ep.5  ペンギンのちアザラシ、ところによりキタキツネ 2   

 ある日の休み時間、オレは廊下の窓から外を見ていた。



 …あの雲……白井さんみたいだ……かわいい……。


 別に禁断症状を起こしてるワケじゃない。

 今日はたまたま、まだ話せてないだけで、白井さん自体を"見れて"は、いるんだっ……!

 …こ…声だって聞けてるもんねっ…!

 かわいい、くしゃみだった……最高さ!



 …………認めたくはないものだな。

 あぁ…あきらかに白井さん成分が足りていない……。

  

 最近カラミが多かったことで、ぜいたくになってる……。

 落ち着け…オレ……初心を取り戻せ……!

 ……だめ…………涙が出ちゃう…………。



 ふと気が付くと、いつの間にか真瀬が横に立っていた。



「どーん」



 真瀬が、横並びのまま体当たりしてくる。軽い。



「…どーん」



 一拍おいて、オレも体当たりを返す。



「どーん……どーーん」



 真瀬の連続体当たり。



「……ドドドドドドッッ」



 寄りかかるように体当たりで押すと、真瀬が、きゃっきゃっと小さな子供みたいに笑う。


 これも、こいつとの「お約束」だ。




「やっぱりシロー、肥えたね」


「"肥えた"はヤメろ……」


「前は硬かったけど、すこしやわらかくなった」


「……加減してたつもりだったけど、前は痛かったか……?」


「ううん。そうじゃなくて。

でも、やわらかいほうがいいかも」


「……なんかフクザツな気持ちだ」


「ふふ」



 真瀬はまた、ぺたぺたと去っていった。


 …………すこし炭水化物控える……?

 …いや、無理だろ……。

 元運動部思春期男子の食欲を、なんだと思ってるんだ……!




 気付くと隣に白井さんが立っていた。


 白井さん……なんてかわいいんだ………涙が出ちゃう……。


 ……またモジモジしている……?

 …なんだ…?

 ……まさかオレのナーハーのゲーが、こんにちはしているのか…?

 …だとしたら最悪だ…!

 でも、それを指摘しようか悩んでくれる白井さん……。

 ……いや…! そんなことで白井さんを煩わせるなんてっ……!



「…ど……どーんっ……」  



 白井さんが体当た…………やわらかい…ッッ!?

 なんたる「ふわふわ」かっ……!!

 …い‥いいのか……こっちから返していいのか…!!


 ……愚問。これは紳士の作法として、お返しをするものなのだろう。

 薔薇の騎士、シロー……参る。



「…どーん」



 っひゃわわわわわわわっっ……!

 …やわらかすぎる……!

 ……こんな…っ……ど…どうしよう……!

 …最後までやり遂げる自信がない……!



「どっ……どーん…どーーん…っ」


 

 白井さんが連続で体当たりしてくる。


 ……ぐぅぅぅっっ……!!!

 ぜんぜん「どーん」感がない……!!

 …か……返さなくては………。

 …いやだ…! 無理だよ、兄さん…僕にはできない…っ!!


 

 ……いや…やるんだ…………。

 


 白井さんに恥をかかせるつもりか……っ!!!



「ド……ドドドドドドッッ」 




「~~~~~~~~~っっ……!!!」

「~~~~~~~~~っっ……!!!」



 ……だ…だめだ……。

 …ふわふわと、はずかしさで、魂をつなぎとめるのがやっとだ……。

 …顔が熱くて力が出ない……。

 ……姫滝、新しい顔を持ってきて……。




「どしたの? 2人して顔おさえて」



「…つねちゃん……」

「き…姫滝………」


 

 …姫滝……来てほしくなかったが、待ってたぜ……。

 


「こないだは、どーかと思ったけど、そのようすなら、だいじょうぶそうだね」



「?」

「…?」



「んじゃ」



 姫滝は、にっこり笑うと自分の教室に戻っていった。



「え…っ、ちょっ……つねちゃん!?」

「お…い…………」


 

 …姫滝……!?

 顔持ってきたけど、弾かれて焼き直し、のパターンだったか…!

 …レアパターンは今じゃないだろ……っ。



「な…なんだったんだろうな……姫滝のやつ…はははっ…」



 苦しい。我ながら苦し過ぎるぞ。



「う…うん」



 白井さん…好きだっ。

 

 …どうした……急にキモいぞ……。

 考えてみれば、好きな女子とあんなに密着したこと自体初めてで……。




「……真瀬さん、っていったっけ……?

かわいいよね、小さくて細くて…………いいなぁ」



 ……白井さん…何を……。



「…………あたし…丸いから……」



 ……何を、馬鹿な……ッ!!



「しっ…白井さんは丸くないって…! 

…あ…いや…ま…丸いっちゃ丸いんだけど、そこがいいっていうか……。

その……ままま丸いんだけど、それがかわいいところで、

別に細いとか、小さいとか、そうゆうのがいいとかはあるだろうけど、

ぜんぜんもちろん、そうゆう人だけじゃないっていうか、

むしろ丸いほうがいいって人もいるワケで、

そ…そもそも白井さんは丸いんだけど、丸すぎないっていうか、

ほどよく丸くて……」

「……そ……そんなに丸いって言わないで……っ」



 白井さんがグーにした手で口元を隠し、うつむいてしまった。



「ごごごごめんっ……オレ……、

…で…でも、白井さんはそのままで全然いいからっ」


「…………ホントに……?」


「ほ…ホントにっ。絶対。間違いなく」


「…………うん」



 ……あぁ…オレって……。

 …こんな時に気の利いた事ひとつも言えないなんて……。

 …少女漫画で修行しとけばよかったのか……いや、ギャルゲーか……?

 どっちにしてもオレはダメなヤツだ…。



「…いこっ。そろそろ授業始まっちゃうよっ」


「お、おうっ…」



 白井さんが、オレの袖をつまんで引いてくれた。


 …なんてやさしいんだ……。

 …オレは、こんなにダメなのに…。



 すっかり打ちひしがれ、

 袖を引かれて教室までを歩く間、何者かの視線を感じた。

  

 ……姫滝……っ!?

 …なんだその顔はっ……ニヤニヤするな……っ!

 …おい…いつまで見……ニヤニヤするな……ッ!!



 半身半笑いの姫滝に見送られながら、オレと白井さんは教室へと戻った。

 



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