19 そんなに殺意高くないよ

 特務神官から押収した魔道具の中でも、隠形のペンダントは特に優秀だった。

 なにせ魔力を込めると周囲の光を歪めて姿を消せるからね。魔力隠蔽スキルで気配も消してしまえば、僕の存在に気づかれる可能性はかなり低いだろう。


 そうして旧ピスカチオ市内に入った僕が最初に訪れたのは、かつてポルシェが開発した蒸留装置の地下である。

 ここでは今でも、熱水魚たちが張り切って海水を沸かしてくれているわけだけど。その熱水魚を水槽ごと亜空間に収納すれば、当然のことながら蒸留装置は停止し、都市に真水が供給されることはなくなる。


「まぁ、ちょっとした嫌がらせくらいにしかならないだろうけどね」


 真水の供給源といえば、あとは。


 水量の回復していない汚れた川も、ある程度は水源として使われる可能性がある。泥沼ボグスライムをいっぱい放っておけば、森からの瘴気で元気に汚水を吐いてくれるだろう。

 それから都市に点在している貴重な井戸は、瓦礫を落として埋めてしまおう。この井戸は長らくこの都市の住民を支えてくれた大切な設備だけど、今は敵軍に利用されたくないからね。


「真水の次に潰すのは……食料かなぁ」


 市内をくまなく探索して、飲食店の食材保管庫などを一つ一つ確認していく。手つかずの場所もけっこうあったから、念のため調べておいて正解だったよ。

 農場なんかは既に荒らされた後だったけど、残っている作物や家畜なんかは全て亜空間に収納していく。奴らが腹を空かせて現れても、ここでは何も得られないようにね。あ、ついでに毒草や毒芋なんかも色々と植えておこう。

 海沿いにいけば漁船や漁師小屋があるので、網、釣り針、ナイフからバケツに至るまで、ありとあらゆる道具類を回収して、漁をできなくしておく。


 さて、ここまで色々と手を尽くしたけど、まぁこの世界の人は魔法や錬金術を扱うことができるからね。水だって食料だって、各人なりになんとかしてしまうだろう。僕の工作なんて、本当にちょっとした嫌がらせ程度にしかなっていないとは思うけど。


「水、食料の次に潰すのは……やっぱり船かなぁ」


 十隻の軍艦が東の集落や刑務所に向かったりしたら嫌だからね。それと、この後に帝国南部から来るだろう補給艦なんかもできれば近づいて来られないようにしておきたい。となれば、やはりあの作戦か。


 そうだな、「人工礁」とでも呼べばいいかな。

 陸地から軍艦をぐるりと囲むように大回りして、海中に石キューブを乱雑に落として積み上げることで、強固な石壁を作る。海面よりは低い位置だけど、船は絶対に底を擦るような高さの壁だ。我ながらなかなか悪辣な罠だと思うけどね。

 人工礁に使う石は、辺境の海によく紛れる濃紺色のものにしておこう。あとは余裕を見て、壁の厚みは五十メートルくらいにしようか。それだけあれば、どんな船もだいたい座礁してくれると思う。まぁ、石操作魔法なんかを扱う人がいれば、取り除かれてしまうかもしれないけど。


 一般商船なんかの心配は、今は不要かな。

 というのも、こんな風に軍艦がゾロゾロ並んでいる港になんて絶対誰も近寄って来ないだろうからね。もし来るとすれば、奴らのお仲間くらいだろうし……うん、そういうのは軒並み潰してしまって問題ない。


  ◆   ◆   ◆


 障壁魔術で足場を作り、こそこそと人工礁を設置し終える頃には、日も沈んであたりは真っ暗になっていた。

 まぁ、隠密行動って制約もあったけど……なんか作り始めたら、色んなところに凝りたくなっちゃって。つい夢中になっちゃったんだよね。てへ。


 嫌がらせついでに、乱雑に積み上がった石ブロックの上には肉食海老、溺水昆布、骨喰ハマグリあたりを配置した。船から落ちた人は昆布に絡め取られ、肉も骨もペロリと食べられてしまうだろう。

 これもまぁ、魔力が強い人には効かないし、魔法を使って回避されればそれまでっていうレベルの些細な嫌がらせに過ぎないわけだけど。


 さて、良い時間になったので、僕は戦乙女隊ヴァルキリーズの待つ森の壁へと戻っていく。この壁の内部にはわりと広めの空間を作ってあるから、体を休めるにはちょうど良いのだ。


「ベッキー、みんな、お疲れ様。怪我なんかはしてないかな。森に仕掛ける罠の方は検討できた?」

「ご苦労さんっす。こっちはなかなかいい感じの罠を考えておいたっすよ。クロウさんにもちょっと意見を聞きたいっすが――」


 そうして、ベッキーたちの作った地図を見ながら、罠について話を聞く。

 ほう、これは初見殺しだなぁ。つまり、何も知らないでこの森に踏み込んだ人は、割と容赦なくハメられると思うんだよね。明日になったら僕の方で、地図に沿って必要な魔樹とかを設置してくるよ。


「クロウさんから改良案とかないっすか?」

「改良? うーん、そうだなぁ……この落とし穴から海水湖にドボンさせる罠だけどね。落ちた先の海水に、肉食海老、溺水昆布、骨喰ハマグリあたりを配置しておけば嫌がらせになるかなって」

「……めちゃくちゃ殺意が高いっすね」


 え、なんで口の端をピクピクさせてんの。

 みんなくらい魔力が強ければ、冷静に対処すれば生還できるくらいの罠だと思うけど。うん。魔力等級が上級くらいあれば、海老程度の力では傷一つつかないから大丈夫だよ。中級以下だと死んじゃうかもだけど。そんなに殺意高くないよ。


