14 捨てるところのない優秀な魔物

 職員や囚人のみんなには一旦仮設住宅に移ってもらい、大規模な建築作業に勤しむこと約二日。

 くくく……いやぁ、色々と建築したなぁ。なんというか、壁の建築は同じことの繰り返しで、わりと虚無だったからね。それもそれで好きなんだけど、やっぱり新しい建築はワクワクするなぁと思って。


 そんなわけで、設備の調整も終わったので、朝っぱらから女性刑務所のみんなをゾロゾロと引き連れて施設案内を始めたわけである。


「――僕はクロウ・ポステ・サイネリア。こう見えてサイネリア組の次期若頭だ。よろしくね」


 ここにいるのは総勢三百名ほどで、そのうち五十名ほどは職員になる。もちろん全員が女性だ。


「この春くらいから、行方不明者が大勢出ているのは君たちも知っていると思う。実は裏で色々と大変なことが起きているんだけどね……とにかく、僕は君たちの身の安全を守るために、この刑務所を大幅に作り変えることにしたわけだ。これから案内するから、分からないことがあったら質問してね」


 そうして、みんなを引き連れて海沿いまでゆっくりと歩いていく。囚人も職員も揃って困惑している様子だけど、まぁ慣れの問題だろう。

 敷地の地面は凹凸や泥濘が多かったので、地盤改良のついでに平らに均し、雨水は地下を通って海に捨てるようにした。通路も石畳にしたし、果実の生る低木を街路樹として植えたから、以前よりもオシャレで快適に通行できるようになっているはずだ。せっかく海沿いなんだから、ビーチリゾートみたいな雰囲気にしたくてね。


「まずは船着き場から。あの一段下がっているところから海の方へ長い桟橋が伸びているわけだけど……君たちの身柄を狙う奴らが簡単に侵入できないよう、桟橋の手前に頑丈な門を設置したんだよ。居住エリアの周囲もぐるりと壁に囲まれているし、海の側は崖になっているから、とりあえずの守りは堅くなっていると思うよ」


 そうして、僕は周囲をぐるりと見渡す。

 ピスカチオ市から延長してきた壁に接続するように刑務所の敷地は三方が壁に囲われ、海側は断崖絶壁になっている。あぁ、これまでは落下防止柵がなくてちょっと危なかったからね。景観を壊さない範囲でそういうものも取り付けて、周辺に芝生、散歩道、展望デッキなんかを配置して公園にしてみた。オーシャンビューでけっこう景色がいいんだよ。安全で快適に過ごせるようになっているかなと思う。

 もちろん、変な魔法を持っている輩の侵入まで完全に防げるわけではないだろうけど、魔物なんかが入ってくることはないと思うよ。


「海の側に建てられた塔は蒸留装置……簡単に言うと、海水から真水を作るための装置だね。ピスカチオ市で辺境伯の次女ポルシェが開発したものが設置されているから、これからは各施設で水道が使えるよ」


 これまでの彼女たちは、森の中にある水源から水を汲んでくる作業を日々行ってたわけだけど、魔物が闊歩していて危険だからね。これからは、水道から水がじゃぶじゃぶ出てくる生活を送ってほしい。ちなみに浄水装置は二並列で、メンテナンスも刑務作業に含めるつもりでいた。

 何か質問が出るかなぁと思っていたんだけど、彼女たちはポカーンと口を開けて固まるばかりだった。まぁ、蒸留装置の細かい部分をこの場で説明しても仕方ないか。


 そうして、僕は海沿いから順に設備の説明を行っていく。


「ここにある高い建物が居住棟だ。囚人用に十棟、職員用に一棟を用意してある。部屋数にはかなり余裕があるし、今までよりもかなり暮らしやすくしたつもりだよ。気になるところがあったら後で修正するから、意見があれば取りまとめておいてほしい」


 なにせこれまでは、今にも崩れそうなボロボロの家屋に大勢が押し込まれていたからね。その状況と比べれば、新しく作った集合住宅の方がいくらかマシになっているだろう。

 とはいえ、囚人は魔力制限の首輪を身に着けているため、魔力を使って起動する類の家具は設置できなかった。だから用意できたのは、蒸留装置から引いてきた水道と、日中に集めた陽光のエネルギーで淡く光る照明くらいなものだ。


「こっちの建物が食堂で、その隣が大浴場、向こうには洗濯場もある。清掃なんかも含めて、生活に必要な仕事は刑務作業の一環として、みんなで当番を決めて分担してもらうよ。運用マニュアルは作ってあるから、ガラナ婆さんを筆頭にして班決めやなんかをすることになると思う。細かいことは任せるよ」


 そうやって様々な設備を運用していく中で、何かしら自分に向いた仕事が見つかるかもしれないからね。

 刑務作業を行うと僅かながら給金が出て、出所時にまとめて受け取れるのが元からのルールである。だから仕事の種類が増えるのは、そう悪いことではないと、僕は思うんだよ。


「ここにあるのは図書館で、休憩時間には誰でも利用して良い。ちなみに僕が寄贈したのは実用書が多いんだけど、書籍専門の商会に娯楽本なんかもたくさん発注しておいたから、今度届くよ……爆笑必至のコメディ。胸が締め付けられるラブロマンス。心躍る英雄譚。そういうのを存分に楽しみたかったら、読み書き計算を必死に勉強するといい」


