17 僕に考えがあるんだけど

「――魔弾チャカ


 襲い来る兵士をとりあえず撃ち殺し、市民に軽く手を振ってから僕は領城の方へと駆け出す。


 城の入り口にポルシェはいなかったけど、警備の騎士たちの中に見知った顔がいたため、幸いすぐに案内してもらえた。

 そうしてやってきた領主の執務室。緊迫した空気の中で指揮を執るのは、領主代理のマルシェ・コーンリリーであった。


「クロウ殿! 来ていただけたんですね」

「うん。マルシェ、これはどういう状況?」

「はい。ピスカチオ市は……精霊神殿から、異端都市と認定されました。この都市が滅ぼされる旨は、既に世界中に通達されたらしく。奴らはいきなり大軍で押し寄せてきて、都市を焼き始めたのです」


 異端都市、というのは穏やかじゃないな。

 そういう都市は、歴史上にいくつも登場する。歴史書に書かれている通りだと、その都市は精霊経典の教えから著しく反し、人類の存亡に悪影響を及ぼすような都市ということになってるけど。とてもじゃないけど、あの平和なピスカチオ市がそんな悪辣な都市であるとは思えない。


「敵は……軍艦が十隻。兵は数千と思われます」

「そんな数、一体どこから」

「帝国南部、軍港を持っているオクサリス伯爵家――どうやら、その家が精霊神殿と結託し、軍を寄越したみたいなんです。恥ずかしながら、私は奴らの動きをまったく掴めていませんでした」


 なるほどなぁ。そうなると。


「マルシェが恥じ入る必要は全くないよ。それだけの兵と資材を準備するには時間がかかるはず。これは、かなり前から綿密に組まれた侵攻計画だと思う」

「……そう、ですか」

「タイミングからして、ヴォカルの件とも繋がっている可能性が高い。精霊神殿の奴らはおそらく、辺境伯家の首脳陣を毒で弱らせ、あの手この手で疲弊させたピスカチオ市を兵力で攻め滅ぼして、この島を自分たちの支配下に置こうとしているんだ。東の集落を新都市として整備しながらね……状況からすると、そう考えるのが妥当だと思う」


 なにせここは外から隔離された環境だからね、人道を無視した実験だってやりやすいだろう。それと、仮に戦争が起きた場合、アズカイ帝国に攻め入る橋頭堡としても悪くない位置にある。奴らがこの島を欲しがったとしても何らおかしくない。

 過去の自分がそれに思い至らなかったことは反省点だけど……とにかく今は、これからのことを考えるべきだ。この場面で僕がするべきことは。


「一つ、僕に考えがあるんだけど」


  ◆   ◆   ◆


 コーンリリー辺境伯家の武官騎士と領兵団は、総勢で三千名ほどになる。しかし、辺境伯や騎士団長まで病床に伏せている状況で、突然軍に攻め込まれれば、組織が正常に回らないのも仕方がない。


 そんな中、伝令の騎士たちが混乱するピスカチオ市を駆け巡りながら、人々に声をかける。


「――領城だ! 領城に逃げ込め!」


 そんな言葉を聞いた人々は、巣を突かれたネズミの集団のように走って、領城の方へと向かう。


 魔法や魔術が飛び交う中。慣れ親しんだ土地はあっという間に荒れ果てて、見覚えのある顔が死体としていくつも転がっている地獄。狭い裏路地を抜けていく者、他者と蹴飛ばして我先にと逃げる者、家族のために囮を買って出る者……混沌とした状況の中、皆の頭の中に「領城へ!」という言葉だけが響く。


 そうしてどうにか辿り着くと、多数の騎士が守る領城では市民たちの受け入れが行われていた。焦って暴走しかける者を、騎士の魔力が強く威嚇する。

 普段は立ち入ることのない城門では、何かの魔法でできた膜のようなものを通過させられて、皆が恐る恐るといった様子で城内に立ち入っていく。


「――病人、怪我人は左へ! 錬金術師団による治療が行われている!」

「――他はまっすぐ進め! 足を止めるな! 後ろの者が入ってこられない!」


 そんな風にして、混乱している人々は騎士の誘導に従って進んでいく。

 果たしてコーンリリー辺境伯家は、攻め込んでくる大軍勢に対処できるのか……今はまだ、先のことをまともに考えられる者などいなかった。


  ◆   ◆   ◆


 帝国南部、オクサリス伯爵家の次男であるアテフォースは歓喜に震えていた。というのも、この戦争で活躍できれば、彼は後継者争いにおいて兄を追い抜くことができそうなのだ。


 そもそも、オクサリス伯爵家は近隣貴族家とのいざこざで存続が危ぶまれている状況だった。そんな中、アテフォースが精霊神殿の特務神官と知り合いになったのは望外の幸運だった。

 帝国西部を切り取って権勢を保ちたいオクサリス伯爵家と、この島に拠点を作りたいナナリア精霊国。その利害が一致した結果、自分はこうして軍勢を任され、功績を上げる機会に恵まれたのである。


 しかも敵兵は、こちらの侵攻など全く予期していなかったようで、ろくに戦いもせずに後退していくばかり。もちろん軍を預かる身で油断はできないが、今のところ負ける要素など一つもない。


「司令、報告します……都市の物資を確保しようと思いましたが、食料や錬金薬などの多くは倉庫から持ち出されているようでした」

「なるほど。つまり奴らは籠城戦を決め込むつもりなのだな。くくく……補給のない状態で、数万の民を抱えた奴らが、いつまで耐えられるか」


 帝国西部は長らく戦争もなく安定しているため、住民はみな呑気で、騎士団ですら南部ほどの緊張感を持ってはいない。だからこそ「補給のない籠城戦」などという悪手を選択するのだ。アテフォースはニヤリと口元を歪める。


 そうして戦線を押し上げていけば、拍子抜けするほどあっさりとオクサリス伯爵軍は領城の目前まで到達した。

 住民の多くは領城に逃げ込むが、こちらとしては願ってもいない状況である。なにせ、無駄に物資を浪費する「お荷物」を自分から抱えてくれているのだ。民間人の人数は膨れ上がるほど良い。それを遮る理由などありはしない。


 しばらくすると、外を警備していた騎士までもが揃って領城に逃げ込み、城の跳ね橋が上がる。そして、城の壁面に強固な防壁魔術が展開されたことが分かった。あの守りは、物理攻撃でも魔力攻撃でも生半可なものでは突破できないだろう。


「どうされますか、司令」

「うむ、慌てる必要はまったくない。このまましばらく籠城させておけば、補給のない奴らは勝手に干上がるだろう……城を監視しつつ、今のうちにこの都市に転がっている財貨を差し押さえておけ。どうせ奴らには、食料や薬以外を持ち出す余裕などなかっただろうからな」


 そうして、オクサリス伯爵軍は打ち壊した市街地の瓦礫をさらに魔法でひっくり返しながら、宝探しのように戦利品を物色し始めた。

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