  ◆   ◆   ◆


 深夜。僕は身を隠しながら、威圧的に並んでいる十隻の軍艦へとやってきた。この時間になれば、夜間の警備要員を残し、多くの軍人がすやすやと眠っている。


 僕は前世で軍艦というものに乗った経験はまったく無いんだけど……今回はじめて乗ってみて、すごく面白いなと思ったんだよね。なんというか細部まで考え抜かれているからね。

 限られたスペースにこれでもかと魔道具を積み込んでいるから、機能美っていうのかな、無駄なく配置されたギミックがかなり興味深い。いくつか真似しようと思ってメモを取っちゃったよ。いやぁ、ついつい我を忘れて解析に夢中になってしまった。


 船底には障壁魔術を展開できるようになっているから、海に機雷なんかを設置してもあまり効果はなさそうだけど……逆に言えば、この障壁を貫くくらいの強度の攻撃だったら、船を沈めることも可能かな。


「魔砲弾の魔術を改良して、魔術式魚雷みたいなものを作っておけば、この程度の軍艦ならたぶんそれほど苦労せず撃沈できそうだね」


 さて、敵の軍艦は十隻もあって、それぞれに数百人ずつ暮らしている。空間拡張が施されていても、かなり狭苦しい感じだ。旧ピスカチオ市の方に拠点でも作ればいいのにと思ったけど、どうやら彼らは荒らし回った市街地を片付けるつもりなどないようだった。

 一隻をくまなく探索して全体を把握すれば、残りの九隻も内部構造はほぼ変わらない。魔道具がちょっと古かったり新しかったりする程度で、考え抜かれた人の導線などは既に最適化されているんだろう。


「つまり、水タンクの場所も、食料の貯蔵庫も、錬金薬の保管庫も、すごく分かりやすいってことだね」


 とはいえ、今の段階で僕の存在がすぐに露呈するような工作をするつもりはない。バレないように時間を稼ぎつつ、この軍を疲弊させたいところだ。


 真水を貯蔵しているタンクの上に小さな穴を空け、塩殻ヤドカリを大量に投入しておく。

 この魔物は普段は水中の塩分を取り込んで背中の殻を育てるんだけど、逆に塩分濃度が低くなると溜め込んでいた塩を放出する不思議な生態をしているんだよ。あぁ、生存のための瘴気はそこまで必要にならないけど、念のため少しだけ水中にポコポコと瘴気を込めておこうか。よし、こんなもんかな。


 次にやってきたのは食料貯蔵庫だ。

 ここは空間拡張と冷蔵の術式回路が組み込まれた高性能な設備だったけど、食材はむき出しで普通に空気に触れる状態だったので、森で採取した何種類かのカビをペタペタといろんなものにくっつけておいた。まぁ、魔力を使って胃腸を強化すれば問題ないくらいの毒素しか吐かないけどね。


 次は錬金薬の保管庫だ。

 この場所はあまり大っぴらにいじるとバレそうなので、小細工程度の工作しかしなかった。整腸薬と便秘薬を入れ替えたり、活力薬と睡眠薬を入れ替えたり、瘴気薬を生理食塩水に置き換えたりしたくらいだ。ダメだよ、瘴気薬なんてこんなトコに置いておいたらさぁ。これは魔物使役師が使うもので、そもそも人間用じゃないんだ。


「あとは……特務神官が三人か。放置するのは危険だよね」


 軍艦の中でも最新鋭の三隻には、狭い軍艦に不釣り合いなほど豪華に作られた部屋があり、神官がすやすやと眠りこけていた。


 なので、彼らは亜空間に回収しておいた。

 みんな神殿秘蔵の魔道具を所持していたから、これもゲットしてしまおう。隠形のペンダントなんかはキコにあげると役立ててくれるだろうし、真偽の天秤はレシーナの嘘検知魔道具と組み合わせれば精度が上がりそうだ。浄水筒は魔法式のろ過装置みたいなやつなんだけど、これも緊急時なんかに役立つだろうね。他にもいくつか参考になりそうなものがあったから、落ち着いたら色々と解析してみようと思う。


 そうだ。神官の部屋の一つに書き置きを残しておこう。内容は、そうだなぁ……「この島にある神殿の施設を確認しに旅に出ます。事件や事故の心配もありません。落ち着いたらいつかは帰るので、探さないでください」みたいな感じで。なんか家出みたいだね。


――さてと。とりあえず仕込みは済んだかな。


 彼らの溜め込んでいる真水はどんどん塩分濃度が上がり、食料にはカビが生え、錬金薬を飲めば酷いことになる。外から補給物資を積んでやって来る船は次々と座礁し、漁の道具はなく、森に採取に出かければ罠にかかる……という状態になったわけだね。

 壁の上部には魔麻草が群生しているから登ると絡め取られるし、海には魔物がうようよしているから小舟で脱出を試みるのは自殺行為。


 もちろん、魔法を使って真水を得る方法ならいくらでもあるし、食材のカビだって削ぎ落とせば大した問題じゃない。森の罠も、魔力がある程度強ければ対処可能なレベルで、ここを脱出することだって魔法次第ではいくらでも手段がある。

 有効打にはならないだろうけど、時間稼ぎとしてはそこそこ効果を発揮するかなとは思う。


 さて、彼らのことは放っておいて、僕はしばらく東の集落の避難生活を改善するのに注力しよう。あっちの方が課題が山積みだからね。頑張らないと。

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