第六話    デケムルムルギ 

「こいつは私のお手製だ。なかなかいい出来だろう」



 ベッカが相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、牛頭の巨人を見やる。

 木箱を破壊した後も不気味な音を発するのみで、一向に動く気配はない。



「う~ん。気持ちわるい。口とか特に。頭重そう。あと、うるさい」


「リィリィっ、せっかく先生が作ったのに、失礼だよ?」


「……二人とも、気付かないのか? ……あれは…………。

 マヘリア、キミなら気付くはずだ……」



 リィザとマヘリアが振り向くと、ランスが剣を抜き盾を構えている。

 顔は、緊張からかすこし引きつり、青ざめているようにも見えた。



「ランス…? …………あ……え?…………あれって……」



 マヘリアが、何かに気付いたように静かに驚きの声を上げると、



「……おい、あれってまさか」


「なんで……」



 候補生の中からも数人、気付いた者が困惑したような声を上げる。



「気付いた者もいるようだな。そうだ。あれは、"魔獣"デケムルムルギだ。

 もちろんさっき言ったように、私の作った複製体だがな。

 あれが、お前たちの今日のお相手だ」



 ベッカが満足気に言うと、候補生たちにどよめきが広がった。



「あれって、『サイラス英雄譚』に出てくるやつだよね……?

 でもあれ、人形劇ではくわしくやらないけど、たしか……」


「…………ああ」



 マヘリアが不安気にランスに語りかけていると、ベッカに向け他の候補生が声を上げた。



「待ってください、先生……! あれが現れた時、

 騎士候補生に多数の死傷者が出たはずじゃないですか……!!」


「随行の教官四名を含む、死者十八名。重軽傷者三十四名だ。

 そんなことは当然知っている。私もあの場にいたんだからな。

 それにあの時は不意打ちだった。

 お前たちには、こうしておしゃべりできる時間を与えているだろう?」


「……ですが!!」


「それにだ。恒常的に出現する魔物に対するものと違い、

 魔獣に関しては、その特性上、

 兵学校はおろか騎士候補生学校ですら"知識"レベルの講義しか行われない。

 現に、"読書家"諸君のほうが詳しい有様だしな。

 まさに最終試験には、うってつけというものだ。そうは思わないか?」



 しばしの沈黙の後、場は騒然となった。



「心配するな、こいつはオリジナルの半分の力もない。

 直撃を受ければ重傷は負うだろうが、死にはしないさ。

 救護班も待機させてある。明日の式典には問題なく出られるだろうよ。

 どうだっ。チビったか、ガキ共っ!」



 ハハハハハハハハッッ!!!と、ベッカの高笑いが響く。



「そういうわけだ、エリザベッタ。

 "力"は使ってくれるなよ? 試験にならんからな」


「はーい」



 軽く答えつつも、ご機嫌そうなベッカを見るリィザの目はなにかを感じ取っているかのようだった。



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