北部地域

第三十話   幼なじみ

「…もふもふ…………もふもふ……もふもふ……もふ…………もふもふ……」


「な…なぁ……そろそろいいか……?」


「…もうすこし」



 要塞都市を出発した一行は、東部地域を抜け、北部地域に入っていた。


 魔獣討伐後、しばらくは近辺の魔物討伐を手伝っていたリィザたちであったが、魔物の出現数が劇的に減ったこともあり、北部地域に向かうことにしたのだ。


 エリアスは、なんとか滞在を伸ばそうと、最終的には床に臥せる芝居までしてみせたが、リィザに「マヘリアが本気で心配するから」と叱られ、しぶしぶ見送りに加わっていた。



 北部地域に入って間もなく、街道沿いの丘の上に旅人用の小屋を見つけた一行は、そこで今日の宿をとることにした。

 小屋というにはすこし大きなもので、周りは簡易的な石塀で囲われ、井戸もあり、畑や果物のなる樹まで生えている。無人ではあるものの、こういった施設が王国中に設けられており、旅人や商人がよく利用している。



「……いやぁ…たしかに約束はしたけどよ……も、もういいんじゃねぇか……?」


「…あとすこし」



 休息中各々の時間を過ごしていたが、カティアは、ここに来てからずっと小屋の前でクロヴィスの尻尾を"もふもふ"していた。

 なにかと連携することも多いことから、クロヴィスから練習を頼むことも多く、その"お礼"としてかねてより約束していたものだったのだ。


 斜め上あたりを見上げ所在なさげなクロヴィスの後ろでは、カティアが、尻尾を見つめ、時に目を閉じながら"もふもふ"に励んでいる。



「あ…! いいなっ。…………あの、僕もいいですか……?」


「…だめ」


「えぇぇぇ……っ……そんなぁ……」



 水汲みを終え、ランスとともに帰ってきたテオの言葉に、クロヴィスが「いいわけねぇだろ」と返す間もなく、目を閉じたカティアがすぐさま拒否すると、



「クロの尻尾は人気だね」



 薪割りを終えたマヘリアが、クスクスと笑いながら戻ってきた。



「オレは、マーの尻尾がうらやましいけどなっ」


「僕はクロヴィスさんの尻尾いいと思いますけど、やっぱりそういうものなんですか?」


「ああ。獣人ならだれでも憧れるな」


「ふふーーん」



 マヘリアが、尻尾を後ろで左右に大きく振ったあと、前にもってきた尻尾を撫で上げるようにしてから、その右手に絡めるように尻尾の先を揺らめかせ、自慢げにポーズを決めて見せた。

 


「………………」

「……カっ……カティアさん、代わってくださいよぉ」

「…だめ」


「?」



 本人はまったく無自覚なようだが、その姿はどこか妖艶で、クロヴィスは無言で見とれ、テオはあたふたと落ち着かない様子だ。

 


「そっ…そういえば、リィザさん遅いですね」


「リィリィは、このへんを見回ってくるって言ってたよ。あ! そうだ、クロ! 反対側は見て回った?」


「…………やべぇ。忘れてた」


 

 全員が無言でクロヴィスを見る。



「いってくる…! リィが戻るまでにいかねぇと。悪ぃな、カティア」



 クロヴィスが慌てて駆け出すと、テオがすこし言いにくそうに切りだした。



「あ…あの、リィザさんとクロヴィスさんって、…その……あまり仲がよくないんですか……?」


「え? どうして?」


「い、いえ、その…リィザさんはクロヴィスさんに対して、いつも……えっと…遠慮がないなって」



 我ながら、うまい言い回しができなかったと思ったのか、テオは気まずそうに、おずおずとマヘリアを見た。 

 ランスとカティアは、なまじ二人に関する情報があるがゆえに、へたに口をはさんでは、と慎重にマヘリアの言葉を待っているようだった。



「あ~。あの二人は小さいころから、ああだったから」


「……なんとなく、想像はできます」


「でもね、きっとリィリィはクロに、すごく感謝してるんじゃないかな」


「……感謝、ですか……?」



 意外な言葉に、テオの声はすこし上ずってしまった。

 ランスとカティアも、顔を見合わせている。



「リィリィはね、本当はすごく人見知りなの。小さいころは、いつも私にくっついて、だれか来ると私の後ろに隠れちゃうの。可愛かったなぁ」


「は…はぁ」


「それでね。だれもいなくなってからリィリィが、『いない、いない?』って聞くのっ。『もうだれもいないよ』って言っても、なかなか離れてくれなくて、それがまた可愛…」

「…マヘリア、感謝って?」


 

 徐々に興奮の度合いが増すマヘリアを、カティアが引き戻すと、



「え? ……感謝……あぁ! そう、それでね、リィリィは本当はすごく人見知りなんだけど、そう言ってばかりいられないでしょ? いろんな人に会ったり、知らない人ともたくさん話さなきゃいけなくて」


「立場があるだろうからな……」


「うん。だからきっとすごく疲れちゃうと思う。

でもクロがいてくれると、クロがどんどん話してくれるから、リィリィも、あんまり無理しなくてよくなるの。この旅でも、そうだと思うんだぁ。クロもね、リィリィのことわかってて、ああしてると思うし。リィリィも、きっとそのことはわかってる。クロがいてくれると、リィリィが元気になるんだよ」


「……元気……」



 なんとなく理解はできたが、最後の部分はすこし意味合いが違うような気がする……。三人が無言ながらも同じことを考えていると、リィザが戻ってくるのが見えた。



「みんな戻ってたんだ。何話してたの?」


「リィリィとクロが仲良しって話だよ」


「なにそれ。……そういえば、クロは?」


「見回りだよ。がんばってるみたい」


「ふぅん。じゃあ、もうすこし外で待っててあげるか」


 

 マヘリアが、「ね?」とニコニコしながら、三人を見る。



 その後、みんなを待たせた罰として尻尾の毛をむしられたクロヴィスの悲鳴が、夕日の丘に響き渡った。

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