第十九話   わたしって…

「……あのっ……皆さん、先ほどは……。どうかお気を悪くしないでください…………」



 教会都市を後にしてしばらく、テオが申し訳なさそうに一行に頭を下げた。



「いいって。あそこの人間ほどじゃねぇけど、どこにだってあのテの輩はいるんだ。オレたちだって多かれ少なかれ、ああゆうのは見聞きしてる」


「うん、ぜんぜん気にしてないよ」


「…むしろ、もっと酷いことされると思ってた」


「そしたらリィが暴れて、面白いことになったろうになっ」



 クロヴィスが可笑しそうに笑う。



「すみません…。でも教会都市シロツバルの人すべてが、ああいった考えを持っているわけではないんです」


「今の精霊教会は、強硬派が実権を握ってるんだったな」


「はい…。前代の大神官様が亡くなられて、穏健派は勢いを失ってしまったと……。

もともと精霊教会は、歴史や魔法学、魔獣学など、学問を主にする者が多いので、思想や政治のこととなると……」


「なるほどな、強硬派の連中はオレたちとは旅はしたくねぇ。かといって穏健派に手柄なんかやりたかねぇ。んで、中道派から見繕ったのが、お前ってワケか」


「そうだと思います……」



 テオが小さくなって答える。 



「そんなに気にすんなよ。オレたちは別にかまわねぇぜ」


「でも君、ずいぶん小さいけど戦えるの?」


「リィリィ、なんだかお姉さんみたいだねっ」


「なんだそりゃ。だいたい小ささなんてリィが言えた事じゃねぇだろ」



 目を剥くリィザの視線に、クロヴィスがゆっくりと顔をそむける。

 見かねたカティアが話を続けた。



「…でも大事な事。魔力は高いみたいだけど、連携のことも考えると実戦経験についても知っておきたい」


「あ、はい。僕の専門は風土・歴史で、教会都市シロツバルの外に出ての調査も多いので、実戦経験もあります。攻撃魔法も多少は。

…ただ、極力戦闘は避けていたので"戦える"かと言われると…」

 

「いや、それでいいんだ。冷静に判断できている。それも立派な実戦経験だ。リィザ?」


「いいんじゃない?」


「ありがとうございますっ」


「まぁ、駆け出しのオレらが言えた事でもねぇとは思うけどな。ともかく神官がいるのは助かる、あてにさせてもらうぜ」





「ところで、テオ君ってシロツバルの生まれなの?」


「いえ、僕は魔法都市ハイザラーク教会都市シロツバルとの間にある、

マソーという小さな町の出身なんです」



 魔法都市ハイザラークは、「三族戦争」のおりは魔族の都として栄え、以降は種族を越え、魔法研究の中心地となっている。



「…マソーって聞いたことある。たしか"炸裂草"の産地だったよね。父様が、『炸裂草はマソー産が一番だ』って言ってた」


「……なんだ、そのヤバそうな草」


「…炸裂するよ」


「いや、ぜんぜんわかんねぇ」


「炸裂草は、魔法薬の原料に使われるんです。カティアさんは、もしかして魔法都市ハイザラークの南部のお生まれですか?」


「…うん。シオウ。ランスも同じ」


「やっぱりっ。あの地方の発音が混じるので、そうじゃないかなって思ってましたっ」


「…え?」



 カティアが立ち止まる。



「…わたし、訛ってるの……?」


「あ、いえ…訛ってるってほどじゃ」


「気付いてなかったの?」

「私は、かわいくて好きだよ? カティアの話し方」

「オレはいろんなとこ行き過ぎて、訛りとか聞きなれてるからなぁ。別に気にならなかったぜ」



 リィザたちが口々に言うと、カティアが目に涙を浮かべランスを見る。



「…ランス……!」


「……いや…すまん。あえて言うことでもないかと……」


「…だって…………ランスは…!?」



 カティアが一同を見ると、互いに目を見合わせ、そして、無言ながら「ランスは別に」という顔でカティアに再び視線を向けた。



「うちは両親が、ハイザラークの生まれだからさ…」


「…わたしの父様だって…!」


「おじさんは、順応力の高い人だったからなぁ…」


「…父様ぁ……っ」



 思い当たるふしでもあるのか、カティアは両手で顔を覆いうつむいた。

 白い肌が耳まで真っ赤に染まっている。



「…カティア、あたしたちもなんとも思ってないから。マーも言ってたけど、あたしもカティアの話し方好きだし」


「そうだよっ。すごくかわいいよ?」



 リィザとマヘリアが、なぐさめるようにカティアの背中に手をやる。



「別にいいじゃねぇか。オレもいろんなとこ行って思ったけどさ、その土地にはその土地にしかねぇいいところがあるもんさ。言葉も同じだろ」


「僕もそう思います。 言葉や文化は、その土地の人々が世代を超えて長い年月を生きた、証でもあるんです。誇りに思いこそすれ、恥じることはありませんっ。

きっとカティアさんのお父様も、あの地方の風土に共鳴して……。…あぁっ、お話を伺ってみたいなぁっ……!! そもそも、魔法都市ハイザラーク南部というのは…………」


「あ……めんどくさい子だ……」


「リィリィっ」



 徐々に熱を帯び語りだしたテオをよそに、一行は街道を東に進んだ。



「…ランス、後で話がある」


「悪かったって……」


 







 



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