第十八話 教会都市シロツバル
近道をしたおかげもあって、一行は予定通り精霊教会の都市シロツバルに到着した。
幾重にも張り巡らされた高い城壁と水掘りに囲まれた巨大な都市は、精霊教会の権威と力を示すに余りあるものであり、そこを守る兵や住民を見るに、この都市の特異性がうかがわれる。
「…わぁ……本当に人族しかいないんだね……」
マヘリアが耳を倒し、落ち着かない様子で街を見回した。
城壁の上からだけでなく、一見普段通りに過ごしているかのような住民たちからも、形容しがたい視線を感じる。
「あぁ。俺も来るのは初めてだが、聞いていた通りすぎて気味が悪いな」
ランスが顔を動かさず答える。
正面を見据えたまま、視線だけを周囲に送り、あたりを警戒しているようだった。
カティアは両手で杖を握りしめ、ランスの後ろにぴったりとついている。
「割合はそれぞれだけど、どこも種族関係なく暮らしてるからな。ここぐらいだぜ。こんなのは」
「クロは来たことあるの?」
「ないない。"梟"の仕事でも、ここ関連の時は人族のやつに行ってもらうことになってる。オレたちが行っても、まともに仕事にならないからな」
「……………………」
「おい、リィ。気持ちはわかるけど、頼むから終わるまでは我慢してくれよ?」
「やってる。うるさい」
一人、気楽な様子のクロヴィスに引きかえ、リィザは教会都市に着いた時から不機嫌そうな態度を隠そうともしていない。
一行がしばらく街中を進むと、巨大な施設が見えてきた。
見事な造りのその建物はまさに宗教施設を思わせるが、それを囲む城壁と物々しい警備が異質な雰囲気を放っていた。
一行が近づくと、微動だにこそしないものの警備の者たちに緊張のようなものが走る。
「エリザベッタ様ですね。お待ち申し上げておりました。ご案内致します」
警備の者たちの中から、見事な甲冑を着込んだ大柄な男が前に出て言った。
リィザ以外には目もくれない。
甲冑の男について建物の中を進むと、中も見事な造りがほどこされ、高価そうな調度品も並んでいる。
「エリザベッタ・ウィスタリア様、マヘリア・ウィスタリア様、ランスロット・マトレ様、御到着なさいました!」
大きな扉を通され広間に出ると、甲冑の男が見事なまでに通る声で告げた。
広間の先には緻密な装飾をほどこされた大きな椅子があり、そこに座る老人と、老人の両脇に二人、椅子から扉までの通路の脇を十人ほどが並んで立っていた。そのすべてが白いローブを纏っている。
「おお……、エリザベッタ様、遠路よくぞいらしてくださいました」
椅子に座る老人が柔和な笑みを浮かべて言った。
「猊下……」
リィザが胸に手を当て、目を伏せる。
「なにぶん老骨の身ゆえ、このような所からご無礼致します。エリザベッタ様もどうぞ、お楽に」
「はい。ありがとうございます」
「これ……」
「はっ。大神官様。ここからは私めが」
大神官と呼ばれた老人に促され、そばに立っていた男が前へ出る。
「この度は、封印の任、拝命、誠におめでとうございます。僭越ながら、私共精霊教会もわずかなりともお力添えを致したく、我らが神官員の精鋭を末席に加えて頂きますようお願い申し上げます」
「感謝致します。猊下」
リィザが大神官に向き直り、目を伏せる。
「それでは……。テオ・ディグベル! 前へ!」
大神官の脇に立つ男の声に応じ、通路の列の中から一人の男性が前へと歩み出た。
背丈はリィザやカティアほどしかない。
長めの髪を両脇から後ろへかけて刈込み、利発そうなまなざしをしたその男性は、幼いといった印象すら受ける。
一行があっけにとられていると、
「これなるテオ・ディグベルは、成績優秀にして、諸国内情・歴史に明るく、その魔法・知識において、此度の大任にふさわしい人物と考えております」
「うむ。テオ・ディグベル。精霊教会の名に恥じることなきよう、励むがよい」
「はっ。大神官様。大精霊神の御名の下に」
「……いくら呼びつけることだけが目的だったとはいえ、ガキを押し付けられるとは思わなかったぞ…」
「でも、なんだかいい子そうだよ? クロ。ちょっと安心しちゃった」
「確かにガチガチの神官を回されるよりはマシだろうが…。だが、だいじょうぶなのか…?」
「…あの子、魔力は高いと思う。それに、どのみち連れて行く他はないんだし…」
リィザの後ろで控えていたマヘリアたちが、ついヒソヒソと話していると、
「それでは、エリザベッタ様、どうかご武運を」
用が済んだとばかりに、会見はあっさりと終わった。
「結局オレたちの名前は一度も呼びやがらなかったな。マーは王族だから名前を上げはしたが、目も合わせねぇ。まったく、徹底してるぜ」
「あっ……あの……皆さんっ」
会見を終え、街中を歩く一行にテオが話しかける。
「
ランスが前を見たまま小声で答える。
「だな。さっさとおさらばしようぜ。いいかげん、息が詰まる」
「えっ! 食べ物とか見ていかないのっ!?」
「いかないの。どうせオレたち相手に売る店なんか、ねぇだろうし」
「…あ……そっか」
相変わらず街中では、遠巻きに、決して感じのいいものとは言えない視線を感じる。
「今日泊まる町まで急がねぇといけねぇしな。オレも腹減ったな…今日は肉食いてぇ気ぶ……ぃてぇぇっ!!」
クロヴィスが話していると突然、リィザが尻尾の毛をむしった。
そのまま、むしった毛をパラパラと落とす。
「おいっ! リィ! 今日は何もしてねぇぞ!!」
クロヴィスが言うのも聞かず、リィザは黙ったまま歩き続け、落とした毛のほうを横目で見ている。
住民たちが、まるで汚らわしいものでも見るようにし、やがて互いに押し付け合うような素振りをしてから、意を決したようにクロヴィスの毛に近づく。
「
リィザが表情もなく唱えると、住民たちの目の前でクロヴィスの毛が一瞬で激しく燃え上がった。
悲鳴を上げ腰を抜かす住民たちを一瞥すると、リィザは興味をなくしたかのように前を向き歩き出した。
「ぷっ…く。いい気味だが、だいじょうぶなのか?」
ランスが前を向いたまま笑いを堪えて言う。
カティアもランスの後ろで、うつむき震えながら堪えている。
「加減はした」
「そりゃあいいけどよ、ああいうことなら前もって言えよな!? いきなり、むしるこたぁねぇだろ!」
「……リィリィ……」
「…ごめん、マー。ちょっと我慢できなくて…」
すこしうつむいたリィザに、寄り添ったマヘリアがそっと手をつないだ。
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