言い方しなくたっていいんじゃねぇか?」



 案内してくれた村の若者を帰し、一行はアオニの森を進んでいた。何者の気配も感

じない森はとても静かで、おだやかそのものであった。



「変に期待はさせたくない。それに……たとえどんな姿であっても、生きてるか死んでるかもわからないままよりは、よっぽどいい。クロだってそうでしょ?」


「……ま。そりゃそうだな……」



 前を見据えたまま答えるリィザに、クロヴィスもリィザを見ることなく答える。

 彼らの「父」のことを言っている。そう感じたランスが話を変えようと口を開いた。



「しかし……どう考えればいいんだ?

赤い石が落ちているということは、魔物がいる。ということは、わかるが、問題は、誰が魔物を殺しているのか、だろう」


「兵団の連中なら村のもんが知らねぇわけがねぇ。あるとすりゃ、盗賊あたりだろうがなぁ…」


「それこそ、それだけの魔物を倒せる数がいるのに、村の人が何も気付かないわけがない。ですよね」

 

「もとから落ちてたんじゃないの?」


「…マヘリア。あの子は『最近』って言ってた。魔物も『増え始めている』って話だったし、最近、誰かが魔物をたくさん殺してるってこと」


「あ、そっか」



 一行が森を進むと、やがて開けた場所に出た。

 まるで樹に囲まれた広場のような空間の中央には、大きな古木が立っている。



「あれ…? なんか前にも、こんなところが…」



 マヘリアが、きょろきょろとあたりを見回しながら言うと、



「……マー、あれだ。キアカの。こっちのも、なんか言ってやがる…」


「え…? ホントだ。あの時より小さいけど…」



 一行が古木に近づくと、"うろ"のような部分から不思議な音が鳴ってる。



 …バ………ル……………ナカ………………ン……‥デ……



「なんなんです…? これ…言葉…なんですか?」


「さぁな。シロツバルに行く前、キアカってとこの森で、こんなのがあったんだ」


「この樹にも変な穴が開いてるね。テオ君も知らない?」


「はい。こんなものは見たことありません。…………あっ! えっ!?」



 興味深げに古木の周りを見て回っていたテオが、その裏手で声を上げた。

 一行も裏に回ると、そこには小さな女の子が古木に寄りかかり眠っている。



「この子が、アニカちゃんかな!?」


「なんだ、ずいぶんあっさり見つかったな」


「……う…ん……うるっさぃ…………なんなの…もう」



 アニカが目をこすりこすり、目を覚ました。

 垂らした前髪で右目は隠れているが、すこしクセのある茶色の髪から利発そうな左の瞳がのぞいている。

 しばらくぼーっとした様子で一行を見ていたが、突然、古木に飛びのき大声を上げた。



「……だ…っ! 誰っ!? 村の人じゃない!! ……盗賊っ!? 盗賊なのねっ!?」


「ち、違うよっ。私たちは若旦那さんに頼まれて、アニカちゃんを探しに来たのっ」


「父様に……? ……うそ! じゃあ、どうしてここがわかったの!? 言ってみなさいよっ!!」


「エクル君って子に聞いたの」


「……エクル……? ……もぉぉぉッッ!! あれほど内緒って言ったのにぃ……っ!!」


「あなたがいなくなって、村は大騒ぎになってるわ。エクルって子も、父親に殴られてた」


「……えっ…………?」



 意志の強そうな目を吊り上げ、地団駄でも踏みそうな勢いだったが、リィザの言葉に目を見開き、凍りついたような表情で固まった。と、思うやすぐさま、



「……あのオッサン、またエクルを殴ったの…‥!? ……ゆるせない……おぼえてなさい……!」


「まぁまぁ、そのオッサン、お前の親父さんが睨みきかせて小さくなってたぜ?」


「……父様は、あまいのよ……」



 激情に震えた後、吐き捨てるように言って横を向いたアニカに、クロヴィスは「おー…ぅ」と口だけ動かしながらランスとテオを見る。

 ランスはどこか可笑しそうにしながらも苦笑し、テオは困ったような顔で応えた。



「それはそうと、お姫様。そんなワケでみんな心配してる。さっさと帰ろうぜ?」


「……ダメ。赤い石、まだちょっとしか拾えてないもの…」


「? どういうこと?」



 マヘリアが訊ねると、アニカは一行から視線を外し、森の奥へと向けた。



「ここにはあんまり落ちてないの。この先の方がたくさん落ちてるんだけど、今日は変なのがいて……」


「変なの?」


「大きな魔物。たぶんあいつが魔物を倒してるんだと思う。あいつがいなくなったら石を拾いに行こうと思って……」


「ふふっ、そしたら寝ちゃったんだ?」


「……うん」



 マヘリアが笑いかけると、アニカはすこし恥ずかしそうに微笑んだ。

 マヘリアには心を開いたのか、心なしか声も表情も穏やかなものになっている。

 クロヴィスは、アニカに向けられるリィザのイタズラっぽい視線が気になっていたが、それよりも、こんな小さな女の子が魔物の存在を知りながら、こんなところで寝入っていた事実に驚いていた。

 


「それにしても……大きな魔物…か」


「アニカちゃん。その大きな魔物って、どんな形してたかわかるかな?」


「脚がたくさんあるやつ。動くと音がスゴイの」



 一行は顔を見合わせた。

 

 魔物にも、通常の魔物に比べ大きな個体が存在する。

 それらは魔物の種類ごとに存在し、単体で現れるものもあれば、群れとともに現れ指揮を執るような動きをみせることもある。

 しかし、そういった個体は各魔物の「上位種」といったところで、見た目も各魔物のそれらから大きく外れることはない。



 そして「脚がたくさんある」魔物は、存在しない。



「また魔獣かよ。めんどくせぇな…」


「脚がたくさん、ですか……」


「どうしたの? テオ君」


「…えっ? あ、ぃぃいえ、たいしたことじゃ…」


「………………」

「………………」



 上半身を勢いよく折り曲げ顔をのぞきこむマヘリアに、体の前で両手を激しく振るテオを、リィザとランスが視線だけ向けて見ていた。



「…魔獣どころの話じゃ、すまないかも」



 一人、森の奥を見ていたカティアが淡々とした口調で、視線の先に杖を向ける。


 森の奥から無数の魔物が向かってきていた。

 


「走ってきやがる…! どうなってる!? こっちは、ぜんぜん向こうに気付かなかったぞ!?」


「見張られていたんでしょうか…?」


「す、すごい数だよっ」



 魔物の群れは、森の奥の暗がりから生み出されるように途切れることなく「増え続けて」いた。



「さすがにあの数は危険だ。下がろう、リィザ」



 ランスの声に、うなずいて見せたリィザが森の奥へ視線を戻した。 



「何か、くる」

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