 くくく。ここには学習室も併設されてるし、教師役も刑務作業の一つにカウントすれば、囚人同士での教え合いも捗るだろう。さぁ、知識は力だ、みんな本を読みたまえ。


 そうやって、歩きながら順番に設備の説明をしているんだけど、うーん……今のところ質問なんかはまったく飛んでこないんだよね。なんでだろ。

 だいぶ端折って説明してるんだけどなぁ。まぁ、こう大人数だと雰囲気的に質問しにくいか。もっとワイワイした感じを想定してたけど、なんかみんなずっと呆然としてるんだよね。


「壁の手前の広場は大きく取っているから、自由に使っていいよ。健康のために運動するもよし、何か催し物を開いてもよし。あぁ、ちなみに浄化結界は地下埋没式にしてあるから見えないだろうけど、瘴気避けはしっかりしてある。そこは安心してほしい」


 さてと。ここまでは居住区画の説明が主だったけど、ここからは壁の向こう側――森内部の作業場についての説明になる。つまり、みんなが日中に刑務作業を行う場所だね。


 壁の手前には大きな倉庫があって、外から運んできた食料だったり刑務作業の成果物なんかを一括で収納できるようになっている。

 そんな倉庫の前を通って大きな門扉を潜れば、森の内部……といっても、ここもまた壁に囲われている安全なエリアになっていて、刑務作業のための建物がいくつも立ち並んでいた。一応「森ですよ」という体裁として木々を植えてはあるけど、危険な魔樹の類は除いてあるし、整地もしてある。


「これから案内する建物で、みんなには日々の仕事をしてもらう。いわゆる“森の中での刑務作業”にあたるわけだけど……これまでのように危険なことはないよ。ただ、覚えることも多くなると思うから、最初は大変かもしれないけどね」


  ◆   ◆   ◆


 蛇鶏コカトリスの女王はとても喜んでいた。


 薄暗くて、壁に囲まれ、瘴気に満ちた快適空間。外敵の心配をする必要のない環境で、時折床に落ちてくる魔麻草の種を悠々と貪る。大好物が食べ放題。しかも泥沼ボグスライムまでいるため、濁った水が飲み放題だ。このままずっと引きこもっていたい……そんなことを思いながら、安全に卵を産み落とす日々。なんという愉悦。


『うーん……これは無精卵』


 失敗作の卵は部屋の隅の穴にポイして、たまにできる有精卵だけ巣に持ち帰り、じっくり温める。そうしていると蛇鶏の子が孵るので、またみんなで種を啄みながら、まるまる太ってのんびり過ごすのである。なんという至福。


 育ちきった蛇鶏たちは時折『あ、今ならなんか飛べそうな気がする』と部屋の横穴から消えていくが……自分たちの種族はそもそも飛べない上に、種の食べ過ぎで太っている。ろくな結果になっていないだろうな、と思いながら、女王は巣の中で惰眠を貪る。


 ここは蛇鶏の天国だな、と思いながら。


  ◆   ◆   ◆


「――というわけで、ここではなぜか水槽に落ちてくる蛇鶏卵の洗浄と箱詰めをしたり、なぜか勝手に落下死する蛇鶏の解体作業なんかを行ってもらうよ」


 そうして、刑務作業を説明する。

 隣にある魔麻草の栽培所では、布にする麻糸と種子をゲットできる。それで、その種子はどうやら蛇鶏の好物らしいので、女王個体に与えるとポコポコ卵を産んでくれるのだ。だから作業としては、定期的な餌やりをして、なぜか蹴落とされる無精卵や、なぜか落下死する蛇鶏を淡々と処理するだけで良いわけである。不思議だよね。


「蛇鶏は魔物だから採取品は全般的に生食には向かないけど、瘴気抜きは容易な類だからね。卵は大きくて味も濃厚な高級食材だ。それと、解体した蛇鶏肉は隣の加工場でハムやベーコンにする。羽毛も使いどころが多いし、骨も別の場所で使うから、選り分けておいてくれるかな」


 蛇鶏は捨てるところのない優秀な魔物である。尾の蛇肉部分もなかなかの絶品らしいから、きっと黒蝶館でも人気が出るだろう。


 僕の説明に、囚人たちは一様に混乱しているようだった。まぁ急な説明になっちゃったけど、やり始めればすぐ慣れると思う。

 麻糸、麻布、卵、ハム、ベーコン、羽毛――女性刑務所の刑務作業で手に入るのは大きくはそんなところだろうか。他にも粘土なんかの細々としたものは色々あるけど。ここで得た食材はみんなの普段の食事にも存分に使っていいから、ぜひとも頑張ってほしいところだ。

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