第十七話 キアカの森の樹
「本来なら昨日のうちに次の町まで行ってるはずだったからなぁ……。どうする? 近道でもするか? …………う~ん、返事がない。おい! いつまでケンケンいじってんだ!」
翌朝、先日泊まった町キアカの広場に、クロヴィスの声が響いた。
巨大な犬がしきりに尻尾を振りながら、腹をみせている。
リィザとマヘリアは巨大な犬の腹を、カティアは鼻先から眉間にかけて撫でてやり、ランスはすこし離れて"いつもの顔"でリィザとマヘリアを見ていた。
「ケンケン」は王国領内で広く親しまれている動物である。
大きな犬を選別しさらに少しずつ大きく改良したものだとか、元は狼の魔物であったものを飼いならしたものであるとか、諸説はあるが定かではない。
その巨体ゆえ、人を乗せることはもちろん、荷車を引かせたり、訓練させて魔物との戦闘用に運用したりと、用途は多岐にわたる。
だが、餌代だけでも馬鹿にならないため、所有しているのは兵団や大店商人ぐらいであった。
「はははっ、皆さんによくしていただいて、こいつもすっかりご機嫌なようです」
ケンケンの世話係であろう若い兵が楽しそうに言った。
「こんな小さな町に兵団施設があるなんてね」
「あっ……はいっ…! ここは
リィザの言葉に、若い兵は緊張した面持ちで直立した。
魔獣が出現していないこともあり市井の人々はまだ知らないが、勇者一行が出立したことは、すでに王国中の兵団施設に通達が回っている。
まして先代勇者の娘にして王族のリィザに関しては、なおさらであった。
「んで? どーすんだ? このまま街道を行ってもいいが、時間かかるぞ?」
「近道っていったって、アテなんてあるの?」
「おぉい、リィ。オレはお前たちと違って外の世界にゃ詳しいんだ。この先の森を突っ切りゃ半日以上は稼げるぜ」
「だれだって考えつくでしょ、そんなの。……ねえ、わざわざ大きく迂回するように街道が通されるぐらいだから、なにかあるんでしょ? あの森」
リィザが若い兵に訊ねた。
「私はここの生まれではありませんので詳しいことはわからないのですが、あの森は"三族戦争"以前の古戦場とかで、むやみに立ち入ってはならぬ、とか……その……出るらしい、とかなんとか」
「リィリィ、私は街道を行った方がいいと思うなっ」
「特に魔物が多い、とかじゃないのね?」
「あ、はいっ。特にそういった話は。不気味なくらい静かなぐらいで」
「…………リィリィ~……っ」
カティアの腕にしがみついたマヘリアが、耳をぺったり倒している。
「ごめんね、マー。でもあんまり遅れたくないの。危険がないなら、遅れは取り戻したい」
「う~~~っ……」
「…マヘリア、リィザは精霊教会を気にしてるんだと思う。わたしたちのことがあるし、つつかれる材料は少ないほうがいいんじゃないかな」
「……あ……そ、そっか……」
カティアがそうささやくと、はっとした様子で耳を立てる。
「近道で行こ。私がんばるっ」
「うん。ありがと、マー。怖かったら、くっついてていいよぉ?」
「だ……っ、だいじょうぶだもん!」
「…………精霊教会のこともあるだろうが、怖がるマヘリアが見たいっていうのが、一番なんじゃないか?」
「…たぶんね」
町の門へ歩き出すリィザとマヘリアの後ろ姿を見ながら、ランスとカティアがつぶやいた。
キアカの町を後にし、森を進むと、話のとおり静かなものだった。
魔物はおろか、動物の姿や鳥の声すらない。
マヘリアはリィザの腕に手を回し、あたりをせわしなく見回しながら歩いていた。
「なるほどなぁ……たしかにこりゃ『不気味なくらい静か』だ」
「……ここまでくると、さすがに警戒するな」
「だな。けどまぁ、魔物の大群でも潜んでりゃさすがにヤバイけど、これだけ静かならすぐ気配で気付けるしな。なんとかなん…っ」
「…………ぃっ!!!」
クロヴィスとマヘリアが一斉に同じ方向を見る。
「…………聞こえたか……マー」
「…う……うん…………何、これ‥…」
「何? どうしたのっ?」
「俺たちにはまだ聞こえないみたいだな…」
「あぁ…こっちからだ」
「ぃぃいくの!? クロっ!!」
「…正体がわからないまま背後をとられるのは危険。もし戦うにしても逃げるにしても、確認は必要だと思う」
「ってことだ。慎重にな」
二人の耳をたよりに進むと、森の中のすこし開けた場所に出た。
その中央に大きな古木が立っている。
「……あれだな」
先ほどよりは警戒を薄めながらも、一行が慎重に近づくと、古木の"うろ"から不気味な音が鳴っていた。
……ソ…ダ……………ダ……イ……ニ…………ラ………
「……言葉?」
「樹がか? さすがにそりゃねぇだろ。何言ってるかわかんねぇし」
「けど、空洞を風が通って鳴ってるって感じには聞こえないけど」
「ねぇ、この"うろ"変な形してるね」
マヘリアの言うように、それは通常のものとは異なる"形状"をしていた。
「……なにかがあった跡か?」
「気味は悪いけど、危険はなさそうだし先を急ぐよ?」
一行が立ち去った後も、古木は静かな森で不気味な音を発し続けていた。
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