18 ちょっとだけだよ

 魔力量を増やす鍛錬は、今も続けている。

 とはいえ、さすがに数万人のピスカチオ市民を亜空間に収容すれば、魔力はカツカツだった。いやぁ……これほどの魔力不足に陥るのは久々だなぁ。計算上は問題なかったけど、ちょっとひやりとしたよね。


 ちなみに、収容すること自体はそこまで手間ではなかった。

 城門に亜空間のゲートを開いておけば、みんな自ら進んで踏み込んできてくれたからね。そこからは、怪我人だけを別の空間に移動させて錬金術師団に治療してもらいつつ、残った人たちにはマルシェが説明をして大人しく待機してもらっていたわけだ。


 さて。領城に魔力防壁を起動して籠城を装いつつ、こっそり抜け出して、建築した壁までやってくる。

 魔手を伸ばせば、東の集落に辿り着くのは亜空間魔法で一瞬だ。なにせ、ここは元々都市作りを想定して、かなり広い土地を確保しているからね。避難先としては十分だろう。


「――ミミ。出てきてもらってもいいかな」

「はーい、待ってたよ。畑を作ればいいのかな」

「うん、話が早くて助かるよ。農場区画の場所だけ決めるから、他の小人ホムンクルスたちと協力して食料生産をお願いしたい。ここでは数万人がしばらく暮らすことになるから、かなり大規模なものを作ってほしいんだ」


 そうして、ミミの手伝いをしてくれる小人に二十名ほど出てきてもらう。実験被害者の看護もだいぶ落ち着いてきたから、これくらいの人員なら割いても問題ないだろう。もちろん、ピスカチオ市からも可能な限り食料や薬を持ち出してきたから、当面は心配ないと思うけどね。


 次に出てきてもらうのは。


「――ポルシェ。君に仕事を頼みたい」

「うん。クロウの頼みとあらば。といっても、おそらくは蒸留装置を作ってほしいという話だろう?」

「その通り。理解が早くて助かるよ。数万人が避難生活を送るための生活用水はどうしたって必要になるからね。何をおいてもこれだけは最初に作っておきたいんだ」


 怪我人の治療もあらかた済んだようなので、ポルシェ配下の錬金術師団にも出てきてもらう。

 食料と水を確保するのは、領民みんなが生きていくために絶対に必要になる仕事だからね。最優先でやってもらわないと。


「――マルシェ。出てこれるかな」

「えぇ。クロウ殿には多大なる感謝を」

「いや、それはまだ早いよ。大変なのはこれからだからね……騎士団に指示を出して、居住区画の管理をお願いしたいんだ。住民に土地を割り当てて、トラブルが起きないように見張っていてほしい」


 亜空間に収容している住民たちは、これから少しずつ外に出し、騎士団の案内のもと割り当てられた居住地に移動してもらう予定だ。

 家族ごとに一つずつ避難用のテントを渡すので、それぞれ自分で建ててもらうような形になる。いやまぁ、トラブルはいっぱいありそうだけどね。そこは騎士団に頑張ってもらうしかないだろう。


「そんな数のテントを用意できるのですか?」

「うん。森で伐採した木材が大量に余ってるからそれを錬金素材にすれば大丈夫。住民を外に出しながら、その場でテントを作って渡していく……って流れになるから、騎士団にはしばらく忙しなく働いてもらうことになるよ」


 そんな風にして、マルシェに全体を指揮してもらいつつ、住民の避難作業が始まった。

 僕は知らなかったんだけど、自分のテントを建て終わった人が後続の手伝いもやってくれていたみたいなんだよね。そうしてみんなで協力しあいながら、ピスカチオ市の市民の避難はどうにか一段落ついた。


 最終的にここに逃げてこられたのは、八万人ほどだったらしい。数字で見ればかなり大勢を助けられたわけだけど、無邪気に喜ぶことはできない。なにせ、みんな誰かしら近しい人を亡くしているからね。


  ◆   ◆   ◆


 そうして、東の集落で避難者を放出しきった翌朝。

 僕は壁に沿って再度北へと戻る。目に映るピスカチオ市は、既に以前の姿が分からないほど破壊しつくされてしまっていた。立ち上る煙は、遠目にも焦げ臭さが伝わってきそうなほど、汚く濁って見える。


 やっぱり反省すべきだな。平和な日本の感覚で過ごしていては、こういう事態は防げない。

 まぁ、さすがに今回の件はかなり前から計画されていただろうから、僕に止める手はなかっただろうけど。それでも、事前にこの可能性を考えていれば、何か打てる手はあったかもしれないのだ。


 目の前の光景を、絶対に忘れない。

 そう強く心に刻み、深く息を吐く。


「――戦乙女隊ヴァルキリーズのみんな。出てきてくれるかな」

「はい、大丈夫っす。自分たちは何をすれば」

「うん。みんなには森に入ってもらいたいんだ。敵軍はいずれ食料を求めて森に入ってくるだろうから、奴らを罠にかけてやろうと思ってね」


 森に仕掛ける罠。

 彼女たちは、僕抜きで野営が出来るくらいには、この森のことをよく知っているからね。僕もいくつか案はあるけど、あとはみんなにババンと任せてしまおうと思ってさ。


「森に仕掛ける罠を考えて、地図を作って欲しいんだよ。必要な魔樹や魔草なんかは僕が植える。だから、君たちが絶対に踏み込みたくないような罠たっぷりの森を考案して欲しいんだ。奴らを散々な目に遭わせ、もう二度と森に入りたくないと思わせてほしい」


 僕がそう言うと、ベッキーは気合いの入った目で僕を見返してくる。


「はい。全力で考えるっすよ」

「よろしくね。何かあれば妖精指輪フェアリーリングでミミに伝言しておいてくれればいい。みんなが頑張って考えてくれてる間に……僕も奴らにちょっとだけダメージを与えてくるからさ」

「ちょっとだけっすか?」

「ちょっとだけだよ」


 え、本当にちょっとだけだよ。なんでそんな疑わしそうな目で僕を見てるのかな。本当にちょっとだってば。信じてよ。


 そんな風にして、僕はベッキーたちにその場を任せると、敵軍がひしめく旧ピスカチオ市へと向かっていった。

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