南部地域

第十六話   旅立ちと盗賊

「しかし……こうもあっさりしたものなのか……」



 旅立ちの朝、王国都市の城門を抜けながら、ランスはすっかりぼやいていた。


 各々が出立の挨拶を済ませ、再び一同でレナード王に謁見した後、特にこれといったこともなく街を抜け王国都市を後にしようとしている。



「もっと、なんかこう……盛大に送り出されるものかと……」


「…特に魔獣の出現報告もないし、仕方ないと思う。過去には結局魔獣の出なかった時もあったみたいだし、わたしたちも何も起きずに魔物退治の手伝いで終わるかも」


「う…………はぁ…………」



 そう言うカティアを絶望の表情で見やると、ランスは大きなため息をつき、とぼとぼと歩いた。



「おいおい、何もないに越したことはねぇじゃねぇか。魔物相手だって命がけなんだしな」


「そういえばクロ、そんな剣使ってたっけ?」



 マヘリアがクロヴィスの腰の双剣に目をやる。



「お、気付いたか? チェスナットさんが作ってくれたんだけどな。扱いにくくて馴染むまでに苦労したんだ」


「あー、確か先生そんなこと言ってたっけ。礼のひとつもないって言ってた。

燃やされろ」


「リィ……朝から当たり強くねぇか……? いや、こいつは普通の剣としても変わってんだけど、魔法を宿せる特殊な剣でさ。チェスナットさんのとこに通って訓練してたんだ。あの人、容赦ねぇんだもん」


「…師匠の魔法を剣で受けたの……?」



 カティアが信じられないといった表情で訊ねる。



「あぁ、いや、受けるってゆーか剣にかけてもらうって感じかなぁ。受けるのもやらされたけど、あれはごめんだな。何度も死にかけた。それで、このメンツだとカティアにやってもらうことになるだろうから、後で合わせるの手伝ってもらえるか? 早めに慣れておきたい」


「…わかった」



「え、カティアの杖もたしか先生が作ったんだよね? 何もないのって、あたしとランスだけ? ひどいよ先生!」


「あ……いや、俺にも何か作ってるって言ってた」


「はぁっ!? …………あたしだけ? ……あたし……あたし…だけ…………マぁぁっっ!!」


「リィリィ……。よしよし……泣かないで…?」



 マヘリアに飛びつき、胸にうずめた顔をイヤイヤをするように振るリィザの頭を、マヘリアがやさしくなでていると、



「あほらし。リィ、マーにくっつきたいだけだろ。エミリア様の剣があるだろが。そもそも覚醒の力で素手でも強ぇんだし」


「クロ……、そういうことじゃないと思うな」


「そーだ、そーだ」



 リィザが勝ち誇った顔でマヘリアにしがみついている。



「……ぐっ…………リィのやつ…………!!」




「……………………」


「…なんか久しぶりに見る気がする。あれでもいいんだ?」



 久しぶりのプニニモドキ顔にも対応してみせたカティアに対し、



「いろんな要素でな。ところで、ずいぶん大荷物だな。持とうか?」


「…ありがと。師匠が携帯魔法陣をいっぱい持たせてくれて。あと試作の魔法具とか」


「心強いが、先生のお手製は使うのがためらわれるな……」




 しばらく進み、ひと気のない郊外の林に差しかかった時、行く手を阻むように、突如複数の矢が道に突き立った。



「坊ちゃん・嬢ちゃんたち、大人しく身ぐるみ全部置いていきな」


「なぁに、いい子にしてりゃ痛いおもいもせずに、お家に帰れるからよ」



 木の陰から、下卑た笑いを浮かべた男たちが姿を現した。


 ランスが自然に前へと出る。



「盗賊どもか」


「あぁ。最近増えていやがんのさ。大方、王国都市ウィスタリアに出入りする商人や旅人を狙って、ここいらで網を張ってるんだろうな。人数からして、下っ端か駆け出しの盗賊か、ってとこだ」



 クロヴィスもランスの半歩後ろに出ると、



「兄ちゃんたち、勇ましいねぇ。やめときな。装備からして、貴族か大店のガキ共が冒険者ごっこに出たってとこだろうがよ。こっちは兵団あがりだ。勝ち目なんてねぇぜ?」


「おい、ミゲル。嬢ちゃんたちはなかなかの上玉揃いだぜ? 坊ちゃんたちは殺っちまって、頂いてこうぜ」


「あん? ……へぇ、ガキばっかかと思ったが確かにありゃ高く売れそうだな。

それにあの獣人の姉ちゃんは、なかなかいいもんもってんな。売る前にたっぷり可愛がって……」

「…ちっ……クズ共が……! ……あ、おいっ!」



 クロヴィスがたまりかねて剣の柄に手をかけると、その横を金色の光が走った。



「…………ぉご……っ」



 リィザの右手が腹にめり込み、ミゲルと呼ばれた盗賊は膝から崩れ落ちた。

 すでに意識はない様子だが、リィザはすでに体を回し、その右脚が盗賊の首をとらえていた。



 ランスとクロヴィスが思わず顔をしかめるほどの「嫌な音」をさせた後、盗賊は湖面を跳ねる水切り石のように飛んで行った。



「あ………あ……ひっ…………」



 他の盗賊たちは、あまりのことに悲鳴を上げることすら出来ず、かろうじて後退りしようとしたものの、すでにその脚はカティアによって膝まで氷づけにされている。



「あらら……殺っちまったのか? リィ。すげぇ音してたぞ」


「手加減はした。死んではいないでしょ。たぶん」


「まぁ、オレも正直なとこ…………お? まだ息があるぞ、こいつ」


「そ」



 リィザはどうでもいいと言わんばかりの様子だったが、



「とはいえ、マヘリアもオロオロしている。このまま見殺しというわけにもいかないだろう」



 ランスが盗賊の首に、"癒し"の携帯魔法陣を貼り付ける。



「……ありがと」


「いや、気持ちは俺も同じだ」



 盗賊どもを全員念入りに縛り上げ、木にでも括り付けるかと相談していたところ、たまたま演習帰りの兵団の一隊と出くわし、引き渡すことができた。



「しっかし、出立早々とんだ足止めになっちまったなぁ」



 魔物も出る中で、少人数での夜道は危険を伴う。

 すこし先の町で泊まることにした。


 


 

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