第三十一話  アオニ村

 北部地域を進む一行は、港湾都市ココガレーへと向かうべく、まずは沿岸部を目指していた。


 北部地域は、中央平原との間に広大な森と丘陵地帯を有し、主に酪農で栄えているが、人口のほとんどは最北の沿岸部に集中しており、船での行き来が盛んであった。



「私、船って初めて! 楽しみだなぁ~っ!」


「まずは沿岸部に行かないとね」



 気の早いマヘリアは、ご機嫌な様子で先頭を歩いていたが、なにか思いついたのか尻尾をピンとさせたかとおもうと、振り返り、後ろ向きに歩きながら訊ねた。

 


「そういえば、クロとテオ君は乗ったことあるの? 船」

「マー、あぶないよ?」


「オレは、ねぇな。北部がらみの仕事はしたことなかったし」


「僕は三年ほど前、調査で北部をめぐっていましたが、調査は基本、陸路で行いますので……」


「そうなんだ……」



 不満そうに口を尖らせるマヘリアに、「すぐ乗れるから」とリィザが声をかけ、なだめていると、遠くから人の声が聞こえてきた。

 声のほうへと近づくにつれ、徐々に「それ」が切迫したものだと聞き取れ、その声は一人によるものではなく、複数によるものであるとわかった。



「なにかあったんでしょうか……?」


「わからない。でも、こんな僻地じゃ兵団施設もないだろうし、魔物や盗賊がらみなら、あたしたちで力になってあげないと。

……ねぇっ! ちょっと!」



 リィザが声をかけると、その声に気付いたのか、さきほどまで大声を上げていた人物がこちらへと駆け寄ってきた。



「……た…っ……旅のお方っ。このあたりで、女の子を見かけませんでしたかっ」

 

「女の子? 見てないわ」


「そ……そうですか…………」



 わずかに浮かんだ希望の表情は一瞬のうちに消え失せ、見るからに落胆したその男は、がっくりと膝を落としてしまった。 

 遠くから別の男が駆け寄ってくる。



「若旦那っ」



 若旦那と呼ばれた男は、駆け寄ってきた別の男に一瞬視線をやると、首をもたげ横に振った。



「若旦那……」


「なにがあったの? 女の子を探してるみたいだけど」


「あ……」



 男が若旦那を見るが、すっかり気落ちし反応がないのをみてか、リィザたちに向き直り話し始めた。



「へぇ。あっしらは、この近くのアオニって村のもんで。こちらは、村の顔役ディゴさんとこの若旦那です。いなくなっちまったのは、若旦那の娘のアニカお嬢なんでさ」


「こういうことは、よくあるの?」


「とんでもねぇ。こんなこたぁ初めてのことで。最近はこのあたりでも魔物が増え始めてるってんで、子供らも村の外には出さねぇようにしてたんでさ」


「リィリィ……」


「うん。さすがに、ほっとけないもんね。……あたしたちも探すの手伝うわ。詳しく教えてくれる?」



 リィザの言葉に若旦那は顔を上げ、すがりつくようにして声を上げた。



「ほっ……本当でございますかっ! ありがとうございます! お願いします!」




 一行は、ひとまず若旦那たちの案内でアオニに向かった。

 兵団施設から離れていることもあってか、自衛のための設備はそれなりに整っており、辺境の村にしては規模の大きな村であった。



「若旦那…ッ! 若旦那ッ!!」



 アオニに入ると、村人の一人が男の子の手を引き、駆け寄ってきた。



「見つかったのかっ!?」


「あ、いや、そうじゃないんですが……。実は、うちの馬鹿息子が、お嬢の行先を知っていたんで。おいっ…!」



 前にぐいと引き出された男の子が、おびえた様子で若旦那を見た。

 片方の頬がひどく腫れ、涙を浮かべている。



「こらっ! さっさと説明しねぇかっ!!」


「よさないか!! ……エクル、なにがあったのか話してくれるか?」


「……ア…アニカは"森"に…行くって…。最近、森で赤い…石が…たくさん落ちてて……。…それで……それで、アニカが『みんなには内緒』って…。

ごめん…なさい…っ、シモンさん……僕……」



 エクルと呼ばれた男の子は、話している最中から涙が溢れ、声を詰まらせた。嗚咽に体を震わせ、以降は言葉にならないようだ。

 若旦那は男の子を抱きしめ、背中をゆっくりさすっている。



「いいんだ…。いいんだ、エクル。よく話してくれた。おい、すぐにこの子を診てやれ。必要なら携帯魔法陣を使ってもかまわない」


「若旦那、なにもそこまで……。うちの馬鹿息子にゃ、これこそいい薬ってもん……」



 ともにリィザたちを案内した男に命じた若旦那に、男の子の父親が口を挟んだが、若旦那の無言の剣幕に押し黙った。



「へぇ……。あんな顔すんだな。あの人」



 クロヴィスが、うすい笑みを浮かべながら言う。



「なんだか、ちょっとリィリィに似てるね」


「そうそう、毛が生えてたら逆立ってたろうなっ」


「逆立てられないように、クロの毛、全部むしってあげようか?」


「いってる場合か。聞いたろ、さっきの」 


「自分が始めたんでしょ。……でも」


「ああ……『最近、赤い石がたくさん落ちてて』ってな」



 慌ただしく動き始めた村の人々の中、しきりに指示を出している若旦那にリィザたちが近づくと、



「ああっ、旅のお方。これから森に捜索隊を出すつもりです。……その…いっしょに来ては頂けないでしょうか」


「あたしたちだけで行くわ」


「…………え? …いや……しかし……」


「さっきの話……思ってるより危険かもしれない。村の人たちまで守れる保証がないの」



 思わぬ答えに、はじめは混乱した様子の若旦那だったが、リィザの言葉を聞くうちにおぼろげながらも何かを察したようだった。



「わかりました……。どうか…よろしくお願いします。……あ…ぁあの……っ!

……娘は……娘は、無事でしょうか…………」


「……わからない。でも……必ずこの村に連れて戻る」


「…………ぉ願いします……っ」



 深々と頭を下げた若旦那と別れ、村の若者の案内のもと、一行は森へと向かった。





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