20 君たちの船は用意してあるよ

 敵軍に対して色々と細工をしていたため、僕は徹夜の状態へ東の村落に帰ることになった。

 というか、ここ何日かずっと半睡眠スキルを使って働き通しだったから、かなり眠いんだよね。でも、もう少しだけ頑張らないと。


 そうして帰ってきたけれど、こっちはこっちで大変そうだった。

 というのも、東の集落の避難生活は、みんなかなりの鬱憤が溜まっているらしいんだよ。まぁ、そうだよね。いきなり生活の場を奪われて、親しい人を失って、冷静でいられるわけがないのだ。今のところ暴動こそ起きてはいないものの、避難場所にはピリついた空気が漂っている。


 集落に作られた大きな天幕にやってくると、陣頭指揮を執るマルシェはずいぶん忙しそうにしていた。今は住民名簿を作ろうとしているそうだ。


「……クロウ殿。帰られましたか」

「お疲れ様。ずいぶん忙しそうだね」

「えぇ、住民たちの不満が大きいのです。仕方のないことですが、騎士たちに対しても当たりが強く……また、海辺の城に住んでいる者たちに対する隔意もあります」


 あの海辺の大きな城には、拉致されてきたとはいえ余所者が住んでいる。なのに自分たちはテント生活を余儀なくされているから。ここに至るまでの経緯があるとはいえ、どうしても納得できない思いがあるんだろう。

 悲しみを怒りで上書きして、何かに当たらり散らさないと冷静ではいられないのかもしれない。こればかりは、理屈で押さえつけられるものでもないしね。難しい問題だ。


「クロウ殿の方はどうですか?」

「うん。色々と細工をしてきたから、報告書にまとめておいたよ。奴らはしばらく身の回りのことに気を取られているだろうから……ひとまず、こっちの生活環境を整えられるくらいの時間は稼げたと思う」

「……重ねて感謝を。本当にありがとうございます」


 そうして僕は、マルシェと一緒にみんなの避難生活をどう改善していくか検討を始める。

 本来なら大規模な土木建築は、領主の抱えている専門の工兵部隊がおこなうらしい。とはいえ、今回は住民が最低限暮らせる環境を超特急で整える必要があるから、僕がバリバリ働くことになるだろう。


「クロウ殿には本来なら多額の報酬をお支払いしたいところなのですが……先行きの見えない状況ですから、用意できるものがなく」

「報酬か。それなら、一つ欲しいものがあって」

「はい。ポルシェとウルシェを嫁に?」

「違うよ。冗談でもそんなこと言っちゃダメだよ。下手すると短刀ドスを持った銀髪の女の子が現れるよ」


 なにせ僕の心の中のレシーナが、既に短刀ドスを研ぎ始めてるからね。命が惜しかったら、そういうことを軽々しく言っちゃダメだと思うよ。


「僕が欲しいのは、この島の鉱物資源だよ」

「……この島には採掘場などありませんが」

「いや、掘るのは自分でやるからいいんだけどね。インスラ辺境島領の中心には大きな山がある。都市作りの報酬として、あの山をごっそり頂きたいんだ」


 なにせ今回は、これまでコツコツと溜め込んできた建築資材をすっからかんになるまで放出することになるからね。どうにかして補充したいと思っていたんだ。

 あと、あの赤茶けた山の色からすると、鉄鉱石がいっぱい取れるんじゃないかと思ってね。魔鋼も使い果たしちゃいそうだから、ここはガッツリ補充しておきたいところだ。


「分かりました……ありがとうございます」


 え、なんでそんな涙ぐんでんの? え?


「辺境の森に囲まれ、常人の到達できない場所にある山の採掘権、ですか。そんな無価値なものを報酬にクロウ殿を働かせてしまうのは、非常に心苦しいですが……そのご配慮に今は縋らせてください。決して無駄にはいたしません」

「違うよ。本当に山が欲しいんだよ」

「ふふ。そういうことにしておきましょう。すみませんが、避難民たちの生活を整えるため、ご協力をお願いいたします」


 うん。協力はもちろん惜しまないけどね。

 無理に美談にしようとしなくて良いんだよ?


 そうして、僕はマルシェと様々なことを話し合いながら、この東の集落をどう作り変えていくべきなのか、一緒に徹夜で計画を練っていったのだった。


  ◆   ◆   ◆


 各都市には必ず一つ錬金術師協会の事務所というものがあり、錬金術師の育成をしたり、周辺で働く錬金術師たちに素材を提供したり、仕事の斡旋なんかも行っている。

 現在の彼らは仮設テントで活動しているみたいだったので、亜空間にある素材を提供しておいた。体調を崩す人も多くて、治療薬なんかはいくらあっても足りないし、どうも重要なもののいくつかの在庫が枯渇しかけていたみたいだからね。


