ep.3 たい焼き
ある日の放課後、オレは白井さんと帰るチャンスを伺っていた。
と、言っても、オレは遠方、白井さんは地元だから、すぐ別れることになるんだが。
それでも、いいんだっ。
ほんのすこしでもいい、今日という日において、すこしでも白井さんと関わっていたいっ。
オレの心がピュアとキモの狭間で揺れ動いていた時、誰かが教室に入ってきた。
「まどかー。帰ろー」
「あ、つねちゃん。ちょっと待っててー」
姫滝か…っ。……おのれ……このままでは…………。
……オレのチキンハートが、声をかけるのをためらわせる……。
今日のところは、あきらめよう。ここは潔く引いて、次に備え…………。
……どこへ退けってゆーんだいッッ!!!!
いや、まぁ、家なんだけど……だけど、このまま家までの長い道のりを、自分の不甲斐なさと向き合う時間にはしたくない!
だって無理だもんね、心が持たないもの。
「ねぇ、まどか、おっちゃんのたい焼き食べてこ?」
「あっ! 食べるー!」
「熊田おごれー」
…………姫滝っ!!!
「……マジか。ひとつずつならいいぞ」
「えっ!? ダメだよ、そんなのっ」
……白井さぁぁぁぁんっ! やめてぇぇぇっ!?
「んじゃ、あたしだけおごってもらおっかなー。
熊田、あたし"お好み鯛"食べたーい」
「しょうがねぇな、マジひとつだけだぞ?」
「おっけー」
…………姫滝っっ!!!!
「も~、つねちゃんってば~。…ごめんね? 熊田くん」
「全然だいじょぶ。オレも、たい焼き好きだし」
……今日の姫滝にはいくつでも、おごってやりたい気分だ。
学校からすこし行くと小さな駅があって、その駅前に、おっちゃんのキッチンカーが出ている。
夏は、アイスを挟んだたい焼きと、かき氷を売っていて、オレもよく通っていた。
この時期は、たい焼きと、たこ焼きがメインだ。
「おっちゃーん、あたし、お好み鯛ー」
「私は、"あんこ"と、抹茶白玉」
「オレ、プルコギチーズ」
「うまいの? それ」
「けっこういけるぞ?」
「ひとくち…」
「やらない」
「………………」
やめろっ、その顔。
たしかに今日は、大恩に報いてやりたい気分だが…。
…だって……間接キスじゃん…………。
いや、姫滝がどーとかじゃなく、白井さんの前で、そんな……っ。
ってゆーか、さらっと2つたのんでる白井さんが好きだっ。
「おいおい、うちのこだわりの"あんこ"を味わってくれるのは、まどかちゃんだけかぁ?
たまには食ってけよ。だいたい、なんだよプルコギチーズってよ」
おっちゃんは見た目はゴツイが、こんなオレでも気兼ねなく話せるいい人だ。
そして無駄に声がいい。渋甘い。
「メニューに載せといて、そりゃないでしょ。ウマいっスよ? プルコギチーズ」
「うちは、甘いのダメだから」
「え? マジで?」
「え、ダメ?」
「いや、全然ダメとかじゃないけど」
「……ホントに?」
「ホントに」
…………え? なにこれ。
そういえば、さっきから白井さんが全然しゃべってな…。
もくもくもくもくもくもくもくもくもくもく。
白井さんは、両手でたい焼きを持ち、一点を見つめながら、もくもく食べている。
…………あざらしすぎる………………っっ!!!!
あざらしの食事シーンは知らないが、あざらしすぎるっ。
姫滝が動画を撮っている。
……くそっ。オレも撮りたいっ!
…あぁっ…食べ終わるっ……! どうする……今もう1つ差し出せば、あざらしモードは継続するのか…………っっ!?
「おいしかったぁ~」
……あぁぁっはっ……。終わってしまった……っ。
だが、しあわせそうな白井さん、かわいすぎる……。
今日は、白井さんとすこしでも長くいっしょに過ごせた上に、あんな姿まで……。
最高だ。姫滝には、どれだけ感謝しても、しきれない。
道順で、白井さんと別れた後、オレと姫滝はすこしいっしょに歩いた。
「今日は引き込んでくれてありがとな。いろいろ楽しかった」
「またおごれよー?」
「ひとつだけだぞ?」
そう答えると、姫滝は、いつものかわいい笑顔で笑った。
……あぁぁ……動画もらっとけばよかったなぁ…………いや、無理か…………。
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