「ひとまず必要な錬金素材は僕の手持ちから補充したけど。あとは――ベッキー。君たち戦乙女隊ヴァルキリーズには森での採取をお願いしたいんだ」


 最初ほど差し迫った状況ではないものの、慣れない環境では病人も怪我人も大勢出るだろう。錬金素材の確保は急務だからね。まして今は、神殿の医療神官にも頼れない状況だ。


「森での採取っすね。自分らに任せてほしいっす」

「うん。安全には十分に気をつけてね」


 そうしてベッキーたち戦乙女隊ヴァルキリーズに採取を任せつつ。まず僕が着手したのは、港の整備である。


 本当は他にも優先度の高い作業はあったんだけどね。

 水はポルシェが、農作物はミミが用意してくれているんだけど、どうも避難民たちは「いつも食べてた魚介類を全く口にできない」というストレスが深刻らしくてさぁ。ここから手を付けないと、本当にどうにもならなかったんだよ。


 というわけで、設置されていた貧弱な桟橋を取り壊し、魔鋼筋コンクリートの杭を海底深くに突き刺しながら、海上に大きな人工島を作っていく。陸地の方には頑丈な壁を設置したし、唯一通行できる橋は跳ね橋になっているため、有事には敵の侵入を防げる場所にしているのだ。魔鋼製だから錆びにも強いよ。

 人工島には大容量の倉庫を設置し、沖に向かって埠頭を何本もニョキニョキと生やしていく。ここに漁船が停泊して、収穫した魚介類を倉庫に溜め込み、陸地に作る魚市場へと運んでいくのである。ちなみに、漁船以外の商船や客船などが停泊する埠頭は、別の人工島を作って用意する予定だ。


 という感じでだいたいの準備を終わらせた僕は、ピスカチオ市で漁師をしていた者たちを人工島に集め、設備の説明をしていく。


「さて。魚市場を再開するといっても、みんなの生活が成り立つまでは辺境伯家が接収して分配することになるけどね。何か質問は?」


 漁師たちの仕事はこれから大変だろう。

 なにせ今回の侵攻で、敵軍が押し寄せてきて最初に被害を受けたのが彼らだったのだ。人的被害はかなり大きい。場所が変われば漁のノウハウも変わるだろうし、そこはこれから手探りで構築していくことになるだろう。


「あー……クロウさんだっけ。俺は漁師たちの取りまとめをしているガレテっつーもんだが」

「うん。よろしく、ガレテ」

「あんたが凄腕の錬金術師なのは分かった。とんでもねえ港があっという間に出来上がっていく様子には、度肝を抜かれたよ。だがなぁ……残念ながら、俺らには船がねえし、漁に使う道具もねえ。みんなに魚を食わしてやりてえのは山々だが、今のままじゃ身動きできねえよ」


 あ、なるほど。

 設備から順番に説明していこうと思ったけど、彼らにとっては商売道具がどうなるかを先に知っておかないと動きようがないもんね。先に船から見せるのがいいか。


 僕は埠頭に寄せるようにして、亜空間から新造の漁船を一つ取り出す。これは港湾都市ポータムやピスカチオ市の漁船、オクサリス伯爵軍の軍艦などを参考に作ったものだ。なかなかの自信作なんだよ。


「君たちの船は用意してあるよ」

「これは……帆がないんだが」


 そう。僕が取り出した船には帆がなく、そのかわりに煙突が一本と、船の両側部に外輪が付いている。


「これは蒸気船というものなんだ。仕組みとしては、ポルシェの蒸留装置と似たようなものだと思ってくれればいい。瘴気を含む海水を燃料に、熱水魚が生み出す蒸気の力でピストンを動かし、船の横に着いている外輪を回して進むんだ」


 もちろん、辺境くらい瘴気の濃い海でしか運用できない船だけどね。

 帆船とは運用がかなり変わるから最初は戸惑うと思うけど、風向きを気にせずに漁ができるメリットは大きいと思う。これまでの漁船より積載量も大きくなるし、操縦に必要な人数も少なく済む。メリットは多いだろう。


 ついでに漁の道具も魔道具を使った最新式のものにしたから、これまでより圧倒的に少人数での漁が可能になるだろう。魚群探知魔道具なんかも組み込んであるから、漁師の人員が減ったことを踏まえても、それを補って余りある漁獲量を期待できるはずだ。


「とりあえず、何組かに分かれて蒸気船の試乗会をしようか。その後は操縦方法やメンテナンス方法を教えるよ。分担して習熟訓練を行っていきたい」


 熱水魚を使った外輪蒸気船。

 最初はスクリュー船も考えたんだけど……試作してたら、昆布が絡みついてきたり魔魚がなぜか突っ込んで来たりして、ちょっと運用が難しそうだったから外輪式にしたんだよね。とりあえず使ってみながら、問題点があれば改良していきたいと思っている。


「この近海には海賊なんかも出るらしいけど」

「はい。厄介な連中で」

「うん。帆船より蒸気船の方が小回りがきくだろうからね。そういうのから逃げるのも容易になると思うよ」


 操縦方法については何人かを選抜して教えようかなと思っていたんだけど。なんだかみんな操縦したがって、殴り合いの喧嘩になりそうだったから、魔力で威嚇して止めることになったりもして。

 最終的には、事前に作っていた十隻の新型漁船を全て港に出すことになって、みんなで順番に操縦しながら大海原を自由に乗り回し始めた。うん。なんか楽しそうでよかったよ。追加の船もすぐに作るね。

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